8.泡神の起床
お読みいただきありがとうございます。
「ご馳走様。お腹いっぱいだわ。幸せ……」
「夜勤は終わりましたし、自邸に戻って一眠りしてはいかがですか?」
フルードが大変に魅力的な提案をしてくれた。幸福絶頂の満腹状態でベッドに潜り込むことができれば、どれだけ良いだろう。
「そうしようぜ。いつも通り俺が腕枕してやるよ、ユフィー」
「腕枕ではなくて抱き枕でしょう? フレイムったら、すぐに私を抱きしめて寝たがるんだもの」
「しょうがねえだろ、お前が可愛すぎるんだから」
フレイムがパチンと指を鳴らすと、空になった食器やカトラリーが消える。彼の力をもって、一瞬で片付けてしまったのだろう。エプロンとバンダナも外し、帰る気満々だ。
アマーリエとフレイムの様子を微笑ましげに見ていたフルードが立ち上がった。
「私も一度邸に戻ろうと思います。泡神様のご様子を確認してからですが」
そう言った時。噂をすれば何とやらで、続き部屋がキイィと開いた。
「うっ……うえぇ」
フレイムとラミルファに匹敵する美貌を持つ金髪碧眼の青年が、口元を抑えながらヨロヨロと姿を見せる。
泡神フロース。四大高位神が一、水神の分け身にして御子神。フレイムやラミルファと同格の選ばれし神だ。
本来の彼は、白に近い水色の長髪に、僅かに灰色がかった白い瞳の持ち主である。だが現在は、人と同じ装いに変わっている。顔立ちも多少変えていた。
「あぁ、気持ち悪っ」
血の気が引いた顔で呻いているフロースは、己の愛し子を探したいという酔狂な理由で、昨日の早朝地上に降臨した。
ただし、極度の引っ込み思案で引きこもり体質であるため、アマーリエとフルードの部下になりすまし、二人の陰に隠れながら愛し子がいないか見定めたいという意向だった。
それに便乗したラミルファと、ラミルファを監視したいフレイムまでが部下のフリをして変化したため、現在の状況になっている。
「泡神様、おはようございます。ご気分が優れないのですか」
駆け寄ったフルードに、フロースは青白い顔で片手を上げた。
「お、おはようパパさん……。昨日は災難だった。今後のことを考えると緊張して緊張して、疲れていたのに全く寝付けなかったんだ。気が付けば一日経過してしまっていた。起きなければと思っても、息切れと動悸と眩暈と吐き気が止まらなくて」
「もう天界に還れよマジで……地上で愛し子探しなんて向いてねえよお前には」
遠い目をしたフレイムが、前途多難だとばかりに呻く。
「今からこんなでどうするよ」
「だ、大丈夫、何とか頑張る……あっ」
「泡神様!」
言葉の途中でフラリと倒れかかったフロースを支えようと、慌てた様子のフルードが両腕を差し出した。だが、ラミルファの方が一歩早かった。
「ふふ、精々従者ごっこの真っ最中にぶっ倒れないようにしておくれ」
笑いながらフロースの首根っこを掴んで後ろに引き、長身を軽々とソファベッドに放り投げる。
「ひぇぇ」
情けない声を上げて転がる泡神。フルードの腕が空を切る。
「今の内に休んでおくが良い。少しでも早く精神を安定させて、ダダ漏れの神威を消して欲しいな。神官府の中が何も視えやしなくて困っているのだよ」
「そうだな。ほれ毛布だぜ」
「……ああ、うん、ありがとう……」
もごもごと答えたフロースが毛布を受け取るのを、ぼんやりと眺めていた時。
《フルード、アマーリエ! 緊急連絡だ》
「きゃっ」
いきなり脳裏で念話が弾けた。どこか鋭さを感じさせる、凛とした声だ。フルードが僅かに目を見開き、アマーリエは小さく飛び上がる。
「どうした?」
すぐに気付いたフレイムが声をかける。ラミルファとフロース、ラモスとディモスも一斉にこちらに目を向けた。
「失礼いたしました。ライナス様から緊急念話が入りました」
フルードが簡潔に答え、アマーリエもコクコクと首を縦に振った。
ライナス・イステンド。フルードの妻たるアシュトンの父……つまりフルードの舅だ。帝国神官府の前大神官であり、帝国随一の名門イステンド大公家の先代当主にして長老でもある。老いることがない聖威師の特性通り、冷ややかな美貌を持つ青年の容姿をしている。
《ライナス様、どうかなさいましたか》
《先ほど、テスオラ王国の主任神官から念話があった。彼の娘である神官リーリアが、神に見初められ聖威師になったそうだ》
ありがとうございました。