7.本心を秘めてふる舞う
正装のドレスに着替え、謁見室に近衛騎士団の騎士たちを招き入れた。
頭上には国王陛下より賜った、第2王妃としての正式なティアラを戴く。
片膝を突く騎士たちは、近衛の騎士であることをしめす白銀の鎧に身を包んだ、完全武装の20名ほど。
隊を率いる篤実そうな中年の騎士が、王宮での変事を手短に説明してゆく――、
秋の収穫祭列席のため王宮に戻られた王太子テオドール殿下は、任地より土産の品を国王陛下に献上された。
びわを砂糖で煮詰めたコンポート。
王都では手に入りにくい珍しいお菓子で、びわの風味と砂糖の甘さが同時に楽しめることから人気の逸品だ。
国王陛下はお喜びになられ、幼い第4王子フェリックス殿下と一緒に食べよと、王妃トゥイッカ陛下に下賜された。
しかし、持ち帰られたトゥイッカ陛下の居室で、毒見のメイドが卒倒。
死亡が確認される。
すぐに、献上されたコンポートにベラドンナの猛毒が盛られていたことが判明した。
本来ならばご自身が口する献上品。猛毒が仕込まれていたことに、国王陛下が激怒。
王太子殿下の謀反として、ただちに誅殺。
さらに、王太子殿下とならんで謁見を受けた第2王子ニクラス殿下と第3王子アーヴィド殿下も共謀であると、追っ手をかけるも、交戦の末、ともに王宮を脱出し逃亡――。
「謀反人はいまだ捕縛されておらず、側妃ヴェーラ陛下の安全を図るため、我らが遣わされた次第にございます」
と、わたしへの説明を終えた隊長が言葉を切り、顔をあげた。
わたしが眉をひそめてうなずくと、使命感に燃える隊長が、声に勇ましさをました。
「まずは、万が一にも離宮内に潜む不逞の輩がおらぬか捜索させていただき、その後、警護の任に就きたく存じます」
「……王太子殿下ご謀反とは、オロフ陛下のご心中をお察し申し上げるに、お労しい限りです……」
わたしが扇で口元を覆うと、近衛の騎士たちは皆、悲痛な表情で顔を伏せた。
誰しも、あの人格者の王太子殿下が謀反を企んだなど、半信半疑だろう。
なにかの謀略があったと考える方が自然だ。
なのに、王太子殿下は詮議を受けることもなく、即座に誅殺。冥府の住人となって、二度と戻ることはない。
暴虐の王らしい、短兵急な行いだ。
ただ、猛毒入りの菓子を姉トゥイッカが口にしていたかもしれないとは――、
背筋が凍る思いとはこのことだ。
労苦に満ちた姉の生涯が、謀略の巻き添えになって閉じることなど不憫すぎるし、とても許せるものではない。
毒見のメイドには気の毒だけど、姉と幼い甥が無事だったことに胸を撫で下ろした。
隊長が、ふたたび顔をあげた。
「捜索のご許可を賜りたく……」
「それには及ばぬ」
「……えっ?」
ひろげた扇で口元を覆ったまま、ハッキリとした口調で申し伝えた。
まっすぐわたしを見詰める騎士たちの視線に、戸惑いはあっても疑いの色はない。
忠義と誠実。汚れなき白銀の鎧に相応しい、近衛の騎士たち。
だけど、壁の向こうの狩り小屋に、アーヴィド王子を隠していると知られれば、
たちどころに、忠義の刃はわたしの首を刎ねるだろう――、
「し、しかし……、我らとしても国王陛下よりの勅命なれば……」
「さすがは陛下。ありがたきご配慮に感謝するばかりです」
「ならば……」
「この離宮に異変はない」
「それは……」
近衛の騎士たちを見据えた。
「オロフ陛下の側妃――第2王妃たる妾の言葉が信じられぬか?」
「いえ、そのようなことは……」
「妾の言葉を押してわが離宮を踏み荒らし、もしわが言葉に偽りがなく離宮に異変がなくば、そろってその首を妾に差し出すのであろうな?」
「うっ……、そ、それは……」
わたしは18歳の小娘で、惨めな人質だけど、暴虐の王の妃でもあることを、篤実な騎士たちに思い出してもらう。
