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8.いましかない

メイドたちは変事の急報に怯えていた。今日の仕事を免じ、自室で待機するようにと伝える。


そして、離宮を護る6名の侍従騎士には周辺の警戒を命じた。


侍従騎士は近衛騎士とは異なり、文官としての色合いが濃く、戦場での実戦経験にも乏しい。


第2王子と第3王子が逃亡する際、交戦に及んだという報せが、彼らをひどく緊張させていた。


必要な指示を出して激励し、彼らを狩り小屋から遠ざけ、居室に戻った。


重たいドレスを、急いでフレイヤに脱がせてもらう。


離宮から狩り小屋へは、わたしの居室でつながっている。


念のため、周囲にメイドや侍従騎士たちがいないことをもう一度確認してから、狩り小屋への扉を開けた。


アーヴィド王子に寄り添うイサクが、顔をあげ、わたしを見た。


そして、力なく首を左右に振った。



「……えっ?」



全身の血の気が引く思いで、解体台に横たわるアーヴィド王子に駆け寄る。


苦悶の表情で口元が……、動いている。



「い……、生きてるじゃない?」



わたしが、あまりにも直接的すぎる思い浮かんだままの言葉を発すると、


イサクはハッと目を見開いてから、バツが悪そうに頭をかいた。



「……まだ意識は戻られてない……というつもりでした」


「あ……、そう」



まぎらわしい。と、苦笑いしてしまいながらも、ホッと安堵したあまり、その場に座り込んでしまった。



   Ψ



これからのことを、フレイヤとイサクと、潜めた声で話し合う。


わたしは、アーヴィド王子の無実を信じている。疑いが晴れるまでは、どうにかわたしの離宮で匿い続ける覚悟だ。


あごに手をあて視線を落としたフレイヤが、つぶやくように口をひらいた。



「……あれで近衛騎士団が引きさがってくれたらいいのですが」


「また来る……、ってこと?」


「たとえばですが、近衛騎士団の団長に自ら足を運ばれては、離宮内の捜索を断り切れないかと……」


「……それはそうね」



ことは謀反だ。


それも、国王陛下を毒殺しようとした疑いがかけられている。


これ以上の重罪はない。


やるとなったら、徹底的にやるだろう。


国王でなくとも王宮の高官で誰かわたしを怪しむ者が出れば、間者を忍び込ませるかもしれない。


離宮のなかの、どこなら重体で意識不明のアーヴィド王子を隠し通せるか――、



「……王子殿下には心苦しいですが、地下の隠し部屋にお運びいたしましょう」



というわたしの言葉に、イサクが難色を示した。


離宮を護る人員は、もともと少ない。万一、野盗の襲撃などがあれば、護り切れないことも考えられるからと、


狩り小屋の地下に、イサクが密かに作ってくれた隠し部屋だ。



「……誰にも存在を知られていないからこそ、価値があるのです。アーヴィド殿下に知られてしまっては……」



イサクの言うことも分からないではない。


隠し部屋の存在は、わたしたち3人だけの秘密だ。知る人間が増えれば、それだけ漏れる可能性も高まる。


だけど……、わたしはアーヴィド王子から漏れるのであれば、それで命を落としても後悔はない――、


とも、言えない。


ながく心の奥底に秘めてきたわたしの恋心を、イサクとフレイヤに悟らせてしまうかもしれない。


これこそ、誰にも知られてはならない。


側妃が抱く王子への道ならぬ恋心など、誰も幸せにせず、不幸しか生まない話だ。


フレイヤは幼いわたしがアーヴィド王子に救われたことを知っている。その恩に報いるために匿うのだと思っている。それは間違いではないし、それ以上に詮索してくることもないだろう。


