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23.忘れられないわね

寝転んで、上を見あげたまま動けない。


夏の風に揺れる木の葉の隙間からチラチラと、濃い青色の空が見える。


わたしとアーヴィド王子が、地位も身分もない(きこり)同士として出会っていたら……と、ぼんやり想像してしまった。



――奥さんにしてもらえたかなぁ……。



と、声にして漏らしてしまった。


聞こえた。


きっと、聞こえた。


アーヴィド王子に、聞かれた。


身体を横にされたアーヴィド王子は、わたしの顔を見られている。


気付かれてしまっただろうか。


わたしがずっと心の奥底に秘めてきた、アーヴィド王子への想いに、気付かれてしまっただろうか。


ふふっと、微笑む、息の音が聞こえた。



「樵に生まれたヴェーラを、奥さんにできる男は幸せ者だね」



言葉の意味が、あたまに入ってこない。


二度三度と、アーヴィド王子の言葉をあたまの中で噛むように繰り返し、



「うふふ……」



っと、笑った。



――気付かなかった、……フリをしてくださった。



そうとしか思えなかった。



「お上手ですわね?」



と、お世辞に返す皮肉げな笑みを、顔につくって、


草のうえに肘をついて寝転がられるアーヴィド王子のお顔を、



チラッと見た。



やさしい微笑み。


王宮の中庭でひとりポツンと座る10歳のわたしに、飴をくださったときと同じ、


うまれて初めて存在を知った飴の甘さに目を丸くする、わたしに向けてくださったのと同じ、


穏やかで優しげな表情。


わたしは、確信できた。



――見て見ぬふりを、してくださった。



側妃が王子にいだく、道ならぬ恋心。


この世に存在してはいけない想いに、気付かぬフリをしてくださった。



――お気付きになられたからだ……。



肌をピタッと密着させてお世話をしても、腰を抱いていただき一緒にステップを踏んでも、隠し通してきたわたしの恋心。


許されない恋心に、気付かれてしまった。



チャプンっと、泉でなにかが跳ねる、ちいさな音がした。


風でこすれる葉っぱの音にまぎれ、それでもハッキリと聞こえてきた。


そのなかに、アーヴィド王子が息を吸われる音が溶け込んでいて、



――嗚呼……、わたしになにか仰ってくださるんだな……。



と、しずかにまぶたを閉じた。


夏の陽射しはまぶたを越して、閉じた視界を明るく照らす。



「ボクは首を刎ねられてもいいし、ここでこのままずっと、ひっそりと生きるのでもいい」



アーヴィド王子の穏やかな声音がすこし遠くなっていき、また、ごろりと上を向かれたのだと知れた。



「だけどね……、王国で、ボクが死んで泣いてくれるのは、もうヴェーラだけだ」


「と、当然です! 母なのですから……、当然です」



わたしの恋心を存在しないことにしてくださったのは……、アーヴィド王子の優しさだ。



「ふふふっ。そうだね、……母上」


「お、おむつまで替えてあげたのですよ!?」


「はははははっ! それは、忘れてほしいなぁ~」



気持ちよさそうに笑われるアーヴィド王子とならんで、上を見あげている。


そして――、



「焦らないでね? ……ヴェーラ」



と、仰っていただいた。


逆だ。


ゆるんでいた。油断していた。


ずっと楽しみにしてたふたり舞踏会に、浮かれきっていた。



――生涯、隠し通さなくてはならないものなんだ……、



と、10歳のわたしが心の奥底に追いやった温かな気持ちは、おおきく膨らみ続け、


ついに、アーヴィド王子に見つかった。



知られたくはなかった。



風が気持ちいいという顔を崩さずに、ただ寝転びつづけた。



   Ψ



狩り小屋にもどり、弓をひとつ手にして裏庭に出た。


茜色に染まりはじめた空を、ぼおっと眺めて弓を撫でる。


取り返しのつかないことをしてしまった。


わたしの想いを知らないアーヴィド王子は、もうこの世のどこにもいない。


弦を指で引っ張っては、



ビィィィィ~~~~~~~~ン~~



という音をさせる。


何回もさせる。


やがて、イサクとミアが楽しそうに話しながら、帰って来た。


といっても、楽しそうなのはミアだけ。


ただ、イサクも迷惑そうな素振りはみせなくなった。


イサクはふもとの村に、狩りの獲物のあまった肉を売りに行ってくれていた。それに非番のミアがひっついて行ったのだろう。


替わりに買った穀物や野菜の荷物を、イサクが降ろした。



「……村の者がいうには、王都では密告が横行しはじめているようです」



戴冠式から、ふた月ほど。


オロフ王の死が王国の空気を軽くしたのは、ほんのつかの間だったか。



「村の様子は?」


「村はいたって平穏でした。……先日のヴェーラ陛下の誕生日のお祝いで、ひと儲けできた者が多いようで……」


「あら、そう」


「毎月、お誕生日にしてくださったらいいのにと、ほくほく顔で軽口を叩いておりました」


「ははっ。それは、平穏ね」


「ええ……」



わたしは村の領主でもある。


もとは側妃の賄いとして、わたしに68の町や村の領有権を賜った。


ふもとの村は、そのひとつ。


領民が領主にむけた軽口を叩けるなら、充分に平穏で平和だ。



――なかなか、善政を敷いてるんじゃないかしら? わたしってば。



