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41.やるべきことは変わらない

正装のドレスに着替え、騎馬の一団を総督府の門前に出迎える。


先頭を走っていた白馬から、ひらりと舞い降り、わたしの前に片膝をついた長身の美丈夫。


たなびく軍旗の下で、ウェーブのかかった栗色のながい髪を風に揺らされ、女性的にも見える麗しいお顔をあげられた。



「これはこれは、ヴェーラ陛下。先に着いてお出迎えさせていただこうと思っておりましたのに、随分はやいお着きだったのですね」



わたしが返礼の微笑みを向けたのは、わかき選帝侯、ドルフイム辺境伯カミル・ピエカル閣下。


ご領地はエルハーベン帝国の北西端に位置し、レトキ族の居住地域と隣接している。


姉王太后トゥイッカから、わたしのレトキ来訪が通達されていたらしい。



――エルハーベン帝国と、いま敵対する訳にはいかない……。



遠目に軍旗が確認できると、いそいで迎え入れの準備を整えさせた。


オクスティエルナ伯爵が送ってくれた急使から、王都での反乱軍決起の情報をはやく聞きたいという気持ちを押し殺し、カミル閣下を総督府のなかへと招き入れる。


カミル閣下が率いて来られた軍勢は、わずかに50名ほど。


ご身分を考えれば、護衛としては最低限。



――あくまでも非公式な表敬訪問といったところか……。



来訪の意図を図りかねながらも微笑を絶やさず、大理石を贅沢に敷き詰めた回廊を、カミル閣下と並んで歩く。



「ジョンブリアンのドレスがよくお似合いです。まるで渓谷に咲く一輪の花。つい手を伸ばして摘みたくなる美しさです」


「ふふっ、お上手ですわね」



そうそう、こういうお方だったと、内心の苦笑いを隠して、貴賓室にご案内する。


甥国王フェリックスの戴冠式のあとに開かれた晩餐会では姉に歯の浮くような賛辞を重ねていたし、その後のわたしの誕生祝いでも帝国からの特使を務められ、息をするようにわたしを口説いて帰られた。


いや、わたしと姉だけではなく、女性と見れば手当たり次第という感じ。


カミル閣下の麗しい顔立ちから語られる甘い言葉に、ポオッとなるご令嬢やメイドも多かった。


迷惑そうにしてたのはフレイヤくらい。



――わたしの総督府制圧が、帝国に漏れていたという訳ではなさそうだけど……。



オロフ王譲りに胸板の厚いアーヴィド王子と違い、シュッとスリムな体躯を、貴賓室のソファに沈められた。


わたしの背後に控えるフレイヤと、お茶をだしたメイドをひとしきり口説いたあと、切れ長の瞳をほそめ、わたしを見詰められる。



「総督閣下の姿が見えないようですが?」



やはり、隠し通すのは難しい。


話しぶりやふる舞いからして、総督とも面識があり、総督府に来られるのも初めてではないようだった。


率いてこられた兵士と、総督府の兵に交流があれば、そこから情報が漏れないとも限らない。



――これは、内密の話だが……。



と、人は耳打ちしたくなるものだ。


微笑みを絶やさないよう気を付けながら、窓のそとに視線を移したカミル閣下に、おだやかな口調を選んで話しかける。



「お恥ずかしい話ながら……、総督が多額の横領に手を染めていたことが分かりましたの……」


「ほう……」



そとに見える野原には、すでに到着している一部の氏族の長や代表者たちの建てたゲルが並んでいる。


人心の安定を図るため、召集をかけているのだとわたしが説明すると、カミル閣下はかるく握った拳を口元にあて、わたしに憂い顔を向けた。



――所作が、いちいち艶っぽいのよね……。



数々の浮名を流されてきたカミル閣下の切れ長の瞳に、わたしも眉を寄せ臣下である総督の不行状を嘆く視線を返した。



――カミル閣下を、このままご領地に帰せば、姉トゥイッカに見舞いの書簡を出されるかもしれない……。



招き入れたばかりの賓客を置いて、アーヴィド王子やエルンストと対応を協議する訳にもいかない。


わたしが判断し、決断しないといけない。


カミル閣下が、魅惑的な口元から拳をはずされた。



「いや、せっかくの機会。白百合のごとき王太側后陛下のご尊顔を拝し奉るだけのつもりでありましたのに、とんだ場違い。早々に退散させていただくとしましょう」


「とんでもございませんわ、カミル閣下」



やはり、このまま帰す訳にはいかない。


王都での反乱軍決起がどうなったのかも気になるけれど、いずれにしても、すでに王国内乱の火蓋が切って落とされた。


そして、話しぶりや表情から察するに、カミル閣下はまだ、そのことをご存知ない。



――いまは、時間を稼ぎたい。



背筋を伸ばし、ニコリと微笑んだ。



「わざわざ(わらわ)のために足をお運びいただいた選帝侯閣下を、このままお帰しするなど、わが名折れ。姉王太后トゥイッカにも顔向けできません」


「おお……、なんたるお心遣い。さすがは王太后トゥイッカ陛下とならび咲き、ギレンシュテット王国の共同摂政を務められるヴェーラ陛下。凛たるご矜持に、痛み入るばかりにございます」