イサクは、側妃であるわたしが義理の息子に情けをかけている――と、認識しているだろう。


ただ、イサクから見れば、アーヴィド王子は権謀渦巻く王宮の住人のひとり。極秘の隠し部屋まで教えるのは、やり過ぎではないかと考えているのだ。


警戒するのは、わたしへの忠義ゆえ。


イサクの純粋な忠義の心を、咎めることは出来ない。


それでは他にどこが良いのかと、あれこれ話し合ったけれど、


最後はフレイヤの、



「アーヴィド殿下をお匿いしていることが露見すれば、どちらにせよ隠し部屋の存在など意味がなくなります。……みな、罰せられるのですから」



という言葉に、イサクも表情を引き締めて、うなずいた。



   Ψ



隠し部屋に寝かせたアーヴィド王子はイサクに任せ、わたしは居室に戻った。


そして、急ぎ王宮に向かう準備を、フレイヤに命じる。



――国王陛下と王妃トゥイッカ陛下の、お見舞いに駆け付ける。



すでに戒厳令が発せられているかもしれないけど、わたしの手元には届いていない。


出るならいましかない。


もちろん、わたしが離宮を離れている間に、アーヴィド王子の容態が急変するのは、怖い。


とても怖い。


状況が状況だ。医師も薬師も呼べない。


わたしの施した応急処置だけが、アーヴィド王子の命をつないでいる。


ほんとうは、ずっとそばで看病していたい。


だけど、離宮を一歩外に出れば、追っ手の刃で満ちているはずだ。


それに、侍従騎士やメイドたちにアーヴィド王子の存在を気付かれてもダメだ。


彼らは自分の身と生家とを守るため、王宮に駆け込むだろう。


いつまで、この小さな離宮の隠し部屋で、王国のすべてから匿い通せるものか……。


アーヴィド王子が目覚めたとき、謀反の濡れ衣が晴れているなら、それに越したことはない。



いまのわたしは、王宮に向かうべきだ。



姉トゥイッカのことも心配でならない。


猛毒入りの菓子が自分と幼い息子の目のまえにあったなど、どれほど怖い思いをしたことだろうか。


しかも、王宮内で戦闘が発生したと聞いている。


アーヴィド王子が負った深手をみれば、それがいかに激しいものだったか想像に難くない。


恐らく姉や甥に怪我などはないだろうけど、とにかく駆け付けてあげたかった。


ただでさえ人質としての労苦を、すべて姉に押し付けている妹なのだ。こんな時ぐらい、すぐにそばに行ってあげたい。



ただ、あの恐ろしい暴虐の王は、怒り狂っていることだろう。



王子たちと関係の近い貴族への、粛清が始まっているかもしれない。


未婚のアーヴィド王子と異なり、誅殺された王太子殿下のお妃、ご子息、逃亡した第2王子殿下のお妃、ご子息……、


いまごろ、どのような仕打ちを受けておられることか……。


むごたらしい想像に、眉根が寄る。


白亜の王宮は、血が血を呼ぶような惨状にあるかもしれない。


戦場のような大混乱の渦中にあるはずだ。


だけど、アーヴィド王子を救ける糸口は、暴虐の王のもとにしかない。


騒ぎが収まってから、のこのこ顔を出しても出来ることはない。王宮とはそういう場所だ。渦中に身を置かないと分からないこともある。


謀反が濡れ衣であることは、間違いない。


なら、菓子に毒を盛ったのは誰なのか。


黒幕がいるのなら、混乱の内に証拠をすべて覆い隠してしまうはずだ。



だけど――、



荒れ狂う暴虐の王が放つ、威圧の暴風。


想像するだけで失神しそうになる。


わたしは、あの恐ろしい国王を前に、すべてを隠し通し、出来得ることならば真実を見極めて、アーヴィド王子を無実の罪から救け出したい。



――わたしに、そんなことが出来るだろうか?



いや、やるしかないのだ。


慎重に、慎重に、アーヴィド王子の疑いを晴らす糸口を探さなくてはいけない。


全速力で駆ける馬車のなか、禍々しいまでに紅く染まった夕焼け空を見あげて、身を堅くした――。


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