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25.かえって気を遣わせる始末

重い貢納を課されるために日々の暮らしもままならないと訴える、ラウリの瞳から目を離さなかった。


ラウリは決死の覚悟で、わたしに伝えようとしている。


ラウリができるだけ落ち着いて話せるようにと、心の動揺を押し隠し、穏やかな表情を心がけた。



「……トゥイッカ陛下も、いまや王太后……、国母となられました」


「ええ……」


「レトキ族とギレンシュテット王国の和平のため、その身を捧げていただき、意を尽くしていただくトゥイッカ陛下には心苦しいのですが……」



そうだ。姉は人質としての労苦を、一身に引き受けてきてくれたのだ。


その姉が、部族を一方的に苦しめるようなことをするはずがない。


なにか訳があるはずだ。


あるいは姉の知らないところで不正があるのなら、暴いて糾弾し、部族を救ってあげなくてはいけない。


そうでなくては、わたしと姉トゥイッカが、なんのために王都に囚われたままでいるのか。


わたしは、ラウリが膝のうえに置く両手を、ギュッと握った。



「分かりました。よく打ち明けてくれましたね、ラウリ」


「いえ、どうか……」


「折りをみて、取り成しいたしましょう」



いま聞いたばかりの話だ。


なにが起きているのか。部族から召し上げた貢納が、どこに流れているのか。


王宮から離れて暮らすわたしでは、すぐに解決してあげられるかどうか分からない。



「……(わらわ)は、なにも聞いていないことにします。この話は、ふたりだけの秘密にしておきましょう。ですが、取り成しは必ずいたします」



わたしへの直訴が漏れたら、ラウリの身が危うい。


使者たちのラウリを咎めるような蔑んだ視線。あれは、



――余計なことは言うなよ?



