五、新聞部のスピーカー
昼休み。昇降口の前に、三人の生徒がプラカードを掲げて立ち並び、デモにいそしんでいる。両脇の二人がビラを配り、真ん中に立つ細身のリーダーが、険しい顔で、出入りする他の生徒たちへ向かってメガホンで呼びかける。
「この星野宮では、来年から、文科系クラブの予算を大幅にアップし、そのぶん体育系の予算を削るそうです! いくら文系に力を入れている我が校とはいえ、横暴すぎると思いませんか?! 皆さん、断固抗議しましょう!」
そこへ、もこもこしたウェーブ髪で目つきの鋭い小柄な生徒が、数人を取り巻きのように引き連れて現れた。新聞部部長、桐山恒子と部員たちである。彼らは校長を始めとした教職員たちの指揮のもと、この星野宮のメディア全てを牛耳っている、学園のスピーカーのような存在である。その指揮官である恒子は、デモ隊に胡散臭い目を向けて言った。
「こんなところで騒ぐなんて、一般生徒の迷惑よ。明日の校内新聞で社会面のトップを飾りたいの?」
ほかの二人から「げっ、新聞部……!」という声が漏れた。ここでは風紀委員以上に恐れられている存在だから仕方がない。彼らに目をつけられると、新聞にあることないこと書かれて、最悪、転校の憂き目にあうことも珍しくない。
だがデモのリーダーは臆することなく、恒子に負けじと険悪な目を向けて言った。
「生徒の校内での意思表示は校則で認められてるはずよ」
「抗議って、いったい誰にするつもり?」
「生徒会には門前払いされたから、先生方に直訴するわ」
「やれやれ、なんにもわかっていないようね」と、肩をすくめる。
「どういうことよ」
「本当の敵は、もっと身近にいるのよ。今、ボクシング部とフェンシング部が、共謀して生徒会に予算をあげるよう圧力をかけている。実現したら、文科系どころか、その三倍は持っていかれるわ。文句言うなら、そっちよ」
「ボクシング部とフェンシング部が?!」とキレるリーダー。「なんてこと! これから抗議に行くわよ!」
ほかの二人に怒鳴るや、さっさと三人で校舎に引っ込んでしまった。
それを眺めた恒子は、ほくそえんで部員たちに言った。
「学校への不満は、全て生徒同士の争いに置き換える。生徒たちを団結させずに切り離し、不満の矛先をそらす。やはり、この校長先生と教頭の方針は大正解ね。学園の質と評判は、以前より強固に保たれているわ」
「相変わらず、あくどいやり方だなぁ」
部員の川島ジョルジュが流し目で言ったが、ニヤけているので、批判しているわけではなく、むしろ賞賛である。彼女はアイルランド人とのハーフで、中学では番を張っていた吊り目で赤毛の元ヤンキーである。それでいて勉強はできるので、こうして名門校に入り、己の支配欲を満たすために新聞部に入ったのだった。
「でもそれで、こっちも推薦バッチリで、未来は安泰」
隣で山之内キララが言った。アメリカ人とのハーフで、いつもクールで無表情な垂れ目パツキンのイケメン女子だが、このときばかりは口元がかすかにゆるんでいる。
だが一人、心配顔の部員がいた。沖縄出身の阿波根キャンである。
「そ、そんなことしてて、本当に大丈夫っすか? もし、みんなにバレたりしたら――」
彼女は褐色肌でしめ縄のようなお下げをした、ぱっちり目のそばかす女子で、心配性で生真面目なキョロ充である。
「全ては学校の繁栄と平和のためよ」とアキンボする恒子。「黙ってりゃ、分かりゃしないわ」
「しっかし、こうも騒ぎが起きると、いちいち対応がめんどくせえなぁ」とジョルジュ。
「生徒会が非協力的だから」とキララ。
「生徒会長が真面目すぎんだよ。頭が、かてーっつうか」
「大丈夫、」と恒子。「教頭のお話では、来年の選挙では三島恵理子を落とさせるそうよ。あとは、もっと従順な奴を会長にすれば、生徒会は私たちの思いのまま」
「うっわー、あこぎなことするねえ教頭も。さすがだぜ」とニヤつくジョルジュ。まるで昔の時代劇で悪代官と密談する悪徳商人である。
「グッショブ」と微笑するキララ。
「そんな悪さして、今に罰が当たるっすよぉ」
一人あせり顔で言うキャンを見て、恒子はジョルジュに耳打ちした。
「……阿波根を見張ってて。裏切るかもしれないわ」
「オッケー」
「今の、写真、撮ってない」
ふとキララがスマホを掲げて言うと、恒子は手を振って苦笑した。
「いいわよ、こんなデモなんか記事にしても受けないし」
「これじゃ、生徒会長が裏山に乗り込んだ、ってネタのほうがマシだったな」とジョルジュ。
「裏山に?」とキララ。
「ああ、科学同好会の奴らが、また変な実験するらしいからって」
とたんに目が見開く恒子。
「な、なんで、そんなスクープを黙ってたのよ!」
「だってデモ解散のほうが優先だろ」
「なに言ってるの、上手くすりゃ会長の弱みまで握れるかも、という大チャンスじゃないの! 今から行くわよ!」
「えー? かったりー」
半目で、うんざりと言うジョルジュ。
だがそのとき、校内からすさまじい悲鳴が響いた。まるで殺されてでもいるような、その尋常じゃないテンションに、恒子の目は輝いた。
「うわ、なにかしら。こっちが優先よ!」と昇降口に駆け出す。うんざりするジョルジュ。
「行くのかよ。うわー、かったりー」