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最終話.太陽のような

姉トゥイッカの治政で要職にあった者たちは、みな爵位と家督をそれぞれ世子に譲らせ、領地に隠棲させた。


ミアも、亡き長兄のまだ8歳と幼い長男に、テュレン伯爵の爵位と家督とを譲り、わたしと一緒にレトキに移った。


というか、嫁いだ。イサクに。



「えへへへ~~~っ! 嬉しいです!!」



太陽のような笑顔は意外とはやく戻り、逞しい腕にしがみつかれたイサクのほほを赤く染めている。


イサクは、氏族の長たちの同意も受け、あらためてレトキ王国の宰相に任じた。


また、ギレンシュテットの王宮を制圧した勲功をもって侯爵に叙爵し、レトキ王国最初の叙爵者となった。


といっても領地を持たない宮廷爵位だ。


氏族の長たちはすべて横並びに子爵とし、なかでも功績のあった者だけを特に選んで伯爵とした。


さらに、国軍で将帥を務めた者たちは男爵とした。


ただ、レトキの氏族制は半遊牧の生活を前提にしており領土という概念に縁遠い。レトキの大地、レトキの恵みはあくまでも皆のものであり、神々のものだ。


領土に封じる封建制はレトキに馴染まず、叙爵した爵位はあくまでも、女王の権威を追認させ、統治の秩序を下支えさせるためだけにある。


国軍は、レトキの人口規模と現状の国力とにあわせて1万2千人に縮小し、多くを元の半遊牧の暮らしに戻らせた。


そして、カミル閣下の治めるドルフイム辺境伯領との交易を開始し、ラウリたちのかけてくれた吊り橋を通りギレンシュテット王国との通商もはじめた。


戒厳令を解いた歓楽街は賑わいをみせ、交易の隊商たちに混じって、レトキの若者たちも姿を見せるようになった。



「……ちょ、ちょっと派手じゃない?」



と、わたしが思わずつぶやいたのは、踊り子たちに感化されたミアに対してだ。


面積のちいさな布だけで、元気いっぱいに舞っていた。



「えへへ。どうです? 色っぽいですか? 女に見えます?」



宰相夫人としていかがなものかとは思うけれど、幼く溌剌とした顔立ちのミアの踊り子姿は……、エロい。


ギャップが、エロい。


年頃の男の観客は皆、ほほを赤くした苦笑いを浮かべて目を背けてしまうほどだ。



――まあ……、宰相閣下の御夫人をそういう目で見る訳にはいかないわよね……。



と、わたしも苦笑いだ。


もっとも、元踊り子の侍女見習いシルクカをはじめ、大人の女性陣からは大人気で、とても可愛がられている。


宰相夫人の権威もなにもあったものではないけれど、ミアらしくてとても良い。


微笑ましげに眺めるお姉様方に見守られ、ますます官能的に舞うミアは、とても幸せそうだ。


といっても、フレイヤは彫像のような表情で眺めている。


そのフレイヤが、首筋までまた真っ赤にして連れて来たのは、わたしの黒髪の騎士エルンストだった。


エルンストもミアと同様、亡くした兄の長男に世子の座を譲り、わたしのもとへと帰ってきてくれた。



「あら、そおぉ~~~。……いつから?」



と、結婚の許しを求めにきたフレイヤとエルンストのふたりに、……聞いたわたしが悪かったのか?


