43.ちょっと張り切りすぎ
大会堂は賑わいに賑わっている。
わたしの布いた戒厳令で収入を断たれていた楽団や踊り子たちは、ふって湧いた稼ぎどきに張り切って場を盛り上げてくれる。
カミル閣下の率いられる50名の兵士も大会堂に招き入れ、エルンストの兵50名、イサク指揮下の元総督府の兵50名がもてなしている。
街の者たちも加えた200名以上が、上機嫌で猥雑に騒いでいるなか、カミル閣下のお隣へと戻る。
「おお、ヴェーラ陛下。その純白のドレスもよくお似合いだ」
この稀代の女たらしは、まわりをいくら美女たちばかりに囲ませても、鼻の下を伸ばされたりはしない。
薄衣のイブニングドレスをまとった歌い手たちをはべらせ、カミル閣下は変わらぬ調子で話しかけてこられる。
手はちゃっかり歌い手のほそい腰にまわっているけれど、乱れたところを少しも見せられない。
それどころか、歌い手が打ち明ける旦那さんへの悩みごとに真剣に耳を傾け、適切で真摯なアドバイスをしてみせる。
その様子がまた、他の女性たちをして、
――ああ見えて、誠実なお人柄なのね!?
と、ポオッとさせている。
なるほど、本当の女たらしとはガッつかないものだと、わたしを苦笑いさせる。
ただ、この宴席で、わたしが姉トゥイッカに抱いていた大きな謎がひとつ解けた。
姉は、レトキ族から搾り取った産品を、カミル閣下に買い取ってもらっていたのだ。
レトキの大地からは、金銀が産出している訳ではない。
総督府に山と積まれたレトキの産品。
トナカイの干肉や革、角、それに伝統の手工芸品などを姉がどのように換金し、王都政界を掌握するための財貨にしていたのか、ようやく判明した。
つまり、カミル閣下は明確に、姉の側に立つお人だったのだ。
カミル閣下からすれば、わたしは大切な取引相手の妹だ。
姉は礼儀としてわたしのレトキ来訪を通達しただけだろうけど、カミル閣下がご機嫌うかがいに姿を見せたことも納得できる。
そして、ご領地に戻られたら、得意げに姉に報告の書簡を出されるだろう。
――ダメだ。いまは考えないようにしないと……。
顔色ひとつで、歌い手が夫婦間の悩みを抱えていると言い当てられたお方だ。
余計なことを考えてしまえば、なにを見抜かれるか分からない。
微笑んだまま舞台に目を移し、踊り子たちの舞いを心から楽しむしかない。
――だけど、ちょっと張り切り過ぎなのよね……。
踊り子たちが身につける布の面積が、ちいさい。女子のわたしが、照れる。
けれど、帝国の選帝侯に自分たちの踊りを見てもらえる機会など、めったにあることではない。
もし、気に入ってもらえたなら、辺境に流れて来ざるを得なかった彼女たちの人生は、一気にひらけるだろう。
カミル閣下でなくとも、近侍の騎士や兵士から見初められでもすれば、一生安泰だ。
なにしろ、天下の選帝侯が選んだ50人のうちのひとりの奥さんになれるのだ。
張り切るのも無理はない。
だけど、わたしが居室を出てカミル閣下の隣に向かうときには、アーヴィド王子が微妙に妬いてくるし、
とにかく、わたしの心が忙しすぎる。
舞台での舞いがひと段落すると、ちいさな舞踏会になった。
踊り子たちは思い思いに兵士たちの手を引き、一緒にステップを踏みはじめる。
わたしにも、
「ヴェーラ陛下。ひと舞、お相手を」
と、カミル閣下から手を伸ばされては、断る訳にもいかない。
踊り子や歌い手、メイドたちを相手に踊る兵士にまじり、わたしもカミル閣下とステップを踏む。
腹立たしいことに、アーヴィド王子よりリードがお上手。
みなの目も、わたしとカミル閣下に集まっているのが分かる。
――カミルは綺麗な顔をしてるから。
と、アーヴィド王子が口をとがらせた麗しいお顔が、わたしのすぐ近くにあるのは、決して嫌な気持ちにさせられるものではない。
それどころか、切れ長の澄んだ瞳で見詰められると、ついすべてを打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。
――いかん、いかん。女たらしにたらされてる場合じゃない。
と、微笑みを引き締め、ステップに集中する。
「実に踊りやすい。ヴェーラ陛下は、よほど良いパートナーに恵まれてこられたようだ」
「ふふっ。カミル閣下のリードがお上手だからですわ」
社交辞令を交わし、軽やかにターンする。
窓のそとの野原には、すでに130弱のゲルが建っている。レトキの氏族、全174の長がそろうには、あと少し。
王都では、緋色のドレスをまとった姉が、反乱軍追討の準備を着々と整えていることだろう。
姉の妖艶な眼差しが射抜く王国西方では、反乱貴族たちが王都での敗戦から必死で態勢を立て直そうとしているはず。
そして、さらに西、ハーヴェッツ王国ではニクラス殿下が王位奪還の野望に燃えておられる。
わたしが辺境レトキの大会堂でステップを踏んでいる間にも、間違いなく、事態は進行している。
だけど、すべての焦りも不安も胸の奥にしまい込み、にこやかに踊る。
麗しの選帝侯閣下を饗宴でもてなし、わたしに時が訪れるのを待つ。
運命の女神が微笑むのは、必ずやわたしとアーヴィド王子であると信じて。




