二、呪い発動
二人は地面に白チョークで大きく円を描き、その上に死体を乗せた。その円は真ん中に縦線が入って左右に二分割されていたが、その白線は中央で逆方向に折り返して、すぐにまた元の方向にグイと折れ曲がり、そのまま、まっすぐ端まで届いていた。つまりその円は、真ん中に稲妻か雷をあらわすマークのような、とがった部分を作っており、雷の線がざっくり入った円という、なにか電気的でスタイリッシュな、メタルっぽいロックバンドのロゴを思わせる形になっていた。あかりの体はその円の中央、雷のギザった部分を隠すようにおかれた。
あおむけでどんと置かれたとき、折れ曲がった両足がそろって、ランから見て向こう側をむき、首は反対にぐるんとこっちをむいて、むきだしたぎょろ目と血をたらす半開きの口がもろに見えた。いたたまれなかった。(おまえがわたしをころした……!)と、その目は責めているようだった。
ナニ言うデス、自分が全部悪いじゃないデスカ、と顔をぶんぶん振ろうとしても動かせなかった。ただ見つめるしかなかった。その無残な顔に、ふと哀れさがわいて、目に涙が浮かんだ。
「じゃ、呪文を唱えるよ」
葉月がオカルト書を見ながら言った。一瞬ためらったのち、すぐ声を張り上げて読みはじめた。
「……おぺけれべれべ、ぷらんぱ、ぴゃあああ――! れろっれろっ、ぼにゃぼにゃ、すかんへ、おがらあああ――! 死者の魂よ、いま再び、その命を得よ!」
こりゃ一瞬ためらうわけだ、とランが納得するほどに恥ずかしい、幼児のタワゴトのような意味不明の文句だった。だが唱えおわった葉月が左手で本をひらいたまま、右手をびしっと突き出して、その「死者」を指さすと、確かにある異変がおきた。といっても、死体が光ったとか、地面が揺れたとかではない。
どこかでカラスがアーと鳴いたのである。
それは彼ら三人にとって、この実験のさえないオチにしか思えなかった。科学部の二人は笑いだし、辛気臭くなっていたランさえ苦笑いした。
「まあ、こんなもんだよねえ」
だが、葉月がそう言って頭をかいたとき、ランは急に辺りが陰ったのに気づいた。
はっと見上げて、ぎょっとした。いつのまにか、頭上におびただしい数のカラスが集まり、そびえる木々のあいだにぽっかりとあく空間を、暗雲のごとく覆いつくして飛びまわっているのだ。不気味なのは鳴き声も羽音もまるでせず、無音の映像みたいに黒い鳥たちがぐるぐると縦横に動いていることだ。
三人があっけにとられていると、群れの中から黒帯が垂れるように数十匹のカラスが連なって降りてきて、円陣の外に立つと、その周りをひょこひょこと歩きはじめた。円の前にいる三人の背後を、カラスたちが歩いている状態はとてつもなく気味悪く、恐ろしいものだったが、彼らは固まってしまい、動けなかった。が、カラスたちは彼らになにをするでもなく、ただ円の周囲をぐるぐるまわるだけだった。
と、そのうち、おそらく最初に降り立った一匹――つまり先頭の奴――が、いきなり口をあけてアーアーと鳴き始めた。それに続いて、ほかのカラスたちもけたたましく鳴きだし、声は何十にも重なって響いて、そこら一帯はカラスの怒号の渦になった。頭上を舞うカラスも全て鳴いているようで、思わず耳をふさぐほどのまがまがしい騒音に、ランは腰が抜けそうになった。
この鳥たちによる異常な「儀式」はおそらく一分ほど続いたが、囲まれている三人には永遠の長さに思えた。ランは足が震え、もうダメだと思ったそのとき、鳴き出したときと同じく、カラスたちは唐突に飛び立ち、空に黒々と渦をまくと、あっというまに一匹残らず去ってしまった。
あたりは再び日差しで明るくなり、ランと千尋はへたりこみ、葉月は本を握ったまま棒立ちだった。ふとあかりを見たが、さっきと同じように横たわっていて、表情も顔色も特に変わった様子はない。
「な、なんか効いたのかな……」
千尋の言葉に、葉月はしゃがんであかりを調べたが、すぐにこっちを向いて顔を振った。千尋はやっと苦笑いした。
「や、やっぱ、呪いなんか、そうそう効かないよね」
「うーん」と書をひらく葉月。「書いてあるとおりにしたんだけど。でも、今のは、これのせいでおきたとしか思えないよ」
「うん、それは間違いないね」
「ということは……。
何かが足りなかった、ってことかなぁ」
やっと腰をあげたランは、二人が話すのをぼうっと見ていたが、そのうち、妙な物音に気づいた。
(えっ……?)
そこからしたとは思いたくなかった。が、横目で見ると、やはりそこからしているのは、間違いなかった。
ランの目は見開いた。
それは、あかりの右手の小指が、地面をガリガリと掻いている音だった。