17.先達たちは怒る
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「霊威が低いことを誹謗中傷する。言いがかりを付けて暴言を吐く。私物や神官府からの支給品を隠される、奪われる、壊される。後ろから押される……」
立会人として呼ばれた佳良が、アマーリエが口述した内容の記録を読み上げている。抑揚のない声が、逆に彼女の怒りを示しているようだった。
「……階段から突き落とされる。足をかけられて転ばされる。手足や棒で殴打される。果ては容器に張った水に顔を押し付けて溺れされる。その他多数、ですか」
「侯爵家の御出自にしては、随分と野蛮な方だこと」
頰に手を当てて困ったように微笑むのは、同じく立会人としてやって来た皇国神官長、宗基恵奈だ。濡羽のような黒い長髪がハラリと揺れる。笑っているのに、室内の体感温度が一気に下がった気がするのは、気のせいではないだろう。
「ああ、侯爵家といっても所詮属国の、だったわね。宗主国たる帝国の基準では、伯爵か子爵ですもの。中位の家門であれば仕方がないのかしら」
そう言って優雅に口角を上げる彼女は、神千皇国随一の名家にして一位貴族の権門、宗基家の女当主。帝国に当てはめれば、アシュトンに匹敵する立場だ。
正真正銘の名家に生まれた者の余裕をひしひしと感じながら、アマーリエは補足した。
「ちなみに、オーブリー本人は動きませんでした。罵倒以外の暴行は全て形代にやらせていましたので」
「自分の手でしようが形代にさせようが、同じことです」
佳良が端的に切り捨てた。隣に腰掛けるフレイムはアマーリエの手を握り、無言で目を閉じている。下手に動くと、今すぐオーブリーを締め上げに行きそうになるから、というのが理由だ。
「どれも立派な暴行罪ですよ。水に浸けた行為に至っては、殺人未遂と言えるでしょう」
(さ、殺人未遂……)
苛烈な単語に気圧されるアマーリエだが、言われてみれば確かにそうだと思い直した。
厳しい顔付きになった佳良が口を動かす。
「より厳密な調査が必要です。当時の過去視を行い、状況を確認します。もちろんあなたの証言を信じていますが、何かの拍子に記憶違いをしている可能性も皆無ではありませんので。過去視の結果、間違いないとなれば、オーブリーには相応の報いを負わせます」
アマーリエはすぐに返事ができなかった。証言が事実かどうか検証するのは当然だ。その点に異論はない。ただ、別のことが気になった。
「報いを負わせる……できるのでしょうか? オーブリーも聖威師になったのでしょう?」
神格を持つ聖威師は、擬人化していても天に属する存在なので、人間には裁けない。当然、逮捕も処分もされない。
(聖威師同士であれば互いを拘束できるという決まりがあるのかしら? けれど――仮にそうであっても、オーブリーに何かをするためには主神の承諾がいるはずだわ)
主神は必ず己の愛し子を庇うだろう。オーブリーを捕らえられたとしても、肝心の処分ができないのでは意味がない。フレイムが励ますように、繋いだ手に力を込める。
「必要なら俺も動く。お前の仇討ちなら力は惜しまねえ」
「感謝いたします、焔神様。いざとなれば、我が主神たる鷹神様にもお力添えいただきます。アマーリエが受けた傷は、倍にして叩き返す所存です」
佳良のきっぱりとした断言に被せるように、弱々しい声が弾け、空間が歪んだ。
「うん、やっぱり変だ」
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