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54.姉の心を読む

エルハーベン帝国の諜報網から届いた報せは、討伐軍と反乱軍の激突を詳細に伝えてくれた。


反乱軍はニクラス殿下の采配が行き届かず、自壊にも等しい敗北を喫していた。


ただ、損害はそれほどでもない。


西方貴族も古参貴族も、自分たちの兵を惜しんでいた。


そして、それは討伐軍の東方貴族たちも同様だったのだ。


大軍と大軍の激突でありながら、ながく伸びた前線の各所で小競り合いが散発的に起きるような戦闘が、6日もつづいた。


苛立ちを深めたニクラス殿下が総攻撃を何度も命じたけれど、反乱軍の動きは鈍い。


やがて、ニクラス殿下の罵声のような命令に嫌気がさした西方貴族たちが、兵を領地に引き上げはじめる。


それを討伐軍も追撃はせず、ニクラス殿下率いるハーヴェッツ王国軍2万に攻撃を集中させた。


ニクラス殿下は持ちこたえられず、兵をハーヴェッツ王国との国境近くまで退いたという。


カミル閣下が皮肉げな笑みを浮かべられた。



「おそらくは、ハーヴェッツの将帥たちが退かせたのでしょうな」



なかなかに、みっともない戦いぶりだ。


戦争につよい嫌悪感と忌避感をいだくわたしでさえ、あたまを抱えたくなるような負けっぷり。



「反乱の帰趨は決した……、と言ってもよいでしょうな」



淡々と語られるカミル閣下。


お隣でアーヴィド王子も拳を口の端にあて、苦い顔をされている。


兵の損害が少ないとはいえ、西方貴族たちがバラバラに領地に立て籠もったのでは、いずれ王国西方は平定されるだろう。


領地から離れ、行き場のない古参貴族たちはニクラス殿下に従っている。けれど、このあり様では士気があがるはずもない。


すでに姉の調略の手が伸びているかもしれない。



「……亡命をお勧めせざるを得ない」



カミル閣下が、わたしを見詰めた。


王国西方が平定されれば、姉の兵はすべて北方のレトキに向かうだろう。


ふたたび泥沼の戦争を戦うのか、姉に白旗をあげるのか――、


わたしに亡命を勧めてくださるカミル閣下の表情は、慈愛に満ちていた。



「わが皇帝陛下も、悪いようにはされますまい。謀反の汚名を着せられているとはいえ、アーヴィドには王統の血が流れているし、ヴェーラ陛下はトゥイッカ陛下の妹君です」


「ええ……」


「もし仮に、皇帝陛下が受け入れを拒否したとしても、エルハーベンには無頼都市スロヴニがあります」



複雑な生い立ちを持たれたピエカル家の開祖、無頼令嬢マウゴジャータ夫人が幼少期から青春期を過ごされたと伝わる、無頼都市スロヴニ。


エルハーベン帝国内にありながら、法から外れた無頼たちによる自治が黙認され、帝国自由都市の体裁をとる。


その実態は皇帝権力の及ばない無法都市であり、行き場を失った者たちを匿う義侠都市であるとも聞く。


横暴な領主から逃れた棄民や、他国から亡命してきた貴族、さらには犯罪者であっても分け隔てなく受け入れる。


わたしとアーヴィド王子が逃れれば、きっと手厚く匿ってくれることだろう。



――だけど、わたしがレトキを見棄てることなど……。



民のことなど考えず、自分の身の安全だけを図ることは、王侯貴族のふる舞いとして珍しいことではない。


わたしは、カミル閣下にふかく頭をさげた。



「お申し出に感謝いたします。……ですが、いましばらく考えたく存じます」


「むろんのこと。……建国なったばかりのレトキ。そして、アーヴィドとの未来を、存分にお考えください」



麗しいお顔に、カミル閣下は穏やかな微笑みを浮かべてくださった。


事ここに至っても、わたしは姉トゥイッカの心のうちを考えていた。


白亜の王宮には、最初の王都での決起から立て直したギレンシュテット国軍を残している。


主力である金鷲騎士団、さらには近衛騎士団も姉の手元にある。


それらがレトキに向かえば、さすがに厳しい。


王国西方の平定まえであってもおそらく姉はレトキ国軍5万に、倍する兵力を送り込むことができる。


