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13.包珠の契り

お読みいただきありがとうございます。

「アマーリエは聖威師になったばかりで、まだ要職に就いていないんだろう。なら、神官の出入りも少ないはずだ。頼むよ、この通り」

(まあ、その通りだけれど)


 アマーリエは虚ろな目を宙に向けた。まさか神に手を合わせられるとは。


「承知いたしました。泡神様にご来駕(らいが)いただけます(ほまれ)を賜り、光栄に思います。どうぞごゆるりとお過ごし下さい」


 ひたすら棒読みで承諾を告げる。


「おやおや、それは残念だ」

「マジかよ……」


 ククッと笑うラミルファと、乾いた声で呻くフレイム。フロースが慌てた様子で両手を振った。


「焔神様との新婚生活を邪魔するようなことはしない。形代の世話係を数体付けて、どこか空き部屋に放り込んでくれれば良い」

「…………」


 当たり前のように、形代はこちらが用意することが前提になっている。水神の御子である彼は、自ら動かずとも、自然と周囲が形代でも使役でも準備してくれるのが普通なのだ。


《アマーリエ、焔神様、本当に申し訳ありません。まさかこんな方向に話が転がってしまうとは……。形代は私が創って手配します》


 責任を感じたらしいフルードが、沈んだ声で念話して来た。自分が邸の来客数や騒音を引き合いに出したせいで、こうなってしまったと感じているのだろう。


《形代なら俺が適当に創るから大丈夫だ。心配すんな》


 フレイムが優しく応えた。アマーリエもすぐに追随する。


《大神官が悪いのではありませんから。こちらのことは、どうかお気になさらないで下さい》

(フロース様のメンタルが弱すぎるのがいけないのよ)


 内心で愚痴を言いつつ、ふと思い付いたことを口にした。


「あの、大神官。先ほどの……アリステル様も大神官なのですよね?」

「そうです。聖威師の数が多い場合、大神官ないし神官長が複数名存在することもありますから」

「でしたら、ご兄弟間での混同を避けるために、今後大神官のことはお名前を付けて呼んでも構いませんでしょうか?」

「それなら名前だけで良いですよ。その方が短いですし」

「では……フルード様?」

「はい。私を名で呼ぶならば、神官長のこともアシュトンと呼んであげて下さい。皇国の方々も、恵奈や当真と。彼らには私から伝えておきますから。皆きっと喜びますよ」


 少し元気を取り戻した様子のフルードがほわりと笑う。少し前まで雲上の存在だと思っていた彼らと距離が近くなった気がして、アマーリエも嬉しくなった。


 一方のフレイムはラミルファをジロリと睨み、険しい顔で牽制している。


「おいラミルファ、特製の料理だか何だか知らねえが、俺の弟におかしなモン食わせんなよ。無理させてたらすぐに分かるからな」

「ふふ、怖い怖い。心配無用だ、――この僕がフルードの害になることをするはずがないだろう。()()()()

「……まぁそうだろうな」


 邪神がヘラヘラと笑いながら受け流す。


「ではよろしく頼んだ、アマーリエ」


 天上の存在に相応しい美貌を緩め、微笑むフロース。何も知らずに見れば、百人中百人が恋に落ちそうな魅惑の笑みだ。


「ホントに良いのか、ユフィー。泡神様は別邸に行ってもらって、俺がちょこちょこ様子を見に行くこともできるぜ」

「いいえ、構わないわ。親しい神が同じ屋根の下にいた方が安心できるのでしょう。だったらフレイムが同じ邸内にいた方が良いわ」


 気遣ってくれるフレイムに笑いかけ、つと目を伏せて続ける。


「味方がいない中で、胸いっぱいに不安を抱えて夜を越すのは、とても辛くて寂しいことだもの」


 かつての自分がそうだった。仲睦まじい両親と妹の笑い声がはっきりと聞こえる中、一人その輪から弾かれ、じっと部屋で丸くなって一夜を越していた。


「…………」


 フレイムが何かに思い至ったように視線を泳がせ、フロースが軽く瞠目した。


「私にはラモスとディモスがいてくれたけれど、フロース様は従神が同行していないでしょう。フレイムが側にいる環境の方が、きっとお気持ちも楽になるわ。……ですから、どうかお越し下さい、フロース様」

「――あなたは優しいな」


 数拍の間を置いて、フロースがしみじみと呟いた。


「高位神らしからぬこの腰抜けた性格が、自分でも嫌になっているのに……情けない、みっともないと責めたり、呆れたりしないのだね。初めて会った時もそうだったし、あなたの魂はすごく綺麗だ」


 どうやら彼自身、己に対する大きなコンプレックスを抱えているらしい。何かが琴線に触れたのか、急激に熱を帯びた瞳になった泡神に驚いていると、ラミルファが何故か自慢げに言う。


「当然だろう。僕は初めてアマーリエを見た時、この気にドン引きして速攻で退散した。最高格の悪神たる僕を一撃でノックアウトしたのだ、自らの気を誇るが良いよアマーリエ」

「……お褒めいただいたと受け取っておきます……」

「ああ、もちろん今は欠片も嫌悪などしていないよ。神格を得た瞬間から、大事な同胞という特別枠に移動したのでね」

「あ、はい……ありがとうございます」


 視線を遠くに投げて相槌を打っていると、フロースがポンと手を打った。


「そうだ。アマーリエ、私の妹か宝玉になると良い。優しく清らかなあなたを、私も愛でたくなって来た」

「何を言いだすんだよ泡神様!」


 慌ててアマーリエの前に立ちはだったのはフレイムだ。


「い、妹……宝玉?」

(妹は分かるけれど、宝玉って何?)


 おうむ返しに繰り返すアマーリエに、フロースが説明してくれた。


「気に入った者が既に他の神の愛し子になっていた場合、愛し子の誓約の代替として別の契りを結ぶんだよ。一般的なのは、親子か兄弟姉妹か夫婦、それに包珠(ほうじゅ)あたりかな」


 アマーリエの場合は、愛し子と夫婦の契りをどちらもフレイムと結んでいるが、それぞれを別の神と結ぶこともあるのだという。


「最後のほうじゅというのは……?」

(先ほど言っていた宝玉というのはそのこと?)


 フレイムの背から顔を出して聞くと、答えたのはラミルファだった。


「包珠の契り。神が己にとってかけがえのない存在を見つけた時、その相手に対して結ぶものだよ。その相手が既に他の神の愛し子であった場合に結ぶこともある」


 愛し子の主神は、基本的には一柱だけだ。全ての最高神から寵を受ける奇跡の神のように、特殊な多重契約を結ぶことで、同時に複数の神の愛し子となることも稀にあるが、それはあくまで例外である。


「包珠の契りを結べば、神は自身の『特別』を抱いて守護する包翼の神となる。一方の守護される者は、神の掌中の珠――すなわち宝玉となる。宝玉とは、その神にとってとにかく大切で大切でたまらない存在だと思えば良い。愛し子の誓約の代わりになるほどのものだからね」


 ピンと人差し指を立てて説明してくれる邪神の言葉に、アマーリエは唖然としてフロースを見た。


(ちょ、ちょっと待って。そんな位置に私を置こうとなさっているの?)

ありがとうございました。

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