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大往生間際に前世の記憶を思い出した転生者〜現代知識でチートしたかったけどもう遅い〜

作者: 納豆巻

 ああ、ついにこの時が来たか。

 ここ最近、ベッドから出ることすらかなわず、思考がボンヤリとままならない日々が続いていた。

 主の下へ召される時が来た、ということなのだろう。

 全身から力が抜け落ち、まぶたが鉛のように重い。永遠の眠りに誘われようとする、その瞬間。

 今までに歩んだ人生の軌跡を逆に辿るような感覚。

 そして、更にその前。

 唐突に、俺は思い出した。自分が、かつて21世紀の日本で生きていた、一人の男であったことを。


 記憶の奔流が、濁流のように押し寄せる。走馬灯だ。

 ここは、中世ヨーロッパの雰囲気を残しつつ、魔法や魔物が跋扈する、いわゆる「ナーロッパ」的な異世界。俺は、この世界で有力なグリムス公爵家の長男、アルベルトとして生を受けた。


 ……思い返せば、酷いガキだった。

 両親は跡取り息子である俺を甘やかし、使用人たちは腫れ物に触るように接してきた。結果、俺はワガママ放題、傍若無人なクソガキへと育ったのだ。


(うわあああああ! なんだあの態度は! 使用人たちに偉そうに…! 獣人の奴隷に鞭を!? しかも女の子!?)


 前世の記憶が蘇り、羞恥で身悶えする。前世の俺は、獣耳の美少女に囲まれるハーレムを夢見る、どこにでもいるオタクだった。それなのに、この世界の俺は、獣耳の少女、ミリィを怯えさせている! 彼女の怯えた瞳、震える小さな肩…。あの時の俺を、過去に戻って殴り倒したい。


 記憶はさらに俺を苛む。俺は成長するにつれ、さらに増長していく。

 ワガママで贅沢三昧の息子から金をせしめようと、様々な人間が近づいてきた。その中に、「チート」の種が、確かに存在していたことに、今更ながら気づく。


(あ…! あの蒸気機関とか言ってた発明家! 薄汚い格好で、熱心に設計図を広げて説明してくれたのに…。「魔法があるからいらねーよ!」って追い返したけど……あれ、絶対重要だったやつじゃん!)


 あの時、少しでも耳を傾けていれば。彼の才能を理解し、支援していれば。この世界の産業は、どれほど発展しただろうか。


(それに、あのジャガイモらしき作物! 商人が「芽に毒がある」って言ってたけど、それ以外はロクに聞かずに叩き出した……。あれ、ちゃんと栽培方法を確立していれば、食糧問題を解決できたかもしれないのに……!)


 男爵様とわたくしの、めくるめくメークインロマンスが!

 芋の細かい種類とか思い出せないけど!

 それが今や、ただの黒歴史だ。ああ、穴があったら入りたい!

 いや、もうすぐ土に還るんだけど! あの商人、確か…ローザという、赤い髪の活発そうな女性だった。彼女の真剣な眼差しを、どうして無視してしまったのか…。


(婚約者の姫君…セレスティーヌ様……! 身分の低い妾の娘だからって冷たく当たって……。今思えば、彼女は何も悪くないのに……!)


 セレスティーヌは、いつも悲しそうな目をしていた。俺の心無い言葉に傷つきながらも、気丈に振る舞っていた。彼女の優しさに、どうして気づけなかったのか。


 大人になるにつれて、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、自分の行いを省みるようにはなった。しかし、過去の記憶を客観的に見れば見るほど、その「少しだけ」の反省がいかに浅はかだったかを思い知らされる。


 領地経営を学ぶようになってからも、そうだ。父から財政状況の説明を受ける際、真面目そうな文官が、新しい帳簿の付け方を提案してきた。


「アルベルト様、これは…その、従来の帳簿とは異なり、現金の出入りだけでなく、財産の増減を全て記録するものでございます。これにより、領地の財政状況をより正確に、詳細に把握することが可能となり…」


 文官は熱心に説明してくれたが、当時の俺は、退屈でたまらなかった。

(なんだかよくわからんが、面倒くさそうだ…)

 そう思い、適当に聞き流していたのだ。


しかし、今、前世の記憶が蘇り、あの時の文官の言葉が、鮮明に思い出される。


(あれ…、あの文官が言ってたのって、複式簿記じゃん!)