軍事教練をつづける新兵たちを、アーヴィド王子とふたり、見て歩いた。


わたしが姉に詫び状を書き、エルハーベン帝国に亡命すれば、姉はレトキ国軍を吸収して王国西方に送るだろう。


わたしの首を送っても結果は同じだ。


もちろん、レトキの建国などなかったことにされる。



――ここが……、正念場だ。



アーヴィド王子を王位に就けることも、姉トゥイッカをレトキの大地に謝罪させることも、レトキ族を姉の苛政から救うことも、はかない夢と消えるのか。


それとも……。


日に焼けた新兵たちの身体からは、湯気があがっている。


騎兵との闘いを想定し、レトキではあまり馴染みのない槍を主力武器に採用した。


弓矢はともかく、山刀(マチェット)では騎兵に対抗しにくい。


教官たちの掛け声にあわせ、新兵たちは一糸乱れず槍を突く。



「カミルのこと……、悪く思わないでね」



と、アーヴィド王子が心配そうに声をかけてくださった。



「悪くなど思いませんわ。……カミル閣下は、わたしたちのことを大切に思ってくださればこそ、亡命を勧めてくださっているのですから」



わたしは、北の大地で完全に孤立した。


部族を巻き込んで、姉トゥイッカに反旗を翻したにも関わらず、先の展望をすべて失った。


姉に対して優位であることは、いまだわたしの離反に気付かれていないことだけだ。


だけど、それも時間の問題。


まもなく姉の討伐軍はレトキに向かうだろう。


なのに、わたしの心は妙に落ち着いていた。


日が沈み、半分に欠けた月の下、アーヴィド王子におねだりして、ステップを踏む。


腰を抱いていただき、手を堅く結び、にこやかに踊る。



「カミルの話だと、東方貴族も厭戦気分が濃いようだね」


「ええ、わたしもそう受け止めましたわ」


「なかなか宰相の采配どおりには動いてくれず、難儀しているようだし」



小太りであたまの禿げあがった宰相、ステンボック公爵。姉からの(まいない)で籠絡された中年の宰相に、心から従う東方貴族は少ないだろう。


王国の権威も権力も、姉が独占している。


王宮から離れた宰相の指揮で、みずからの兵を減らしてまで戦おうという貴族はきっといない。


いや、それどころかステンボック公爵自身でさえ、自分の兵を減らそうとはしていないだろう。



「……泥沼の内戦が続くかもしれないね」



いまこそアーヴィド王子のご健在を明らかにし、反乱貴族たちの糾合を図るべき時なのか。


ただ、王国西方とレトキでは距離が離れ過ぎている。


ステンボック公爵率いる討伐軍から、容易に連携を断たれる位置関係だ。


姉が温存している国軍を北に向かわせ、レトキも各個撃破の対象となるだけに終わる可能性が高い。


国軍と東方貴族の兵とを擁する姉トゥイッカには、二正面作戦を展開することもできる。


そして、レトキの民を戦争のど真ん中に放り込むことになる。



「ふふっ。……次は、どんな報せがもたらされるのでしょうね?」



優雅なふたり舞踏会にふさわしく、わたしは微笑を絶やさず、姉の心を読む。


次に届くとしたら、わたしが王都に放った偵騎からの報せか。


姉の動きを、わたしは初めて直接知ることになる。


はたして、どんな報せがもたらされるのか。


カミル閣下から知らされた反乱軍の敗走は、すでに6日も前の出来事だ。


この間、姉はなにを考え、どんな手を打っているのか。


緋色のドレスを翻し、白亜の王宮で果断な命を下しているはずだ。


いまほど、姉トゥイッカの心のうちを深く考えたことはなかった。



  Ψ



翌早朝。戦時宰相イサクをはじめ、レトキ国軍のすべてに集結を命じる。


うすく朝靄(あさもや)のかかるなか、静まり返ったわかき国軍に、わたしは宣言した。



「出兵します。ギレンシュテットの王都におられる我が姉、トゥイッカを討ちます」



姉の心を考え抜き、姉を救うために、わたしが出した結論だった。


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