息をほそく長く吸い込んで、胸に入れる。
困惑しつつもわたしから視線を逸らさない隊長の瞳を、冷ややかに見詰めた。
そして、ゆっくりと扇を降ろして笑顔をつくる。
「……無理を言うた」
「い、いえ……」
「それも、オロフ陛下の護りこそが、近衛の騎士たるそなたらの使命と思えばこそ……」
「……はっ」
パチリと扇を閉じ、純白の瀟洒な椅子から立ち上がった。
騎士たちは一斉に、頭を垂れる。
「第2王妃ヴェーラ、近衛の騎士に命じます。ただちに王宮に戻り、謀反で混乱する陛下の御許を護れ」
「な……、しかし、勅命が……」
「よい」
と、近衛の騎士たちに背を向けた。
窓の向こうには、離宮から張り出すようにつながった狩り小屋の軒先。
板葺の粗末な屋根の下、重傷を負ったアーヴィド王子が生死の境で戦っている。
背後の騎士たちは捕縛なんて言っているけれど、見つければ殺す。すぐに。
それが、暴虐の王から下った勅命であるはずだ。
万に一つも、わたしに隠しごとがあると疑わせてはいけない。
「……妾の言葉、寸分違わずオロフ陛下にお伝えせよ。もし責めがあれば、すべて妾が負おう……」
近衛の騎士たちは押し黙ったままだ。
けれど、わたしの背中に強い視線を投げかけていることが分かる。
「……王国に歯向かい討伐された蛮族より差し出された、憐れな人質の身でありながら、第2王妃などと高貴な身分を賜ったご恩を国王陛下にお返しするのは、いまをおいてほかにない」
「……ヴェーラ陛下」
「妾の身など、……どうでもよいのだ」
騎士たちは、わたしの背後で身じろぎひとつしない。
本心を悟らせてはいけない。
王国をゆるがす特大の変事に動揺しているのは本当だ。無理に平静を装えば、かえって怪しい。
大丈夫。
心の奥底に本心を秘めてふる舞うことに、わたしは慣れている。
「……いかにお強きオロフ陛下といえども、……厚く信頼されるご嫡男のご謀反……、尊き御心にどれほど深い傷を負われたことであろうか……」
「それは……」
「妾は……、女の浅知恵と謗られようとも、……いたたまれぬのだ」
「……我らも、思いは同じにございます」
騎士たちの発する空気が緩んだのを感じ、わたしはゆるりと振り返った。
寂しげに目をほそめ、穏やかな声音を選んで語りかける。
「王国に誇り高き、近衛の騎士たちよ。陛下の御盾よ」
「ははっ」
「一刻も早くオロフ陛下の元に駆け戻り、陛下をお護りし、お支えしてはくれぬか? ……妾にできることは、このくらいのことしかないのだ……。陛下より賜ったご厚情であるそなたらをお返しする。……無力な妾の願いを、どうか叶えてはくれぬか? 白銀の騎士たちよ」
わたしの言葉に納得してくれたのか、近衛の騎士たちは深く頭をさげて、離宮を出ていった。
騎馬が山道を蹴る馬蹄の音が、遠のいていく。
ふぅ――――っと、胸のなかに溜めていた息を、それでも密やかに、ゆっくりと抜いた。
「……お見事でした」
と、フレイヤが水の入ったコップを差し出してくれる。
「わたし、嘘は言ってないわよ?」
もちろん本来なら、いついかなる時も自分のことを〈妾〉と称するべきだ。
だけど、フレイヤとイサクのまえで砕けた空気になると、つい自分のことを〈わたし〉と呼んでしまう。
「ええ、嘘などと、とんでもない。ヴェーラ陛下がオロフ陛下をお慕いする真心が、近衛の騎士たちを動かしたのですわ」
すまし顔のフレイヤに苦笑いを返しながら、コップを受け取った。
もし、ことが露見すれば当然、フレイヤにも累が及ぶ。
実家のレヴェンハプト侯爵家も危うい。
だけど、フレイヤはすぐに覚悟を固め、わたしの決断に従ってくれた。
――アーヴィド王子にかけられた無実の罪を晴らす日まで、匿い通す。
王国への重大な反逆の、共犯者になってくれたのだ。
のどを通る水が、冷たかった。