18.神の本能
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「フロース様!」
中空に走った亀裂を割って出て来た泡神に、アマーリエは声を上げる。アシュトンと佳良、恵奈が立ち上がり、頭を下げた。ラモスとディモスもそろってピョンと耳を立てる。
「楽にしてくれ。盗み聞きのようになって申し訳ないけど、あなたたちの話を聞いていた」
手を一振りしたフロースが、ふらりとソファの空きスペースに腰掛けた。
「…………?」
その瞬間、フレイムが訝しげに眉を上げる。だが言葉は発さず、黙って泡の神を見ている。
「邸内のアマーリエの気が突然乱れたと思ったら、焔神様が動揺している気配がして、ママさんが駆け付けて来るし、他の聖威師も立て続けにやって来るしで、何かあったのかと思って」
ママさんとはアシュトンのことだろう。さすが高位神というべきか、邸内の気配から有事が起こったことを察したらしい。
「で、これはおかしい。普通なら、聖威師を含めた神々は、オーブリー側の話もきちんと聞こうとする。アマーリエの証言が全て事実であっても、彼を見捨てはしないはずだ」
それは、神の本能にして性なのだという。神はどこまでも同族を愛し、切り捨てることがない。余程のことがあれば怒りを抱いたり、相手が下位神ならば罰を与えるが、それでも最後は許して和解する。
アマーリエが、唯一の家族であったディモスを殺しかけたラミルファをあっさりと受け入れているのも、それが理由だ。神格を得たラモスとディモス自身も、既に彼の神に対して敵愾心は抱いていない。
「どれだけ愚かなことをしても、神になった以上はオーブリーも大切な身内だ。最後まで見限らない。アマーリエとオーブリーの双方を支えようとするはずだ。なのに、あなたたちは完全にアマーリエの味方で、オーブリーを敵視してる」
自身でもその不自然さを自覚していたのか、佳良と恵奈、フレイムが難しい顔で首肯する。
「私もそうだ。オーブリーの話も聞いてみようという気持ちが起こらない。大事な同胞に何をしてくれたんだという思いは噴き上がって来るのに。今回顕現した聖威師たちは、何か変だ――」
その言葉が終わる前に、再び空間が揺らぐ。
「ふふ、こちらも会議中か」
大気から湧き出るようにして、ラミルファが転移して来た。
「どうしたラミルファ。そっちでも何かあったのか」
「ああ。伝えることを伝えたらすぐに戻る。僕はフルードの側にいなくてはならない。……先程、オーネリアから念話が入った。今度は帝都で三名、新しい聖威師が誕生したそうだ」
部屋の中に唖然とした空気が満ちた。
(ま、また? というか三人も?)
内心でツッコむアマーリエ。佳良と恵奈も同じような顔をしている。
「はあ!? おいおい、タケノコみたいに次々生えて来るな。どうしたんだ急に。天界で愛し子ブームでも始まったのか? マジで神々が何柱も連れ立って地上を視たのかもしれねえな」
しかし、邪神はゆるりと首を横に振った。
「いや、二名はヴェーゼ関連だから放っておけば良い」
それを聞いた途端、フレイムから驚きが薄れる。
「ああ、何だアリステルか。ビックリして損したぜ」
だが、ラミルファは灰緑の瞳で山吹の双眸を真っ直ぐに見据え、薄い唇を開いた。
「問題は今一人だ。――ガルーン・シャルディ。新たに聖威師になった最後の一名は彼だそうだ。僕がフルードの側を離れられない訳が分かっただろう」
「……な……」
数拍の沈黙の後、フレイムが血相を変えた。
「馬鹿なっ……!」
呻きながら立ち上がろうとし、アマーリエの手を握っていることを思い出して動きを止めている。
「ガルーン!? あいつが神の寵児に? そんなこと……すぐにセイン様の所に行かなくては」
こちらも狼狽えた様子で腰を上げかけるアシュトンを、ラミルファが押しとどめる。
『落ち着け。あの子の所にはライナスと当波、それに当真が行っている』
佳良と恵奈が呆然とした表情で言った。
「何かの間違いでは?」
「ガルーンを見初める神などいるんですの?」
(ガルーンって……誰?)
一気に緊迫した場に付いて行けず、疑問符を浮かべているアマーリエに、フロースが説明してくれた。
「ガルーン・シャルディはミレニアム帝国の元貴族だ。今は剥奪されているけど、元の爵位は子爵で――かつて幼いパパさんを買って、虐待していた張本人だよ」
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