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四、生徒会長登場

 単身、星野宮女子高等学校の裏山へ乗り込んだ生徒会長の三島恵理子は、細面でギリシャ彫刻のように美しい顔だちだが、その透き通るような美が、彼女の醸しだす厳しさ、冷徹さにさらに拍車をかけ、眼光も顔つきも近寄りがたい鋭利な刃物を思わせた。だが彼女は生徒会長という役職に誇りをもっており、周りから怖がられ、避けられようが気にもしなかった。

 いま彼女は険しい目で眉を吊り上げ、口元はきりりと、学園のボスの威厳たっぷりに、黒ゴムで束ねた後ろの長いポニテを左右に振り振り、ずんずん歩いている。山の中は危険だが、運動神経抜群なので、足元は突き出す岩や巨木の根っこをひょいひょいよけながら、アスリートのごとく器用に進んでいった。


 恵理子がそれほどに気合が入っているのは、校内での見過ごせない噂を耳にしたからだ。科学同好会の連中(といっても二人)が、放課後たびたび、ここで怪しげな実験をしているという。校内でも、彼らが猫や犬の屍骸を引きずっていく姿がたびたび目撃されており、もしそれが事実なら、断固としてそれを禁止し、聞き入れなければ強引にでも解散させるつもりでいた。


 この星野宮女子は、地域では品格と教養を備えた女性を輩出する名門校として名が通っている。なんとしても、その世評を損なうような暴挙は根絶せねばならない。いかな理由があろうとも、動物実験などというおぞましい行為は断じて許容できないし、だいたい動物の虐待は犯罪だ。むしろいきなり警察に突き出さないぶん、よほど寛大ではないか。

 などと恵理子は義憤のままに、この裏山へ勇ましくパトロールに乗り込んだのであった。




 かなり奥まったところに来ると、いきなり前がひらけ、くぼんで谷になっている。数メートルの深さで、気をつけないと落ちるレベルだ。ここへ足を踏み入れるのは実は初めてだったが、スマホでナビをしながらなので、自分のだいたいの位置は分かる。

 周りを見回すと、谷から右にやや離れたところ、林立する大木のあいだに、金色の何かがちらと見えた。そっちへ行くと、それはきゃしゃな背にたれる長い髪だった。

 うん? この派手さはどこかで……。

(そういえば一年生のあるクラスに、良家のご令嬢が)(そうだ、確かそこはいじめの疑惑があって……)(留学生の、ええと――)


 などと考えたところで、ぎょっとして固まった。近くで見ると、金髪のまんなかに、どす黒い塊がべったりと張り付いている。どう見ても血だ。こんな山奥だし、転んだりして、大怪我でもしているのか。

「あ――あなた……?」

 恐る恐る声をかけると、相手はくるりと振り向いた。

 それでやっと分かった。


 一年生の群上(ぐんじょう)あかり。その美貌と見た目の派手さから、顔は彼女の入学時から知っていた。が、今はその印象のあまりの変わりように凍りついた。かっと見開く両目から、頬を川のように流れたまっ黒な血が固まってこびりつき、あきっぱなしの口からも血が黒々とあふれて喉にしたたり、制服のシャツもリボンも、そのおぞましいどろどろの血塊に埋没している。

 お嬢どころか、まるでモンスターだ。それは、さすがの生徒会長も、心胆を寒からしめるすさまじい風貌であった。


「ひ――ひいいっ!」

 引きつって思わず引いたとき、あかりの左目が急にぐりぐりと不自然に動きだした。そのあまりの不気味さに、恵理子は凝視したまま動けなくなった。そのぱっちりした目は、視線を縦横にイカれたようにくりくり向けたあと、いきなり顔の外へと、赤い血とともに、どばっと飛び出した。目玉には、なぜか腸のような長く白い「胴体」が続いていて、血にまみれながら、あごの下まで延々垂れて、最後の「尻尾」の部分が、すぽっと目の穴から抜け出た。

 それはまるで、ろくろっ首の首から抜けた「抜け首」のごとく、足元に下りると、地面をずるずる這って恵理子のところへ来た。ほとんど巨大ミミズか、はたまた丸い目玉の頭をした白蛇のような、人知を超えた化け物のおぞましさに、恵理子は恐怖で全身が硬直してしまった。


 血でぬるぬるの目の蛇――蛇眼ならぬ「眼蛇(がんじゃ)」は、生贄の足元から太ももに乗り、胸までさっと這い上がった。その透き通るような碧い瞳が目の前に迫ったとき、恵理子は息が止まった。目玉は恐怖におののく恵理子を笑うように一度見すえると、そのまま彼女の口に飛び込んだ。蛇は喉の中を強引にずるずる進み、胃に一気に達して、粘膜ごとその皮を食い破った。

「もがああああ――!!」

 激痛で天をあおぎ、目をむいてうめく恵理子の、眼蛇(がんじゃ)の突っ込まれた口元から、まっかな血がどばどばとあふれ、喉と胸元をぬらしてゆく。尻尾まですぽっと入りこんだ眼蛇は、生贄の胃のみならず、内臓を滅茶苦茶に食い荒らし、やがて腹を引き裂いて外に飛び出した。白目むいて口から血をたらし、のけぞって突っ立ったままびくびく痙攣する恵理子の腹から、あらゆる臓物や腸が怒とうのごとくあふれ、地に溜まり、足元は血の池になった。

 恵理子があおむけに倒れると、眼蛇は尻尾からあかりの左目の穴にするっと戻り、目玉が元通りにはまった。あかりは首をややかしいで口をあいたまま、しばらく、じっとその無残な死体を見つめていた。


 どこかでカラスの声がした。すると恵理子の体は突如むくっと起き上がり、あかりと対峙した。その目はうつろで、もうどこも見ていない。

 あかりがおもむろに足元を指すと、恵理子はよろよろとしゃがんで、血溜まりに浸かる己の内臓を拾い、口に詰め込みだした。が、腹の穴からどうしても大腸が何本か抜け出てしまうので、あかりが右手をよれよれと上げると、しかるようにその額をぺちっとチョップした。

「げええええ」

 恵理子は答えるように血を吐いてうめき、腹に手を突っ込んで肋骨に突き刺したりして、なんとか腸を体内に安定させた。

 恵理子の体が曲がりなりにも戻ると、二人はふらふらと森を歩き出した。食欲である。ゾンビはその屍肉が朽ちるまで、ひたすら人肉を食わねばならない。そして食われて死んだ者も、同じようにゾンビ化して、次第に増えてゆく。それは人類全てがゾンビと化し、全てが腐り果てるまで続く。




 そういえば、さっき恵理子の体を破っただけで何も食べていなかった、と気づいたあかりが、いきなり後ろから左の肩に食いついて制服ごと肉を食いちぎった。恵理子は怒るかのように眉間にしわをよせ、あかりを押し倒すと、右の太ももに食らいついた。

 そこそこ食いあうと、二人はまた歩きだした。体が覚えているのか、行く先は決まっている。人がたくさんいる場所。自分らが元いたところ。

 星野宮である。

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