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33.姉様に任せておきなさい

「……あの、なにかいい考えがある訳ではないんですけど……」


「ん? なに?」



おずおずと口をひらくわたしに、アーヴィド王子がやさしい微笑みを向けてくれた。


ソファ替わりとはいえ、ベッドにならんで腰かけて、せまい地下の密室、ちいさなランプの灯りだけ、肩の触れ合う距離で拝見するには、



――やっぱり、破壊力抜群の美しいお顔だわぁ~。



と、見惚れてしまう。


腰と太ももはピッタリひっついたままだし……。



「……やっぱり、アーヴィド王子、……王様になってください」


「ふふっ。そうだねぇ……」


「王様になって、わたしを奥さんにしてください。それで……、姉も救けてください。あっ! 姉はわたしが叱りますから。よ~っく、叱って反省させますから」



アーヴィド王子の青い瞳のなかで揺らめくランプの灯りを、まっすぐ見詰めた。


いまは、なにを言っても儚い。空虚だ。現実感はない。


だけど虚しくはない。


わたしたちにいま、いちばん必要なのは希望だ。目標だ。たとえ遥かとおくても。


進むべき道標(みちしるべ)がほしい。



「そうだね……、父オロフ王はヴェーラの兄上たち……、トゥイッカ殿の弟たちを戦争で殺してしまった」


「……はい」


「ボクもテオドール兄上を殺された。……まあ、おあいこ……、ということにしてもらおうか?」



わたしの心の内を見抜かれたように、アーヴィド王子も軽い調子で応えてくださる。


軽口で話すような内容ではない。


けれど、いまのわたしたちには、これしか出来ないのだ。



「あら? それでは人数がつりあいませんわ? わたしの兄は3人いましたのよ?」


「そうだね……、じゃあ、ボクがヴェーラを幸せにすることで、お兄様たちに許してもらおう。これでどう?」


「んふっ。……いいですわね。それで、姉にも手を打ってもらいましょう」



こんなときでも、アーヴィド王子はわたしのほしい言葉をくださる。



「わたしが、アーヴィド王子を王様にいたしますわね?」


「ああ、頼むよ」


「姉が奪った王権を、お返しいたします」


「楽しみにしてるよ」


「……奥さんにしてくださいね?」


「約束は守るよ」



こ、この雰囲気で……、キスしてはくださらないの? キスするところなのでは?


だけど、アーヴィド王子は守っている。


いまだ公式には側妃と王子の関係にあるわたしたちが、言葉以上の関係を交わすことは良くないと、わたしを守ってくださっているのだ。


誰にも秘密の、地下の密室だというのに。



――もう、口移しに水を飲んでいただいた仲なのにぃ~。



とも言えず、アーヴィド王子の肩に頭を乗せた。


このくらいの距離までなら……、いまのわたしでも、許してくださいますわよね?



   Ψ



やがて暑さがゆるみ、いよいよ夏も終わるのだなと思った頃、


わたしは久しぶりに馬車で王都に向かう。


王国貴族の子弟が武技を競う、闘技会。


国王陛下ご臨席のもと盛大に開催され、おもに家督を継げない次男や三男が、騎士団への登用を目指して出場する。


そして、優勝者には秋の収穫祭で晴れやかな席が与えられる。家門の名誉だけではなく、王国に征服された旧出身国の誇りもかけた闘技の場だ。


わたしも毎年、オロフ王のとなりに座らされ観覧してきた。姉トゥイッカとともに。


闘技場に到着すると、王宮付きの侍従騎士に案内されて控え室へと向かう。


姉と顔をあわせるのは、あの日以来だ。



――うまく笑えるだろうか?



