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42.わたしは待つしかない

緋色のドレスを鮮やかに翻し、果敢にも姉トゥイッカはみずから前線に立ち反乱軍鎮圧の指揮を執ったという。


かつて、族長の長女として、部族の兵を率いることもあった姉の姿が重なる。


もっとも、王国でそれを知るのはわたしだけで、可憐にも勇敢な姉の姿は、近衛の騎士たちを感激させ奮い立たせた。


なんでもない昼下がり。突然起きた反乱軍の急襲で混乱した王宮内を立て直し、未明には撃退に成功したのだ。



選帝侯カミル閣下をもてなす十日宴を抜け出し、わたしの居室で急使を引見した。


謎の客将アーヴィ、エルンスト、イサクが側で一緒に聞いてくれている。



やはり、決起は偶発的だった。


発端は、傭兵を雇い入れる王国西方の動きを、黒狼騎士団につかまれたことだ。


査問のため王都屋敷に踏み入られた、とある西方貴族が、粛清を恐れて黒狼騎士団と戦闘になる。


その騒ぎで、謀反の企みが露見したかと恐慌をきたした西方貴族が、次々に挙兵。


数では劣る黒狼騎士団を壊走させ、その勢いに乗って、王宮になだれ込んだのだ。


反乱軍とは名ばかりの、統制のとれていない烏合の衆は姉トゥイッカに撃破され、多くの戦死者を出して、王国西方に敗走中だという。


ご嫡男が討死されたオクスティエルナ伯爵も西の領地へと落ちる途中、ようやく兵をまとめられたところで、わたしへの急使を発してくれていた。


ニクラス殿下の帰還に呼応し、王国西方で決起するはずだった反乱軍。


王都の敗走から、すでに11日が経過していた。



――姉は王都で、どんな手を打っているのか。



姉のもとにある国軍も3割ほどは王国西方の出身で、反乱軍に寝返ったという。


すぐに追討の兵を送れる状況ではないだろうけど、手をこまねいているはずもない。



「……西方貴族たちは自領で態勢を立て直し、ニクラス兄上の帰還を待つつもりだろうけど……」



と、アーヴィド王子が兜の奥で、険しく眉を寄せられた。


尊大なニクラス殿下のことだ。


自らの帰還に呼応した西方貴族たちから、華々しく迎え入れられる凱旋の絵を思い描いておられたはずだ。


ニクラス殿下からすれば、自らの意図しないところで勝手に挙兵し勝手に敗北した西方貴族たちを快く思うことはない。


反乱軍がすんなりまとまるとは思えない。



わたしの居室に重苦しい空気が流れる。



もともとの目論みでは、反乱軍が西方で決起し、王国が二分された状態になればこそ、レトキ族の中立宣言が効いてくるはずだった。


王都は北から牽制される形になって、反乱軍はすんなり東に攻め上れる。王都西方の貴族がまとまりやすい。


そして、わたしの目論みは、王国を二分した内乱が決着するのには時間がかかるということにあった。


混乱のなか、アーヴィド王子復権の機をうかがうはずだった。



その前提が、すべて崩れた。



王都の姉トゥイッカが、わたしの総督府制圧を知れば、先にこちらに兵を送ることも可能な状況になったのだ。


まだ、なんの体制も整っていないのに。


氏族の長たちが総督府にそろうには、まだもう少し日にちがかかる。すでに到着している長たちとだけ話をつければ、後から到着した長が気分を害する。


わたしは、待つしかない。


それに、氏族の長らがわたしに同意してくれたとしても、レトキを防衛する軍をすぐに整えられる訳ではない。


建国したところで、国を護る国軍がなければ砂上の楼閣だ。


わたしが大橋を落とした渓谷。


急造の軍であっても、あの深い谷をレトキへの侵入を防ぐ、防衛線にしたかった。


かつての侵略戦争で、オロフ王を泥沼に引きずり込んだ山岳戦になれば、レトキの損害も大きい。レトキの大地をふたたび戦場にはしたくない。



――いや、姉はいまに、レトキ族への徴発命令を出すだろう。



国軍は数を減らしているし、もしかすると、すでに姉の使者はこちらに向かっているかもしれない。


姉の使者が落ちた大橋を見たとき、王都に引き返せば、姉にすべてが露見する。


自然崩落に見せかけてはあるものの、すくなくとも確認の兵を1万は出すだろう。


使者が姉に忠実で、西に大回りしてでも徴発命令を届けようとしてくれることを、祈るしかない。


10日以上、情報が遅れて伝わる状況はもどかしくてたまらない。


だけど、この距離が、かろうじて王都の姉に対抗できる武器でもある。


そして、わたしのドレスを着替えさせるという名目で十日宴を抜けてきたフレイヤにも、つらい報せを伝えなくてはならなかった。


父君であるレヴェンハプト侯爵が討死されたのだ。


王宮から反乱軍が敗走する際、侯爵は勇敢にも殿(しんがり)を引き受けられた。


追撃を食い止める侯爵の奮戦のお陰で、ほかの反乱貴族たちが西方に落ちのびられたと言ってよい。


ギレンシュテット王国の古参貴族であるレヴェンハプト侯爵家の領地は、王都近郊に位置する。


フレイヤの兄君はただちに爵位継承を宣言し、領地の兵をまとめて西方に落ちたとのことだった。



「……最期に武名を上げて逝ったのなら、父も本望だったことにございましょう」



人形のように美しい顔を蒼白にして、フレイヤは堅くうなずいた。



戦争は始まったのだ。



フレイヤを抱きしめながら、その思いを強くした。


使者を労い、わたしの居室から下がらせると、アーヴィド王子が兜を脱がれた。



「……トゥイッカ殿が、どう出られるか」



急使を発してくれたオクスティエルナ伯爵にしても敗走中のことだった。情報の確かさは定かではないし、王都の動きも分からない。


ただ、アーヴィド王子の真剣な表情の意味を、わたしは尋ねることが出来ない。


ながく姉と暗闘を繰り広げていたアーヴィド王子は、姉の敗北、姉の死を願っているのではないかと、つい考えてしまう。


王政を乗っ取りレトキ族を苦しめる姉トゥイッカの命だけは救けたいというわたしの想いは、お人好しに過ぎるのかもしれない。


いや、現時点においては、姉の命どころか、わたしの命の方が危うい。



――せめて、アーヴィド王子だけは落ちのびていただきたい……。



地下の密室から連れ出して差し上げたい想いが昂じて、ことを急ぎ過ぎたかと、悔やんでも状況は変わらない。



――ボクの妃にするよ。



アーヴィド王子の言葉だけをよすがに、散り散りになってしまいそうな思考を、ひとつにまとめた。


わたしは背筋を伸ばし、みなに微笑む。



(わらわ)は大会堂の十日宴に戻ります。いずれにしても、カミル閣下より姉に報せを走らせる訳にはいきません。……あとは運命の女神のご差配ひとつ」


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