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37.おねだり

深紅のベルベット、ふかふかの座面が心地いい豪勢なソファ。


わたしと並んで腰かけた姉トゥイッカの美しい顔が、嬉しそうにほころんだ。



「あら、そうなのねぇ~。お相手は?」


「ええ……、姉様が仰られた通り……、オクスティエルナ伯爵家の……」


「もう、私のせいにしてぇ」



わたしが頬を両手ではさみ、口をとがらせると、姉は眉を寄せて笑った。


かつての姉を彩っていたのは、ドレスも調度品も、淡い色使いだった。姉の儚げで可憐な美しさを控えめに引き立ていた。


けれど、気付けば鮮やかな色が姉を取り巻いている。緋色は特にお気に入りのよう。


侍女もメイドもすべて下がらせ、広々とした姉の居室にふたりきり。かつてでは考えられない自由気ままな姉のふる舞い。


かつてオロフ王が支配した白亜の王宮は、いまや姉ひとりのもの。


姉の意向を妨げるものは、なにもない。



「でも、勘違いしないでね、姉様? ……まだ、考えてみようかなぁ~ってだけよ?」


「んふふっ、慎重なヴェーラらしいわね」



姉がわたしに、幸せになってほしいと願っていることは、嘘偽りのない本当の気持ちだ。


純粋にわたしの幸せを願っている。


だけど、姉がわたしに勧める婿取り。


その相手が、姉自身が貶斥(へんせき)した西方貴族でも良いと考えている。


それは、姉の地位や権力を、わたしに脅かされる心配がなくなるからだ。


わたしに幸せになってほしい気持ちと、わたしへの警戒が、姉のなかでは矛盾なく同居している。



「……でも、ほんとうにいいの?」


「なにがよ?」


「わたしだけ……。姉様は?」


「私はいいのよ」



いびつに歪み、複雑に入り組んだ姉の心のヒダに絡め取られないよう、わたしは慎重にふる舞わなくてはいけない。



――姉様は、いま幸せ?



などと聞いては、決していけない。


姉の愛する妹ヴェーラを、わたしは演じ抜かなくてはいけない。


姉の栄達を喜び、姉のすべてを肯定し、だけどすこしワガママになって姉に甘える、


姉の求める妹ヴェーラを。



「でね……、姉様にひとつお願いがあるの……」


「なになに? なんでも言ってちょうだい」



身を乗り出してくる姉。


居室に戻って来るや、わたしの向かいではなく、となりに座り、わたしの突然の来訪を喜んだ。


自分で離宮に遠ざけておきながら、会いに来てくれるのは嬉しい。わたしに求められていたい。


わたしは可愛らしく姉に手を合わせ、おねだりしてみせる。



「……お父様とお母様のお墓参りに行きたいのよ。エルンストとのことを……真剣に考える前に……」


「あら……、そう」


「もう、いいわよね? 姉様が王国でいちばん偉くなったんだし」


「それもそうね」



姉の脳裏には、寒風に吹き付けられながら惨めな人質として歩かされた日のことが浮かんでいるかもしれない。


婚約者ペッカを同胞である長老たちに殺され、絶望と憤りのなか、怯えるわたしの手を握って歩いた日。


姉が復讐を誓い、妹を護ると誓った日。


屈強な男たちに囲まれ歩かされたその先で、待ち受けていた金ピカの男――暴虐の王オロフ。


豪勢な料理を、ひとり貪り食っていた。


そのすべてを奪い取ったのだという感慨が、姉の満足気な表情にあらわれた。


あの日、怯える妹にしてやれなかったことを、ようやく自分はしてやれるのだと――、


姉は、目をほそめた。



「いいわよ。いってらっしゃい。枢密院には私から言っておくわ」


「秋の収穫祭までには王都に戻るから」


「あら……、随分急ぐのね。それじゃあ、向こうでゆっくりする時間もとれないんじゃない?」


「お墓参りするだけだもの、パッと行って、パッと帰って来るわ。それに、姉様が王太后になられて最初の収穫祭でしょ? わたしが欠席したら、姉様に恥をかかせてしまうわ」



部族を怨み、重い貢納を課し、わたしたちを人質に差し出したことへの復讐をつづける姉。


それを、ほかの誰にも聞かれない狩り小屋で、わたしに誇って見せた。褒めてほしがった。


けれど、困窮した同胞を、実際にわたしの目に触れさせたくはない……。



「総督府に寄って、いつも使者で来てくれる者たちに案内してもらうわ」


「そんなの使者なんかじゃなくて、長老たちに案内させればいいのよ」


「……姉様から、早馬で書簡を送っておいていただけない?」


「んふっ」



姉の顔が、嬉しそうに、誇らしそうに、花ひらいた。



「姉様に任せておきなさい」



わたしの里帰りの旅に、あれこれ考えてくれ始める姉。


ウキウキと、楽しそうに。



「姉様も……、一緒に行かない?」


「私はいいわよ。忙しいし。ヴェーラひとりで行ってきて」



もし、姉が一緒に故郷に帰ってくれたら。


とても望みは薄いと思っていたけれど、もし、一緒に帰ってくれたなら。


どうにか、むこうで身柄を拘束し、姉の身の安全をはかるつもりだった。


期待はしていなかったけど。



「そうだ、ヴェーラの護衛に近衛騎士を出してあげる。私が腕利きを選んであげるわね」


「それなんだけどね……、姉様」


「なあに?」



上目遣のわたしに、今度はなによ? と、呆れたように、だけど嬉しそうに笑う姉。



――思いっきり、おねだりしてらっしゃいませ。



と、フレイヤは言った。


欲深くあればあるほど、姉はわたしを信頼するだろうと。



「……エルンストが、オクスティエルナ伯爵家の兵を出してくれるって……言ってくれてるの……よぉ……」


「あらぁ、一緒に行くつもりなのね?」


「ご、護衛よ、護衛」


「んふふふふっ」


「もう、なによその笑い方ぁ~~っ」



貴族の兵を、王宮の許可なく勝手に動かすことはできない。


王太側后であるわたしの正式な行幸ではなく、あくまでも私的なお忍びの里帰りという扱いで、姉は快く許可してくれた。


闘技場の貴賓席で、顔を寄せ合いヒソヒソと内緒話に興じていた妹のワガママを、姉が押し通したところで不自然に思う貴族はいないだろう。


せっかくの機会だからと馬車の新調を口にすると、その費用も姉が出してくれた。



王宮を出てわたしの質素な馬車に乗り込み、離宮にむけて走り出すと、どっと汗がふき出した。



「……お疲れにございましたわね」



フレイヤがお人形のようなきれいな顔に、やさしい労いの表情を浮かべてくれた。


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