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29/60

29.これで全部です

ミアが、ニマァっとした笑顔で、空を見あげた。



「エルンストの馬車を見送られてるときのヴェーラ陛下、すっごくすっごく、可愛らしいお顔をされてました~っ!」


「あ、あら? そうだった?」


「はいっ!! 超絶美人のヴェーラ陛下でも、あのように可愛らしい表情をされて殿方を見送られるというのに、アタシもあんな顔ができるようにならないとなぁ~~って、思いました!」



と、ミアが後ろにふり向いた。



「ねえっ!? みなさん、そう思いませんでした!? とってもお可愛らしかったですよね? ヴェーラ陛下!?」



ほかの侍従騎士たち、全員に浮かんだ苦笑いが、なんというか……、気の毒だった。



   Ψ



数日が過ぎ、フレイヤがわたしを裏庭に呼び出した。



「……なにか、喧嘩でもされました?」



と、声を潜めるフレイヤに、うまく応えることができない。


あれからずっと、アーヴィド王子のお世話はフレイヤとイサクに任せきりにしている。


悶々として過ごしながらも、アーヴィド王子に見せられる顔をつくることができないでいた。



「……さすがに、アーヴィド殿下もご不安になられますよ?」



フレイヤが、狩り小屋ではなく裏庭で声を潜める理由も分かる。アーヴィド王子に聞かせられる話ではない。


とはいえ、アーヴィド王子を地下の隠し部屋にお匿いしてから、すでに10ヶ月近く。


先の見えない生活に、不安が募るのはフレイヤも同じだろう。


それも、離宮の外だけではなく、離宮のなかのメイドや侍従騎士たちにも隠さなくてはいけない。


神経をすり減らすような日々がつづく中、わたしとアーヴィド王子の仲がこじれるようなことがあっては、フレイヤが気を揉むのも当然だ。



「……分かった。今晩の夕食は、わたしがお運びするわ」


「そうですか……」



心配そうにわたしを見詰めるフレイヤに、笑顔を返した。


いずれにしても、アーヴィド王子とは向き合うしかない。


わたしの身勝手な恋心のせいで、アーヴィド王子のお命を、すべてを握らせていただいているのだ。


これ以上、放置することは出来ない。


わたしにお辞儀したフレイヤが立ち去ると、どこからともなく、



「かあ~、かわええわぁ~」



という声が聞こえた、気がした。


たぶん、わたしの気のせいだけど、聞き覚えのある言葉だった。


あれは、オロフ王からはじめて謁見の間に召された日。


わたしにクリーム色をした可愛らしいドレスを着せてくれるメイドたちが、なぜかクスクス笑いだした声。


あのとき、わたしは鏡に映る自分自身を見据えた。


結果的には、イサクを救けたことにお褒めの言葉を賜ったけれど、


自分の部屋を出て謁見の間に向かうとき、10歳のわたしは戦場に向かうような覚悟を固めていた。



――侮られてはいけない。ヴェーラが侮られることは、レトキ族が侮られることになる。それでは戦争は終わらない。



あのとき、わたしはアーヴィド王子の言葉を、胸に握りしめていた。



   Ψ



決死の覚悟で梯子を降りると、


アーヴィド王子は、パッと花開くような明るい笑顔を見せてくださった。



「もう……、会ってくれないかと思った……」



安堵したようなアーヴィド王子の声が、心に痛かった。


アーヴィド王子の方から、わたしに会いに来ることは、いまは叶わない。


応える言葉を見付けられず、わたしは口を堅く結んで、アーヴィド王子を見詰めた。



「……黙っていて、わるかった」



ベッドに腰かけて俯かれたアーヴィド王子が、こわばらせた身体から絞りだすように、力のない声を吐かれる。



「……ヴェーラを傷付けたくないつもりが、……かえって、傷付けてしまった」


「わたしは……」



わたしも、隠し部屋の板張りの壁に目を背け、顔をこわばらせた。



「……心のなかではずっと、アーヴィド〈王子〉と、お呼びしてきました」


「…………、ん?」



アーヴィド王子。


わたしは、いま大切な告白をしているのです。


こんな緊迫した空気のなかで、よく急にそんな『なんの話?』みたいな、脱力した声が出せますわね?



「……アーヴィド殿下ではなく、アーヴィド王子と、心のなかでは、お呼びして来たのです」


「う、うん……」


「はじめてお会いしたとき、わたしはまだ王国の礼儀作法を知らず〈殿下〉という言葉になじみがなかったのです。……だから、それからずっと、心のなかでは〈アーヴィド王子〉とお呼びしております」



戸惑うアーヴィド王子を、わたしはまっすぐに見詰めた。ほぼ、睨んでいた。


レモンブロンドのサラサラのお髪。端正なお顔立ちに、宝石のような青い瞳。立派な胸板。そして、艶やかな唇。


そのすべてを見詰めた。



「わたしは、もうアーヴィド王子に秘密を持つのがイヤなのです」


「あ……」


「はじめてお会いしたときから、ずっと……、ずっと、……お慕いしてきました!」



アーヴィド王子が息を呑まれるのが、わかった。



「大好きです! とっても好きです! ずっと好きです! いまも好きです!」


「あ、ああ……」


「アーヴィド王子に口移しで水を飲ませたのは、わたしです!」


「え?」


「絶世の美人って言っていただいて、ありがとうございました!」


「あ、……うん」


「嬉しかったです! とっても嬉しかったです! 胸がはちきれそうに嬉しかったです! いまも言いながら、はちきれそうです!」



まるくした目で、わたしを見るアーヴィド王子。恥ずかしいので、唇に手をやって感触を思い出すのは……、あとからにしてください。



「……これで、わたしの秘密は全部です、……たぶん。なにか思い出したら、また言います。全部、言います」



わたしは俯いて、ベッドに腰掛けるアーヴィド王子の隣に腰をおろした。


返事がほしいわけではない。


アーヴィド王子がわたしに秘密にしておきたいことがあるなら、秘密のままにされたのでもいい。


ただ、わたしにはアーヴィド王子が返されるお言葉を、聞く責任があると思っただけだ。


しばらくの間、戸惑われていたアーヴィド王子が、次第に落ち着いていかれるのを感じた。


そして、おおきく息を吸われた。


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