11.奇跡の聖威師
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いきなり流れ込んで来た情報が整理できない。呆然とフルードを眺め、次いでフレイム、ラミルファ、フロースを順に見た。三神が次々に頷く。
《き、奇跡の聖威師!?》
属国の神官府で受けた講義を超速で脳内再生しながら、アマーリエは驚愕の声を上げた。
(悪神の聖威師だけれど、通常の聖威師と同じように寵を受ける特別な愛し子よね)
悪神の聖威師は、一般的な神の愛し子とは異なる。愛や慈悲など欠片も与えられず、主神の玩具として永遠に虐げられ嬲られ続けるだけの生き餌だ。
しかし――実は、これには例外がある。悪神であっても、善悪や美醜を超えた域で素晴らしいと思ったものは、素直に認め賞賛する。
そして、滅多にないことだが、真に感銘を受けた者には通常の神と同じように寵愛を与え、正真正銘の意味での愛し子にすることもあるのだ。
事実、フルードの主神である狼神や、ライナスの主神である時空神などは、地水火風の四大高位神だけでなく悪神の長である禍神からも認められ、通常の神が与えるものと全く同じ寵を授かっている。彼らが奇跡の神と呼ばれる理由の一端はそこにある。
そして、人間が悪神から真の寵愛を――つまり、一般的な神と同じ寵愛を――授かった場合、奇跡の聖威師と称される。その立ち位置と扱いは通常の聖威師と同様だ。なお、奇跡の聖威師は自らも悪神となる。
《そうだよ。アリステルは……あの子は真の意味での聖威師。私たちのかけがえのない同胞だ。間違っても生き餌などではない》
優しさと慈愛を帯びた双眸で、フロースが言った。アマーリエやフルードに向けるものと同じ、温かな眼差しだ。
《ですが、星降の儀にいらっしゃった聖威師の一団に、アリステル様らしき方は見当たりませんでしたが……》
アマーリエはそう言いながら、自分にとって岐路となったあの日の光景を思い出す。
星降の儀に参加していた成人の聖威師は、帝国側は大神官のフルード、神官長のアシュトン、前神官長のオーネリア。皇国側は大神官の当真、神官長の恵奈、前神官長の佳良。
それ以外の聖威師は、記憶が正しければ全員が少年少女だった。
(……いえ、待って。そういえば、以前遠目にだけどチラリと見たわ。真っ黒の上衣を着た大神官を。いつもの上衣ではなかったから、一瞬気にはなったのよ。もしかしてあの方が……)
ハタと思い出している間に、フルードが説明してくれる。
《アリステルは星降の儀を欠席していました。属国で悪神の神器が暴走したので、鎮めに行っていたのです》
悪神の神器は珍しい。通常の神器が暴走したというだけでも国民は不安に駆られるのに、凶事を司る悪神のものとなればパニックが起こりかねない。そのため、内密で鎮めに赴いていたのだという。
(ヴェーゼお兄様と呼ばないのね。外ではファーストネームを使うようにしているのかしら。公私混同防止でそうしている神官も多いわよね)
……などと密かに予想しているアマーリエの胸中など知らず、フルードが口の中で付け足す。
「……帝都の方は、本当にどうしようもなくなれば、僕が泣き落とすという切り札が残っていましたしね」
念話にしていないその声はあまりに小さすぎ、誰にも届かなかった。息を吸い込み、フルードは再び思念を放つ。
《悪神を主神とする特異性から、普段のアリステルは裏方の仕事をメインとしています。滅多に表舞台に姿を見せず公式行事に参加することも稀であるため、神官たちの間で話題になることは少ないのです》
悪神自体が畏怖の対象なので、その方が良いのかもしれない。
《なお、当人は自身の評判や栄華には全く関心がありません。大神官としての職務はきちんとこなしていますが……下界に滞留しているのは復讐を果たすためですから、それが済めば未練なく昇天するでしょう》
(……えっ?)
フルードの言葉の中に物騒な単語を聞き取り、アマーリエは眉を顰める。
(聞き間違いかしら。今、復讐と言わなかった?)
だが、確認する間もなく会話は進んでいく。
《まぁ、儀式にあの子がいなかったことが、人間側にとって痛手だったのは違いない。僕たち悪神に顔が利くヴェーゼが出席していたら、星降の儀の騒動時、聖威師たちはもう少し楽に対処できただろう》
《お前がその騒動を引き起こした張本人だろ!》
含み笑いを漏らすラミルファに、フレイムがツッコんだ。
《フルード。前にも伝えたが、星降の儀の件はすまなかったと思っている。大変な時に不在にしてしまった》
フレイムとラミルファの会話をぶった切り、ライナスが謝罪した。彼も儀式を欠席していた。理由はアリステルと同様。神器絡みで急務が入り、それが長引いて本祭・後祭どちらも参加できなかったらしい。
だが、それはそれとして、高位神同士が話している途中に平然と割り込む度胸と胆力に、アマーリエは内心で舌を巻く。
《それはもう仰らないで下さいと申し上げたでしょう。ライナス様も任務だったのですから仕方がなかったのです》
と、ここで何かに気付いた顔になったフレイムが咳払いした。
《あー、お前ら。話し中悪いが、ちょっといいか。ノリノリで会話に加わってた俺が言えることじゃないが、話が全然違う方に逸れてるぞ》
皆がハッとして黙り込む。話題が二転三転し、別の内容になっていることに気が付いたのだ。
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