控え室の扉がひらくと、優雅にソファに腰かけた姉が寛いだ様子で、枢密院の顧問官たちをはべらせていた。


いい歳をした中年や初老の重臣たちはみな、立ったまま媚びた笑みをうかべ、姉のご機嫌をうかがっている。



「あっ、ヴェーラ! こっちに来て座りなさい。馬車に揺られて疲れたでしょう?」



と、姉はわたしを隣に座らせるけど、顧問官たちの興味は、姉にしか向いていない。


わたしへの気遣いもすべて、姉に向けられたものだと分かる。


ミアの父親、謹厳な性格で知られるテュレン伯爵でさえ、姉の顔色を窺っていた。


時間がきて、案内された闘技場の貴賓席にでると、満座の観衆から、割れんばかりの歓声が姉ひとりへと向けられた。


わたしの狩り小屋で、姉自身が語り聞かせた言葉だけではなく、肌身に感じる。



姉トゥイッカこそは、絶対権力者。



絢爛豪華な緋のドレスに身を包み、(あで)やかに手を振り歓声に応える姉は、この国の権力すべてを掌握し、君臨していた。


姉が用意してくれたパール色のドレスを着たわたしは、貴賓席のいちばん高いところに並んで設えられた優美なふたつの椅子のひとつに腰をおろす。


月の光をまとったような、繊細で美しいパール色のドレス。姉が着る、燃える太陽のような緋色のドレスとは対照的だ。


ただそれは、白太后の通称が贈られたわたしと、暴虐の王の閨で身を焼かれながら多くの政敵の血を流し、権力を奪い取った姉とを象徴しているかのようでもあった。


顔をあげると、闘技場を囲む観客席では数多くの王国貴族たちが立って拍手と歓声とを贈っている。



――トゥイッカ殿は権力を握るために、依怙贔屓(えこひいき)をしすぎた。



と、アーヴィド王子は仰られた。


宰相ステンボック公爵はじめ、枢密院の顧問官たちは皆、王国東方に領地を持つ東方貴族。


まずは(まいない)を贈り、彼らを味方にした。


そして、閨で籠絡したオロフ王を操り、彼らの便宜を図り、彼らに力をつけさせることで、姉はのし上がったのだ。


王国に古くから仕える古参貴族たちを玉座から遠ざけ、西方貴族は貶斥(へんせき)し、こまかく様々な形で重税を課して力を削いだ。


もちろん、粛清の憂き目に遭った貴族も西方に多い。そして、取り上げた領地はみずからの王妃領――現在の王太后領に加えたほか、お気に入りの東方貴族に手厚く配分した。


そして、オロフ王の死をもって、姉の権力掌握、――復讐は完成した。



「……ねえ、ヴェーラ?」



と、となりの椅子に腰をおろす姉が、わたしに耳打ちしてきた。



「なあに、姉様?」


「ヴェーラの離宮にあつまる令息たちも出場してるわよ?」


「え、ええ……、そうね」


「うふっ。楽しみね」



姉の微笑みに、わたしも微笑みを返し、正面に視線をうつした。


わたしたち姉妹のまえに座る、国王フェリックス陛下。おとなしく競技の始まりを待っている。


さらに先の席には、数多くの貴族たちが着座し、競技のはじまりを待っている。



――遠交近攻策。王国は遠く西のハーヴェッツ王国と結んで、西に伸び、ハーヴェッツ王国と国境を接したのち、東へと向かった。つまり東方貴族には新参が多い。王国に帰順したものの、まだ関係の薄かった東方貴族をトゥイッカ殿が巧みに取り込まれたのだ……。



アーヴィド王子に教えられた権力模様をもとに、あらためて闘技場を眺めると、家格や爵位で序列が決まっていないことが一目瞭然だった。


姉の近くに座るのは東方貴族ばかり。


エルンストの父親であるオクスティエルナ伯爵などは、遥かとおくにちいさくしか見えない。


やがて、銀の鎧に身をつつんだエルンストが闘技場に姿をみせると、わたしはちいさく手を振った。


エルンストにしか分からないように振ったその手に、エルンストはかすかに頷いた。



――エルンストたち西方貴族の起こす反乱に、協力する。



その返答となる合図を、姉トゥイッカにだけは〈気付いてもらえる〉ようにと、……わたしは工夫していた。



   Ψ



「あら、いやだ……。見てらしたんですか、姉様?」



と、恥じらうわたしに、椅子から身を乗り出し美しい顔を寄せる姉トゥイッカが、目をほそめた。



「やっぱり、あのオクスティエルナ伯爵家の次男と……?」


「ま、まだ、そんなのじゃありませんわっ!」



ぷいっと顔を背けたわたしに、姉がいたずらっ子のような笑みを向ける。



「まだって、どういうことかしら~っ?」


「もう……、意地悪ね、……姉様ったら」



わかりやすく拗ねてみせるわたしに、姉はクククッと忍び笑いを漏らした。


この国の頂点に座る、美貌の姉妹が瀟洒な椅子の肘掛越しに顔を寄せ合ってヒソヒソと、内緒話しているのだ。


みなが、チラチラとこちらをのぞき見ているのが分かる。



――これでいい……。



エルンストは準々決勝で敗退し、闘技会も終わりに近づいたころ、そっと姉に話しかけた。



「姉様……、あの……、エルンスト……、オクスティエルナ伯爵家の次男を労いに、……こっそり屋敷を訪ねてもいいかしら?」


「あらぁ~っ!?」


「しぃ~っ! ……もう、姉様ったら、声が大きいわ……」


「んふふ……、いいんじゃないかしら?」


「……でも、内緒にしてね。まだ……、そういうのではないし……」


「分かってる分かってる。まだ、ね」


「そ、そうよ……」



皮肉にも姉は、故郷で山野を駆けていた頃の快活な口調を取り戻しつつある。


たくさんの生命と尊厳を奪い、踏みつけにし、王国の血塗られた頂点に座った果てに……。



「姉様に任しておきなさい」



と、張り切った姉が用意してくれたのは、黒狼騎士団の隠密馬車だった。



――そ、そうきたか~っ。



エルンストと話さなくてはいけないことは、たくさんある。


コソコソと隠し立てするより、姉の許しを得て屋敷を訪ねる方が、あとあと疑念を招く恐れがないと考えたのだけど……。


薄紫色の不気味な顔をした、黒狼騎士団長のシモンまでついてきた。


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