アーヴィド陛下とわたしのカップルがいかに〈尊い〉かを語り合ううちに、ふたりは意気投合したのだという。


ふたりが延々と、それは延々と、わたしとアーヴィド陛下の取り合わせの魅力を、当のわたしに語りつづけるのだ。


それぞれ、拳を握って。


照れくさいやら、気恥ずかしいやら、だけどなにを見せられているのか、今度はわたしが彫像のような表情になってしまった。


フェリックスはレトキの子どもたちに混じり、レトキの山野を駆け回っている。


日に焼けて真っ黒になった顔には、ようやく子どもらしい笑顔がはじけていた。


わたしも時々は、フレイヤから特製の帽子を厳重にかぶらされ、一緒になって山野を駆ける。


そして、父と母のとなりに建てた姉トゥイッカの墓に祈りを捧げる。



――レトキの冥府にも、ギレンシュテットの冥府にも、きっと受け入れてもらえないわね。



と、自嘲気味に笑った姉を、



「じゃあ、わたしの胸のなかに来ればいいわ。ずっと、わたしの胸のなかにいてね」



と、抱き締めた。


くすぐったそうに、けれど気持ちよさそうに、姉はわたしの胸の中でほおずりしてくれた。


それでも、せめて身体は父と母と、レトキの大地に還してあげたかった。


〈赦しの女神〉トゥイッカは、きっと姉のことを受け入れてくれる。


そう、祈った。


わたしの夢に出てくる姉は、いつもやさしく微笑んでいる。


もっと、わたしの裏切りを激しく詰ったり、アーヴィド陛下を呪うような悪夢に苛まれるのではないかと覚悟していた。


だけど、姉と穏やかに過ごした最期の時間は、わたしの心を守ってくれていた。


姉に、してやられた気分もして、わたしに苦笑いもさせるのだけど、最後の最後まで姉はわたしを守って逝った。



わたしは、姉に敵わなかった。



やがて、レトキ王国の本格的な復興にとりかかり、オロフ王との戦争で犠牲になった兵士たちの遺骨収集もはじめた。


いくつもの証言をあつめて回り、戦地を特定して遺骨がのこっていないか探索する。


当時の長老たちも族長だった父もおらず、作業はゆっくりとしか進まなかったけれど、できるかぎり家族のもとに帰してあげたかった。


王都のアーヴィド陛下にも書簡を送り、ギレンシュテット王国側の記録も取り寄せ、作業を進めた。


あっという間に半年ほどが過ぎ、ようやく特定できた姉の婚約者ペッカが送り込まれた、激戦地跡を訪れる。


野ざらしだった遺骨は朽ち果て、個人を特定するのは容易ではない。


悲惨な戦闘の痕跡に目を伏せ、鎮魂の祈りをささげた。


ふっと、夏の草いきれのなかで、わたしの目をひくものが揺らめいた。



緋色――、



わたしが歩み寄ると、緋色のリボンが腕の骨に巻き付いて、風にヒラヒラと揺れていた。


かつてレトキの兵を率いた姉の勇姿。


わたしの憧れた、族長の長女トゥイッカ。


アッシュブラウンのながい髪を緋色のリボンでポニーテールに結び、レトキの紋様が刻まれた大弓を背に凛と立っていた。


色褪せそうな記憶を鮮やかに蘇らせる緋色のリボンが巻き付いたご遺骨は、獣に食い荒らされた気配もなく、頭蓋もすべて綺麗な姿でのこっていた。



「……お姉ちゃんが、わたしに知らせてくれたのね……」



緋色のリボンをご遺骨から丁寧に取り外し、自分のほほにあてた。


そして、ご遺骨を丁重にあつめ、用意していた箱に納め、リボンを返して蓋をした。


ペッカの属した氏族の長にかけあい、ご遺骨は姉のとなりに埋葬できた。


姉がそれを望んでいるかは分からない。



――わたしのために、ふたり並んで眠ってね……。



と、祈りを捧げた。


そして、夏が過ぎ、また秋が来た。


一年ぶりにレトキを訪れたアーヴィド陛下は、白馬にまたがっていた。



「なんです? ……カミル閣下のマネですか?」


「だって、ヴェーラがカミルのこと、まぶしそうに見ていたし……」



口をとがらせるアーヴィド陛下に、ぷっと吹き出し、フレイヤと笑い合った。



「かあ~、たまりませんな……」



ふたりで声をそろえると、アーヴィド陛下はますます怪訝な表情を浮かべてわたしを見つめた。



「ボク、ヴェーラを迎えに来たんだけど」


「はい。わたしを奥さんにしてくださいませ。……アーヴィド王子」



アーヴィド陛下とふたり、父と母と姉トゥイッカの墓に参り、満月のしたでステップを踏んだ。


姉はひとつの予言を遺していた。


国を二分し血を流し合ったギレンシュテット王国を、ふたたび融和させるのは、亡くなられたテオドール殿下の慈悲深さでも、ニクラス殿下の粗暴さでもなく、アーヴィド陛下の天真爛漫さだと。



「私? 私なら、逆らう者は根絶やしにするわよ」



と、笑った姉の予言は、実現しつつある。


王国の古参貴族、西方貴族、東方貴族の和解と相互理解が進み、オロフ王の征服、姉王太后トゥイッカの統治、ニクラス殿下主導の内乱と、激しい変転を経てきたギレンシュテット王国はアーヴィド陛下のもとでひとつにまとまりはじめた。


国情の安定をみて、わたしとの正式な結婚に踏み切れるところまで、ついにきたのだ。



とはいえ、王と女王の結婚だ。



ギレンシュテットとレトキの両国を行き来しながらの夫婦生活になる。


いずれフェリックスが成人したらレトキの王位を譲るのか、わたしたちの子どものいずれかをレトキの王とするのか、はたまたギレンシュテットとレトキに同君連合を組ませてひとりの王に治めさせるのか。


先のことはなにも決まっていない。


フレイヤとエルンスト、イサクとミア。そして、わたしとアーヴィド陛下。


両国で二度ひらく予定の正式な結婚式のまえに、6人でちいさな宴の席をもった。


地下の隠し部屋での日々を聞かせ、ミアが驚き、エルンストが感心する。


あのとき、ミアに知らせていたら、ミアの父親テュレン伯爵は命を落とさず済んだかもしれない。けれど、アーヴィド陛下もエルンストもフレイヤもイサクも、姉トゥイッカの手で命を落としていたことだろう。



「へへっ……。みんな頑張ったんだから、それでいいじゃないですか?」



太陽(ヴェーラ)のような笑顔に、みなが穏やかな笑顔で応え、わたしはアーヴィド陛下と微笑みあった。


赦しの大地の赦しの女神が、やわらく皆を抱きつつんでいる姿が、


わたしには見えた。


             ― 完 ―


本作の更新は以上になります。

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