24.故郷の異変
ニコニコと、わたしとラウリを見守る中年の使者たちに、笑顔を向けた。
「たくさんの贈物、嬉しく思います」
「いえいえ、そんな。王太側后陛下のお祝いにございますれば……」
「この喜びを、わが姉王太后トゥイッカと分かち合いたい。手間をかけるが、半分わけて、王宮に届けてくれぬか?」
「おお……、なんと姉君想いな。承知いたしました、お任せくださいませ」
ふかく頭をさげる、部族の使者たち。
すこし遅れて、落胆するようにラウリの頭もさがった。
「ラウリは置いてゆけ」
「……えっ?」
使者たちの顔に、かすかな狼狽の色が浮かんだのを、わたしは見逃さなかった。
「故郷での日々を、しばし語らいたい」
「そ、それでしたら、われらもお待ちして……」
「いや、姉には早く届けてもらいたい。ラウリだけ置いてゆくがいい」
「そ……、それは、その……」
「……妾の言葉が聞けぬというのか?」
冷えた言葉と視線を投げかけると、使者たちは皆あわてて、わたしに平伏した。
「ヴェーラ陛下に失礼のないようにな」
と、使者たちは咎めるような視線をラウリに浴びせ、謁見室を出ていった。
「そうだ、妾の作った弓矢を、ラウリも見てくれない?」
つとめて明るい声で、ラウリを狩り小屋に誘う。
まだ涼しい朝の狩り小屋。わたしの望郷の念が詰まった、粗末な小屋だ。
「……ここなら何を話しても、誰にも聞かれないわ。思う存分、気兼ねなく昔話をいたしましょう」
わたしが微笑むと、ラウリは石畳の冷たい床にひれ伏した。
解体した獲物の血を洗い流しやすいようにと、イサクが敷き詰めてくれた石畳。
ラウリはわたしに平伏したまま、ちいさく震えている。
背中が、ほそい。
わたしが感じた違和感。ニコニコと笑う中年の使者たちの肌は皆、プルンとツヤがあるのに、ラウリの肌はガサガサだった。
そして、ラウリだけが痩せている。
熱い視線は、わたしに何かを訴えたがっていた。
「……王太側后陛下に、お願いがございます」
「水臭いわね。わたしたち幼馴染じゃない? ここなら誰にも聞かれないから、気にせずヴェーラと呼んでちょうだい」
きっと、地下のアーヴィド王子には聞かれている。
だけど、いまそれは問題じゃない。
ラウリは、わたしに何か故郷の異変を伝えたいのだ。
使者たちがわたしに隠したい何かを。
「……貢納をゆるめていただけるよう、……どうか、ヴェーラ陛下からトゥイッカ陛下にお願いしていただけませんでしょうか……」
「……貢納を?」
「申し訳ありません……」
「いいのよ。……もう少し、詳しく教えてくれない?」
「はい……」
解体台の横に置いた椅子にラウリとふたりで腰かけ、まっすぐに向き合った。
ラウリが訥々と語る、部族の窮状。
故郷を統治する総督から重税を課され、ひと握りの者たちを除いて、みなが飢えと貧困に苦しんでいるという。
「……なにとぞ、貢納を少しばかりゆるめていただきたく」
わたしにまた平伏しようとするラウリの両肩を押さえ、椅子に座らせる。
毎年、秋の収穫祭でわたし個人にも贈られる貢ぎ物。いまも誕生日の祝いとして荷馬車いっぱいに持って来てくれていた。
みなが豊かに平穏に暮らせているものだとばかり思っていた。
「……分かりました。枢密院に申し伝え、善処させます」
わたしの言葉に、ラウリは怯えたように視線を落とした。
わたしへの直訴が露見したら〈ひと握り〉の者たちから迫害させることを恐れたのかと思ったけれど、……違った。
「いえ……、あの……」
「なあに。なんでも教えてちょうだい」
「……王国への正式な貢納とは別に、……トゥイッカ陛下に納めているのでございます」
「…………えっ?」
ラウリが何を言っているのか、即座には分からなかった。
目を泳がせるわたしに、ラウリは苦しそうに顔を歪めた。
「……レトキ族を守るため、王国の貴族たちにくばるおカネがいるのだと……」
「うん……」
「……レトキ族への再侵攻を望む貴族たちを押さえるためには、トゥイッカ陛下が王妃になられる必要があると……」
「えっ? ……姉様が王妃になられる前からなの? そんなに前から?」
姉が王妃になったのは、フェリックスを産んだ2年後。暴虐の王オロフ陛下の決定とはいえ、たしかに貴族たちから反対の声はあがらなかった。
その政界工作の資金を、姉は故郷から得ていたということなのか……。
いや、その後も、いまも、重い貢納を課し続けているというのは……?
「……やはり、ヴェーラ陛下はご存知なかったのですね……」
「え、ええ……。どうして、そう思うの? ……妾は知らないって」
「……幼い頃、受けていた印象から……、ヴェーラ陛下がご存知であれば、……また、違っていたのではないかと……」
「そう……。ごめんなさい、続けて」
「はい……。総督閣下からは『これで、レトキ族の平和が守られているのだから感謝して納めよ』と言われるばかりで……」
――総督も〈グル〉なのか……。
愕然とした。
王妃領はそのまま王太后領にスライドしていて、姉個人としての賄いは充分に得ているはず。
ラウリが縋るような視線でわたしを見た。
ほほのこけた顔で、まっすぐにわたしを見詰めるラウリの澄んだ瞳を見詰め返す。
嘘をついているとは思えない。
「年々、トゥイッカ陛下に納める貢納は重くなる一方なのです……」
姉には、わたしの知らない顔がある。
ゾクリとした。
いまや幼い息子、国王フェリックスの摂政として執政の権を握り、名目上は王宮の主となった姉王太后トゥイッカ。
けれど、部族の動きによっては見せしめに殺される人質であることに変わりはない。
いったい、王宮でなにが起きているのか。
もしや、誰かが姉の名を騙って、私腹を肥やしているのか?
あくの強い重臣たちに囲まれた、姉トゥイッカの身になにかが起きているのか。
しばらく中空を彷徨ったわたしの心を落ち着け、ふたたびラウリの瞳を見詰めた。
ラウリは命懸けで部族の窮状をわたしに伝えようとしてくれているのだ。