 現金の流れだけでなく、資産、負債、資本を全て記録し、貸借対照表と損益計算書を作成する。

 俺は詳しいんだ!(簿記3級取得済み)

 あの文官は、おそらく独学で、複式簿記に似た概念に辿り着いていたのだ。


(もし、あの時、ちゃんと話を聞いて、複式簿記を導入していれば…! 領地の財政はもっと透明化され、無駄な支出を抑え、効率的な運営ができたはずだ! 俺は詳しいんだ、簿記3級だけど!…って、威張れるレベルじゃないけど、それでも、あの世界の誰よりも…!)


 前世の知識があれば、帳簿の整理を手伝い、複式簿記の導入を推進できたはずだ。それなのに、当時の俺は、面倒くさがって、その機会を逃してしまった。

 文官は、その後も何度か進言してくれたが、俺は聞く耳を持たなかった。そのうち、文官は諦めてしまったのか、何も言わなくなった。


(ああ…、俺は、なんて愚かだったんだ…!)


 婚約者との結婚後も、ギスギスした関係はしばらく続いた。互いに言葉を交わすことも少なく、冷たい空気が流れていた。

 しかし、子供が生まれ、その子たちが成長していくにつれて、少しずつ、本当に少しずつだが、夫婦の関係は変わっていった。


 長男のエドワードが生まれた時、セレスティーヌは初めて俺に微笑みかけてくれた。その笑顔は、凍りついた俺の心を溶かすように、温かかった。

 娘のリリアが初めて「パパ」と呼んでくれた時、俺は涙が止まらなかった。


 子育てを通して、互いに協力し、支え合う。ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて、俺とセレスティーヌの間には、確かな絆が生まれていった。

 彼女は、俺の愚かさを許し、共に歩むことを選んでくれた。


……ふ、と俺は目を開けた。


 薄暗い部屋の中、ベッドの傍らに、一人の女性が座っている。

 白髪交じりの髪、深く刻まれた皺。しかし、その瞳は優しく、俺の手をしっかりと握りしめている。

セレスティーヌだ。


「……アルベルト」



 かすれた声で、セレスティーヌが俺の名を呼ぶ。その声には、深い愛情が込められていたと確信できた。

 彼女の目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。


「…セレス…ティーヌ…」


 俺は、掠れる声で妻の名を呼ぶ。

 もう、声も上手く出せない。


「…すまなかった…」


 謝っても、謝りきれない。

 それでも、伝えなければならない。


「…愛して…いる…」


 最期の力を振り絞り、俺は告げた。

 セレスティーヌは、涙を流しながら、静かに頷いた。


(ああ……そうか。俺は、チートも、名声も、何もかも手に入れられなかった。後悔ばかりの人生だった。でも……)


 最期に、こんなにも温かい愛情に包まれて死ねるなら、それだけで、十分じゃないか。

 愛する妻と、可愛い子供たち。彼らとの思い出が、俺の人生を彩ってくれた。

 息子は俺に似ず、立派に成長し、領主と何ら不足ない傑物だった。

 良縁に恵まれ、孫も元気に育っている。


 俺は、ゆっくりと目を閉じた。

 もう、何も思い残すことはない。


(さようなら、前世の俺。ありがとう、この世界の俺)


 こうして、アルベルト・グリムスは、静かに息を引き取った。

 前世においては、現代知識でチートすることを夢見た転生者。しかし、その夢は叶わず、後悔と、そして、わずかな温もりを胸に抱きながら、永遠の眠りについたのだった。

 数年後、グリムス公爵領は、目覚ましい発展を遂げていた。

 当主となったエドワードは、父アルベルトとは異なり、新しいものへの関心が高く、他の領地で成功を収めていた蒸気機関を利用した工場の導入や、品種改良されたジャガイモに似た作物の栽培を積極的に推し進めた。

 また、かつて父が見向きもしなかった会計方式についても、その重要性を理解し、他領の先駆的な事例を参考にしながら、グリムス領の財政を健全化した。

 獣人のミリィの子孫たちは、エドワードの公正な統治の下、グリムス家で働きながら、以前よりもずっと良い暮らしを送っていた。

 アルベルトが活かせなかった「チート」の種は、皮肉にも、転生者ではない息子エドワードの手によって、見事に花開いたのだった。


おしまい

「男爵様とわたくしの、めくるめくメークインロマンスが!」

 コレが書きたかっただけです。

 地の文にはGeminiの生成文、結構使わせてもらいました。

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