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47.重みがのしかかる

日は中天を過ぎ、空は晴れ渡っている。


わたしは大会堂の十日宴に戻った。


楽団は賑やかな調べを奏で、歌い手が情熱的な歌声を響かせている。


わたしが席に腰をおろすと、切れ長の瞳にながいまつ毛、選帝侯カミル閣下が目をほそめられた。



「外では、ずいぶん盛り上がっておられたようですね?」


「賓客を脇に置き、無礼なふる舞いお許しくださいませ。……故郷の者たちとは9年ぶりの再会でしたので、つい」



氏族の長たちに、選帝侯を十日宴でもてなしていると伝えたら、レトキ族の伝統を大切にしてくれているのかと、感激された。


レトキ族のみなと、国を建てると決めた。


わたしは女王に即位し、戴冠する。


だけど、カミル閣下の扱いは定まらない。


帰国されたら、すぐ姉に報せるだろう。


建国や即位は隠し通せても、わたしが総督を処断し、総督府を掌握したことは、姉に伝わる。


内乱に対し中立を宣言するためには、いずれ建国と女王即位を、ひろく布告しなくては意味がない。


ただ、そのタイミングを見誤れば、王都の国軍が北に向かう。


いまの時点で、姉にとっては西方の反乱軍より、軍備も整っていないレトキの方が、容易に平定できる。


情報が圧倒的に不足しているなか、姉の手の内、心の内を読まなければならない。



「わが急使までもてなしていただけるとは、ヴェーラ陛下のご厚情に感謝するばかりです」



と、カミル閣下が赤ワインの入ったグラスを手に取られた。


ご領地から来たご使者を、カミル閣下に会わせずに止めることはできない。


それでは、カミル閣下を事実上、軟禁していることが、あからさまになる。


けれど、こちらからの情報流出は、どうしても避けたい。



「ふふっ、おひとりだけ国に帰されては、カミル閣下が恨まれてしまうでしょう?」



わたしが、上目遣いに麗しいお顔をのぞき込むと、カミル閣下はカカッと笑われた。



――う、上目遣いはやり過ぎだったかな?



まだ、氏族の長たちを煽った余韻が、心にも身体にも残っている。


抑えているつもりでも、高揚感が隠せていないのかもしれない。


まして、カミル閣下は稀代の女たらし、女性の心をのぞき込む達人だ。


うふふっ、と心のうちを覆い隠すように、わたしも微笑んで、盛り上がる宴席に目を移した。


エルンストの兵とイサクの兵は、選帝侯の兵と一緒になって踊り子を口説いたり、剣術について熱く語り合ったりしている。


選帝侯の兵を飽きさせないよう場を盛り上げながら、万が一にも総督府から抜け出すことがないよう監視してくれている。


ただ、その理由は、彼らも知らない。



「さて、ヴェーラ陛下」



と、カミル閣下が立ち上がり、わたしに顔を向けた。



「存分にもてなしていただいたことでありますし……」



襟がたかく光沢のある白い上着を、ふわりと羽織られたカミル閣下に、



――十日宴を切り上げ、帰国なされるおつもりか!?



と、心で身構え、やわらかく微笑んだ。


お引き止めする言葉を、瞬時に10通りは思い浮かべたわたしに、カミル閣下は片眉をあげた笑みを向けられた。



「わがピエカル家に伝わる剣舞をご覧いただきましょう」


「まあ、そのようなお気遣い……」



嬉しそうに驚いてみせたわたしに一礼すると、右手に佩剣の細剣(レイピア)、左手にワイングラスを持たれ、カミル閣下は舞台にあがられた。



「曲はなんでも良い。賑やかな調べを」



と、楽団に指示されたカミル閣下が、(つか)に華麗な装飾のほどこされた細剣(レイピア)を抜かれ、ちいさくステップを踏み始められた。


騒がしかった兵士や踊り子たちが静まり返り、舞台上のカミル閣下に目を奪われる。


やがて曲調をつかまれたのか、ステップは複雑さを増し、細剣(レイピア)が流麗な円弧を描きはじめる。


スラリとした長身をおおきく反らし、剣先がとおくに伸びても、グラスのなかの赤ワインは揺らぎもしない。


見事な剣舞に、みなが見惚れる。


けれど、わたしは心から楽しむことができない。



――ここで、ピエカルの家名を持ち出されたのはなぜか……。



ピエカル家はエルハーベン帝国で、ドルフイム辺境伯領をはじめ、多数の領邦を治めている。


皇帝を5代輩出した名門バウォダフ家の流れを受け継ぎ、無頼令嬢の異名をとった刺青入りの女傑、マウゴジャーダ夫人が興した新興の家門ながら、その支配は帝国全土の4分の1にも及ぶ。


つまり、ピエカル家単体でも、ギレンシュテット王国に匹敵する領地を治めている。


カミル閣下もその一員で、従兄弟や御親類には王位や大公位を名乗られる方が多数おられる。



――自分に下手なことをすれば、ピエカル家が敵に回るぞという脅しか……?



ツウッと、冷や汗が背筋を這った。


いや実際は、単に十日宴への返礼として、無頼令嬢マウゴジャーダ夫人に由縁する見事な剣舞を披露していただいているだけなのだろう。


ポオッと、熱い視線をおくる踊り子たちのように、流麗な剣舞を楽しめばよいのだ。


いつもカミル閣下に冷たい視線を浴びせるフレイヤでさえ「ほう……」と、目を瞠らせているのだ。



――わたしの心にやましいところがあるからだ……。



心に秘密を抱える、その重みがズシリとわたしにのしかかる。


顔には微笑みをたたえたまま、心のうちに苦いものがひろがってゆく。


剣舞は佳境を迎え、細剣(レイピア)の動きは目で追えない。ただ華麗な舞だけが、舞台上で大輪の花を咲かせている。



タタンッ――……、



カミル閣下が最後のステップを踏まれ、その身をスッと伸ばされたときだった。


みなが拍手で讃えようとした寸前、澄んでいて伸びやかな声が、朗らかな調子で大会堂に響いた。



「おお、カミル。相変わらず、見事に舞うね。思わず見惚れてしまったよ」



たなびくレモンブロンドのお髪。


にこやかで天真爛漫な微笑みを浮かべたアーヴィド王子が、わたしの縫ったパール色の装束を身にまとい、エルンストとイサクを従えて立っておられた。


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