と、ラウリに釘を刺していたのだ。


使者たちからすれば、王太側后となったわたしの言葉「ラウリを連れて来て」という言葉を、おろそかにはできなかった。


けれど、秋の収穫祭に連れて来たら、翌日は離宮でゆっくりと話す機会が持ててしまう。直訴の機会をつくってしまう。


そこに、わたしの誕生祝いの噂が届いた。


祝いの品だけ置いて、チラッとラウリに会わせ、すぐに帰るつもりだった。


わたしの言葉に従った形だけを整え、部族の過酷な窮状は隠ぺいすることを目論んでいたのだ。


背筋が冷えた。


あの毎年ニコニコと、わたしに貢ぎ物を届けてくれる使者たちは、部族を虐げ自分たちはいい暮らしをする〈ひと握り〉の者たちだったのだ。


それとは知らず、わたしは部族の伝統を習って、一緒に狩りを楽しみ、故郷を懐かしむ時間をウキウキと過ごしてきた。


使者たちを、心待ちにしてきた。


いくら王太側后になったとはいえ、わたしが人質の身であることに変わりはない。


王都から離れることを、枢密院は許さないだろう。故郷に戻ったラウリを護ってやることはできない。


直訴は、なかったことにする必要がある。


夕刻。大急ぎで王宮と往復した使者たちが離宮に戻り、ラウリを連れて北の故郷に帰った。


この往復の速さが、ラウリの告白が真実であると、裏付けていた。


部族は苦しんでいる。



   Ψ



隠し部屋のアーヴィド王子に、いつもより遅くなった夕食をお持ちして、わたしも一緒にいただく。


メイドたちは、わたしが裏庭で野営のような食事を摂っていると思ってるはずだ。


離宮にはフレイヤがいるし、うまく誤魔化してくれているだろう。


この時間まで、ほかの誰にもラウリを任せられず、狩り小屋に匿って励まし、労わり、慰め、昔話をして微笑みあって、直訴で昂ぶるラウリの気持ちをどうにか落ち着かせた。


秘密を守ると約束させた。


その間、ラウリから目を離せず、アーヴィド王子のお世話をイサクかフレイヤに頼める隙もなかった。


結局、昼食もお持ちできず、アーヴィド王子は空腹に耐えておられたはずだ。


だけど、いま文句ひとつ仰られず、わたしが慌てて煮込んだシチューを、美味しそうに食べてくださる。


アーヴィド王子が、おひとりで泉に行かれることはない。


山の気配に敏感なわたしかイサクを、必ず伴ってくださる。


だから、今日は地下の密室でひとり、わたしとラウリの話し声を耳にされながら、お待ちくださっていたのだ。


これでは、王宮の中庭でひとりポツンと座っていたわたしが楽しげに語らう人たちを遠目に見ていたのとおなじ目に、アーヴィド王子を遭わせているようなものだ。


……申し訳ない。


気付かれたわたしの恋心も、気のせいだった? と、思われているのではないか。


それならそれで、いままで通りに戻るだけなので別にいいのだけど……。


アーヴィド王子は、そんなわたしにやさしく微笑みかけてくださる。



「ボクなら大丈夫だよ? 気にしないで? 兎肉のシチュー、美味しいよ?」



いつまでもウジウジするわたしに、かえって気を遣わせる始末だ。



――その笑顔、大好きです!



とは思うものの、いまは申し訳なさの方が先に立つ。


きっとアーヴィド王子も耳にされた、



――部族に課されている、非公式な重い貢納……。



の話を、おうかがいすることも出来ない。


潜伏生活を強いられるアーヴィド王子に、相談をもちかけるようなことではない。


なにかご存知かもしれないけど……、


いや、この話はわたしがラウリから託されたのだ。わたしが解決しないといけない。


幾重にも気を遣わせてしまっているアーヴィド王子に、へたくそな笑顔を見せてしまった。



   Ψ



アーヴィド王子の追討令取り消し、非公式な部族への重い貢納……、


わたしには荷の重い問題が積み重なる。


いっそ王宮に居を移し、重臣たちと交わり、関係をつくって動かす……、


となると、離宮の地下に匿うアーヴィド王子は?


王宮に移るとなれば、フレイヤとイサクを連れて行かない訳にもいかない。


かといって、姉に相談するのも気が引けた。


姉トゥイッカは、オロフ王の暴虐から解放されたとはいえ、今度は摂政の王太后として執政の重責を背負わされている。


わたしの分まで労苦を引き受け続けてくれている、姉の負担になるようなことは出来れば避けたい。


しかも、部族の方はどうやら姉の名前で行われていることでもある……。


万一、ほんとうに姉自身がなんらかの形で関わっていたなら、今度はラウリの身を危うくしてしまう。


夏の暑さが厳しくなる中、悶々と過ごした。


離宮でひらかれる定例茶会。


王国の貴族令息たちが集うサロンともいえるこの席で、わたしの味方になってくれそうな令息がいないか、微笑みながら見極めようとする。


いまのわたしが、王都政界につながろうとするなら、糸口はこの場しかない。



――だめだ……。みんな、怪しく見える……。



わたしに助け船を出してくれた黒髪のエルンストも、あれから目立つようなふる舞いはなく、ただお茶を飲んでは帰っていく。


飄々とした佇まいから、その意図は読めない。


王宮から離れて4年。


絶対的な権力で王国に君臨したオロフ王亡きいま、


14ヶ国を征服し、合計15ヶ国の貴族が入り乱れてひとつの国を成す、複雑な権力構造を紐解く糸口を、すぐにわたしが見つけ出すのは無理がある。


だけど、諦める訳にもいかない。


と、焦る気持ちを押さえつけて、サロンに集う貴族令息たちに微笑みを向けたとき、


突然、姉王太后トゥイッカが、わたしの離宮に姿を見せた。


優雅な微笑みを浮かべる姉を、驚きながらサロンの中心に迎え入れる貴族令息たち。


姉がわたしの離宮に足を運ぶのは、初めてのことだった。


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