「レトキの伝統、十日宴にておもてなしさせていただきましょう」



   Ψ



宴の準備をフレイヤに命じ、戒厳令下の歓楽街から人を呼び寄せる。


楽団に踊り子、歌い手、曲芸師、俳優、なんでもそろっていた。


総督が部族から搾り取った財貨で、どれほど享楽的な生活を送っていたかと眉をしかめたけれど、いまはありがたい。


10日ぶっ通しで宴をひらき珍しい客をもてなす、レトキの伝統。十日宴。



――10日間、口説かれっぱなしか……。



と、遠い目になるけど、大国エルハーベン帝国の要人を拘束する訳にもいかない。


エルハーベン帝国は、ギレンシュテット王国の4倍はあろうかという版図を誇る、大帝国だ。


内乱への介入を招けば、混乱を深めるだろうし、わたしのふる舞いによっては姉の側に立つだろう。


わたしの思惑通りレトキの国を建国し、内乱への中立を宣言できたとしても、背後から帝国、もしくはドルフイム辺境伯家から牽制されたのでは効果は半減か、それ以下になる。


わたしが隣でにこやかに酒杯をともにし、カミル閣下の帰国を引き留めている間に、対応を考えたい。


フレイヤに宴がはじまるまでの接遇を託し、いったん席を立つ。


冷ややかな視線をしたフレイヤを、軽薄なカミル閣下への生贄に置いていくようで、すこし心苦しい。



「……失礼のないようにね」


「もちろん、心得ております。名門レヴェンハプト侯爵家の令嬢フレイヤに、万事お任せくださいませ」



わたしの耳打ちに、フレイヤはすまし顔で応えた。


いそいで自分の居室に戻ると、アーヴィド王子が兜をはずして待っていてくださった。


やさしげで天真爛漫なアーヴィド王子の笑みに、ホッとため息を吐く。



「カミルはどうだった、ヴェーラ?」


「……女たらしは、苦手です」



王国の第3王子であるアーヴィド王子は、カミル閣下と親交がある。


わたしのボヤキに「分かる分かる」と苦笑いを返され、あたまを撫でてくださった。


万が一にも、カミル閣下にアーヴィド王子の正体を見抜かれることがないよう、わたしの居室でお待ちいただいていた。


そして、その間、オクスティエルナ伯爵からの急使の引見を謎の客将アーヴィ――アーヴィド王子にお願いしていた。



「まだ第一報といったところで、詳しいことは続報を待たないといけないけれど……」


「ええ……」


「決起した反乱軍は、……王宮に突入したようだね」



ただ、それも10日も前の出来事だった。


渓谷の大橋をわたしが落したので、急使は西に大回りしてレトキの総督府に向かわざるを得なかった。



――いま頃、王都ではすでに決着がついているかもしれない……。



心は焦れるばかりだけど、次の報せが届くまで、軽挙妄動は慎まなくてはならない。


と、分かってはいる。


だけど、様々な思いが覆いかぶさってくるのを、はねのけることができない。



――なぜ突然、反乱軍は王都で決起におよんだの?


――王宮の姉トゥイッカの首は、すでに刎ねられているのでは?


――それとも、あっという間に鎮圧され、反乱軍は壊滅しているのでは?



とおくレトキの地で、わたしは孤立してしまったのではないかという不安が、胸に押し寄せる。



――大橋を落したことこそ軽挙だったか……? あれがなければ、いくらでも取り繕えたかもしれない……。


――いや、それではアーヴィド王子を危険に晒すことに……。


――総督府の制圧と掌握は、必要だったのだし……。



立ちすくむわたしを、アーヴィド王子がギュッとつよく、抱きしめてくださった。



「……きっと大丈夫だよ」



言葉に根拠がないのは、アーヴィド王子も充分にお分かりだ。


なにが大丈夫なのかさえ、定かにはできない。


だけど、アーヴィド王子のあたたかな胸のなかに顔をうずめ、グリグリとほほをこすり付けるうちに、わたしは落ち着きを取り戻してきた。


そっと、アーヴィド王子の厚い胸板にあてる手の平に、力をこめた。



「ありがとうございます……。もう、平気ですわ」



状況が見えない真っ暗闇のなか、微笑を浮かべて平然とふる舞う。本心を胸に隠し、優雅に役目を果たす。


わたしがやるべきことは、これまでと何も変わらない。


だけど、これまでと違うのは、おでこに触れたアーヴィド王子のやわらかな唇の感触が、わたしを励ましてくださることだ。



「カミルに口説かれないでね? カミルに泣かされた女の子は数えきれないんだから……」


「あら? 妬いてくださるのですか?」



見あげたアーヴィド王子のほっぺたを指でつつき、ふふっと笑った。



「……カミルは綺麗な顔をしてるし」


「わたしには、アーヴィド王子の方が断然、素敵ですわ」



ひとしきりイチャイチャしてから、十日宴の会場に選んだ大会堂に向かう。


すでに酒杯を傾けていたカミル閣下は、踊り子たちをご機嫌にはべらせ、フレイヤが彫像のような顔をして立っていた。



――はやく、次の報せが届きますように。



二重の意味で祈りながら、稀代の女たらしのとなりに、腰をおろす。



   Ψ



2日後。


王都の決起は失敗し、オクスティエルナ伯爵の嫡男ほか多数が戦死。


反乱軍は王国の西に敗走したと、急使が届いた――。


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