12.フロースのお願い
お読みいただきありがとうございます。
《テスオラ神官府のリーリアが聖威師になったと聞いても、俺たちが喜びを感じてないのがおかしい。それが元々の話題だったはずだ。なら寵を与えたのは悪神じゃないかってユフィーの意見に、地上にいる高位の悪神は自分とアリステルだけだとラミルファが発言して、アリステルの説明が始まって、そこから話題が逸れてった》
《あっ……ごめんなさい。私が余計なことを聞いてしまったから》
《私も今話さなくても良いことまで長々と話してしまいました。すみません》
《ユフィーとセインのせいじゃねえよ。いつかは話すべきことだったんだろ。それが偶然、今になっただけだ》
即座にフォローを入れてくれる兄に微笑みかけ、気を取り直したフルードが言った。
《話を戻しますが、リーリアを見初めたのはアリステルではないでしょう。神格を抑えた聖威師は、寵を与ることができませんから。……ライナス様。2日後、テスオラ神官府の帝都入りに合わせて認証を行いましょう》
《ああ。先方にもそう伝えておく。……にしても、アリステルが動こうというタイミングで、属国でも聖威師が誕生するとは。見事に被ったな》
(アリステル様が動く?)
どういう意味かと気になったアマーリエだが、先にフロースが口を開いた。
《色々と腑に落ちない部分もあるけど、実際にリーリアに会って話を聞けば分かるんだろうか。主神が側にいるなら、特別降臨をしているのかな?》
《おそらくそうだと思いますが……今の時点では何とも言えません。焔神様、泡神様、邪神様。テスオラ神官府の挨拶の席ではどうかよろしくお願い申し上げます》
《ん、分かった分かった》
《が、頑張るよ》
《僕は親切だから協力してあげよう》
了承した三神に重ねて礼を言ったライナスは、アマーリエにもくれぐれも無理をしないようにと念押ししてから、フルードと業務連絡を交わし始めた。
どうやらリーリアの件は終わりだと悟ったアマーリエは、そっと念話網を抜ける。先ほど気になったことに関しては、聞くタイミングを逃してしまった。
「ふぅ……」
ドッと疲労感が押し寄せ、目を閉じたところでフレイムに支えられた。
「大丈夫か、ユフィー」
「ええ。少し疲れただけ。何だか甘いものが飲みたいわ。クリームたっぷりのキャラメルラテとか」
「そんなもんで良いのか。一緒にフォンダンショコラも作ってやるよ。ナイフで切ったら、濃厚な生チョコがトロローッとあふれ出て来るやつ」
聞いているだけで生唾がわいてきた。
(朝食もあんなに豪華なものを食べたのに、太ってしまわないかしら。……いいえ、これは体に必要な糖分補給よ。今日は朝から頭を使っているもの)
そう自分を納得させ、頷く。
「嬉しいわ。お願い、フレイム」
「よーし、そうと決まれば帰ろうぜ」
ご機嫌で促すフレイムに被せるように、ラミルファが言葉を発した。
「ところで泡神様、降臨中はどこに滞在する予定なんだい?」
そういえば、とアマーリエも瞬きしてフロースとラミルファを見た。
(私たちが日中勤務になったら、お二方はどこで夜を過ごされるの?)
この二神が降臨したのは昨日の早朝。フロースは降りて間もなく、変化して続き部屋に引き籠った。
同じく姿を変えたラミルファは大神官室にいたようだ。フルードが日中も神官府に留まって仮眠を取っていたので、その側にいたらしい。
「私はパパさんの所でお世話になろうと思っていたんだけど」
当然の調子で放たれた台詞に、ライナスとの念話を終えたらしいフルードは言いにくそうに目を伏せた。
「申し訳ございません。私はこれでも神官府の長ですので、自邸には昼夜を問わず神官が出入りいたします。十分におくつろぎいただけないかと。他の聖威師の邸も同様ですので……泡神様ご滞在用の邸を用意し、世話役の形代をお付けするのはいかがでしょうか?」
無難な提案だったが、帰って来たのは全力の拒否だった。
「か、形代だけなんて無理だ。気を許した神が一柱は同じ邸内にいてくれないと心が保たない」
ガラスの心臓かあなたは、と、アマーリエは内心でツッコんだ。
「そうだ。私がいる間は、神官たちの来訪を断れば良いんだよパパさん。他の聖威師に対応してもらえば良い。神の相手が優先なんだから。そうすれば私はパパさんの邸でゆっくりできる」
名案だとばかりに余裕を取り戻した泡の神が微笑む。自分の意向が通るのはごく当たり前だと思っている、無邪気な神の眼差しで。
「…………」
フルードが困ったように眉を下げる。だが、天の神の意向に否は言えない。諦めた様子で口を開こうとしたのを遮り、フレイムが一歩前に出た。
「待て、泡神様――」
弟を庇おうとしたのだろうその言葉は、しかし、愉快そうな声に断ち切られた。
「ふふ、その通り。人間の神官共の相手など、神の接待という栄誉の前には些末なこと。泡神様の意向が優先されるのは当然だ」
クスクスと笑うラミルファが、歓迎するようにほっそりとした両腕を広げた。
「フルードの邸には僕も滞在する。泡神様も来るならちょうど良い、邪神特製の料理を振る舞ってあげよう。こう見えて料理は大得意なのだよ」
「えっ?」
「同胞のために全力で腕を振るおうとも。ご馳走をたくさん作るとしよう。ドブ川の汚染水を煮詰めたポタージュとか、炎天下に放置した生ゴミをミンチにしたハンバーグとか、デロンデロンに腐って溶けた吐瀉物のゼリー寄せとか」
「……うぇっ……」
フロースが口元を抑えた。聞いていたアマーリエもだ。フレイムがドン引きし、フルードは顔を青ざめさせている。
「ちょっと待てラミルファ。お前、味覚に関しては一般的な神寄りだって言ってたじゃねえか」
「そうだが、悪神らしい料理を食することもある。せっかくだから、地上に滞在している間は毎日作ってあげよう。ねぇ泡神様、もちろん全て残さず食べてくれるだろう」
もはや疑問符すら付けずに言い切る。
「……い、いや、私は食事は摂らない派で」
「そう言わず、僕の好意を受け取っておくれ。大量に作るから何回でもお代わりして構わないよ。イチオシは、有毒ガスをたっぷり吸ったホコリやカビを粉末にして、ネバネバになるまで濃縮した下水でこねて焼き上げるパンだ。今晩さっそく作ろうかな。ぜひ完食して感想を聞かせて欲しい」
「む、む、無理無理……! うぅ、想像したら吐き気が……そそそうだ、アマーリエと焔神様の邸に泊めてくれ」
グルンと体を反転させたフロースが、拝み倒さんばかりに両手を合わせて泣きついて来た。
「「「え!?」」」
アマーリエとフレイム、ついでにフルードが仲良く目を見開いた。
ありがとうございました。