三、あかり復活
あかりが突如むくっと起き上がったとき、ランはその背後にいた。ふわりとなびいた金色の髪に、黒ずんだ血がべったりとついた後頭部、そこから制服の背中までどす黒い染みが広がり、そのあまりにおぞましい姿にランは全身が凍りついた。あかりは体をゆらしながら、ゆっくりと後ろを向いた。半開きの口から血を滝のように垂らし、むき出たぎょろ目はどこも見ていないようだが、目じりからも流血して、蒼白い頬をまっすぐに走っている。
彼女はランのほうには行かず、ふらふらとあとの二人のところへ近づいた。葉月たちはいまだに向き合って本を覗きこみ、この異常事態にまるで気づいていない。
ランは声をあげようとしたが、歯がガチガチ鳴って、とても口がひらかない。
(お、教えなきゃ教えなきゃ――! 早く、はやく早くううう――!)
あせったが、震える右手がわずかに持ち上がったところで限界だった。
あかりは円陣をゆっくりと横切ったが、白線を踏むと、急にすたすたと歩いた。
(あっ――!)
ランの口が大きくあいた瞬間、二人のうち背を向けていた方に、あかりがぬっと近づき、その首筋に背後からがぶりと噛み付いた。千尋の甲高い悲鳴が森に木霊し、周りの木の葉さえも、ざわざわとゆれたようだった。
「ち――千尋ちゃん?!」
驚がくする葉月の前で、天をあおいで目をむく千尋の大開きの口から、まっかな血がどばどばと流れだし、後ろに張り付くあかりの歯がうなじの肉をぎりぎり食いちぎり、骨まで食い込んだ。痙攣する千尋の首からも鮮血があふれ、まさに凄惨な地獄絵となった。
白目をむいて地に崩れる千尋を放ると、あかりは今度は凍りつく葉月を襲おうと顔を向けた。が、左から壮絶な蹴りを食らって横に吹っ飛び、うつ伏せに倒れた。やっと動けたランの渾身の一撃だった。
あかりが起き上がる前にと、葉月の手をつかむラン。
「は、はやく、はやく! にげるデス!」
「あ、うん!」
だが、走ろうとして前につんのめる。見れば、足首をつかむ手がある。それの主は顔をあげ、狂ったような陰気な笑みを浮かべて、ぐいぐいと引っ張る。
「千尋ちゃん?! は、放して!」
逃げようとしたが、足に力が入らない。いくら相手がゾンビでも、親友の千尋を蹴る気力がなかった。
が、ランがその親友の顔面を猛烈に蹴飛ばして引き離し、葉月に叫んだ。
「ナニしてるデスか! この人もう、人間じゃないデスよ!」
「そ、そうだけど――あっ!」
葉月が見ると、千尋の後ろで、起き上がったあかりがこっちに歩きだしていた。その顔を見て二人は全身に鳥肌がたった。ぎょろっとした右の目玉が外に飛び出し、その後ろが細く長々と伸びていて、その白い胴体はしぼった雑巾みたいにねじれて、一匹のぶっとい虫みたいになっていて、そのまま虚空で身をゆらし、にょろにょろと泳いでいる。右目の穴から、目が長々と飛び出して動いている、その妖怪的ビジュアルの恐ろしさ、キモさったらなかった。
葉月とランはあわててその場を走り出した。敵は走れないようで、追ってはこなかった。
安全そうな場所まで来ると、ランが岩に、向かいで葉月が太い木の根にそれぞれ腰を下ろし、しばらく息を切らせた。葉月は逃げるときに抱えていた本を地に下ろし、それを暗い目で見つめながら、ぽつりと言った。
「どうしよう……とんでもないことしちゃった……」
「あかりの目、なんであんな……」とランも暗く言う。「目って、あんなふうになってないはずデス。なのに、どうして。腸とくっ付いた?」
「さあ……。これ、科学じゃないから」
葉月はランに横目を向けて言った。
「呪いだから。ありえないことも起こりうる」
そして、書物を拾い上げる。
「とにかく、これを持ってきて良かった。これには、呪いを解く方法も書いてあるはずだから」
「そ、そんなものがあるなら、」と目をむいて指さすラン。「なんで、とっととやらなかったデスか?! このままじゃ、ほかの人も襲われて、ゾンビが増えてしまいマス!」
「一度目を通しただけで、全部は読んでないの。でも、どこかに書いてあったはずよ」
「そんなの、目次を見れば――」
ランの言葉をさえぎり、葉月は口元をさびしくゆるめて、言った。
「ないんだ、これ」