などと、昼間のアーヴィド王子への〈やらかし〉を忘れようと努める。


王都は姉王太后トゥイッカが、摂政として施政下に置いている。


王妃として428の町や村を領有してきたとはいえ、王都とは規模が違う。


新体制になって、すこしくらいのギクシャクが起きるのは仕方がない。


そのうち落ち着くだろう……。



――って、無理ね。忘れられないわね。



と、眉をしかめて笑うわたしに、ミアが、



「なんですか!? なにか、おもしろいことがありましたか!? なんです、なんです!?」



と、わたしの視線の先を追った。



「おもしろいことがあったけど……、ミアには内緒っ!」



と、わたしは意地悪に笑い、すこし八つ当たりさせてもらった。


イサクが、ペシンッとミアの頭をはたいていたので、ふたりの距離は縮まってきてるのだろう。


はたかれたミアも、嫌そうではないし。



そのミアが、夜遅くにわたしの寝室の扉をノックした。


深夜に、侍従騎士が主君の寝室に来る。



――変事か!?



と、ふつうなら身構えるところだけど、ミアに浮かぶ表情は、恋する乙女のそれだ。



「……フレイヤには内緒よ? ミアが叱られちゃうわよ?」


「あ、……すみません」



――そうか! この娘でも、深夜なら声を潜めるのか!



ふっと息を抜き、寝室に入れてやった。


案の定というかなんというか、イサクとのことを、わたしに相談しに来たのだ。


共同摂政にして王太側后のわたしに対し、伯爵令嬢で王宮から派遣された侍従騎士であるミアがとるには、本来考えられない行為ではあるのだけど……、


なにしろ、ミアだ。


ゆっくり話を聞くうち、19歳と17歳のうら若き乙女ふたりが、恋の内緒話に花咲かせるだけになった。



「初めてなんですよね~、その、愛を打ち明けるのが……」


「あら? ミアの初恋?」


「そうです!」



10歳でオロフ王の奥さんになったわたしの初恋は、アーヴィド王子だ。



――いまも初恋中なんだわ、わたし……。



と、気が付いて、胸のうちに新鮮な驚きが広がるけれど、顔には出さない。


ミアの話を聞けば、ずいぶんイサクとの距離は近付いたように感じる。


だけど、ミアとしては、結婚までの道のりの果てしなさにも気付かされ、すこし不安になってきたらしい。



「……どうも、意中の人がいるのではないかなって、気もしてるんですよ~」



というミアの言葉に、ドキッとさせられたけど、真剣に話を聞く。



――あ~~~っ、アーヴィド王子に意中の人がいるかもとか、考えたことなかった~~~~~っ!



内心では悶絶していた。


とはいえ、ミアの恋にわたしは励ますことしかできない。


ひと通り話を聞いてあげたらミアもスッキリしたみたいで、いつもの笑顔でソファから立ち上がった。



「頑張ってね、ミア」


「頑張ります! ただでさえ、女として見てもらいにくい気性ですから!」


「あら? 可愛いわよ? ミア」


「またまた~~~っ。ヴェーラ陛下みたいな超絶美人さんに褒めらたら、本気にしちゃいますよ~~~っ?」


「ミアは可愛い。信じて」



と、わたしが人差し指で、ミアの眉間をピッと指さすと、


すこし驚いた顔をしたミアは、はにかんで、ほほを赤くした。


ミアを部屋に返し、もう一度ベッドに入ったわたしは、



――女として見られにくい、……かぁ~。



と、ミアの言葉を何度も思い返していた。



   Ψ



翌朝、北の故郷から部族の使者たちが突然、わたしの離宮を訪ねて来てくれた。


遅ればせながら、わたしの誕生日のお祝いに来てくれたらしい。


嬉しくて門まで出迎えにでると、故郷の産物を荷馬車いっぱいに積んでくれている。



「誰が来てくれるより嬉しいわ」



と、ウキウキと離宮のなかに通した。


急いで正装のドレスを着せてもらい、謁見室で正式にお祝いの言葉を受ける。


わたしのまえで膝を突く使者たちのなかに、なんだか見たことあるような、ないような顔があった。



「あっ!? ラウリね!? ……ラウリでしょ?」



日に焼けた顔を、すこし気恥ずかしそうに向けてくれたのは、同い年の幼馴染、ラウリだった。


物心がついたときには横にいて、でも王国との戦争も始まっていた。


狩りも負傷兵の手当ても一緒に覚えた幼馴染の少年は立派な青年になって、わたしの前で膝を突いてくれている。


前の収穫祭で使者たちから名前が出たので、機会があれば連れて来てほしいとお願いしていたのだ。


昨年の春に結婚したばかりの、新婚さんのはずだ。



――わたしにも、ラウリと結婚する未来があったかもしれない……。



なんて、収穫祭では思っていたけど、


実際に会うと、そんなことはまったく思わないものだ。


お互いに違う時間を歩み積み重ねてきたことが、顔を合わせればひと目で分かる。


でも、懐かしくてたまらなくて、ひと言ふた言と、言葉を交わす。



ふと、ラウリがわたしに向ける、妙に熱い視線に気が付いた。



懐かしむだけではない視線。もちろん、恋だの愛だの、そういう熱さでもない。妙に熱い……、視線……。


チラッと、ほかの中年の使者たちに目をやってみる。


なにか違和感がある。なにか、おかしい。


なんだろう、この違和感……。


本日の更新は以上になります。

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