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7.夜勤明けの朝食は最高

お読みいただきありがとうございます。

「ほれ、できたぞー」


 フレイムが大きなプレートを二枚浮かせて運んで来た。乗っている各料理を適温に保たせる霊具が付いているので、熱いものと冷たいものを一緒に盛り付けていても問題ない。


「よっと」


 プレートを揺らさないよう、そっとアマーリエとフルードの前に着地させる。乗っているのは、パンとサラダ、肉類、飲み物。だが、両者で内容が異なる。


 アマーリエはぷるぷるのパンケーキ。トッピングはホイップクリームとメイプルシロップ、チョコレートソースとストロベリー、チキンとベビーリーフの三種類だ。

 それに、キャベツとコーンとパプリカのサラダ。カリカリのベーコン。ふわふわのスクランブルエッグ。トマトの酸味が効いた豆類たっぷりのミネストローネ。砂糖入りの紅茶。デザートはシャーベット。


 フルードはこんがりと焼き目が付いたトースト。トッピングはピーナッツバターとマーマレードジャム、とろけるチーズとロースハム、ツナと玉ねぎの三種類。

 それから、トマトとレタスとブロッコリーのサラダ。肉汁あふれるソーセージ。半熟のオムレツ。ムール貝とマッシュルーム入りのクラムチャウダー。薄切りのレモンを浮かべた紅茶。デザートはプディング。


 間違いなく、双方の好みを熟知した上でのメニューだ。


「二人ともいっぱい食べるんだぞ」

(朝から贅沢すぎるわ……!)


 自身の大好物ばかりを前にしたアマーリエは、湧き上がる生唾をこっそり飲み込む。今まで話していたことは、綺麗に頭から吹き飛んだ。


 猫のようにソファベッドで身繕いしていたラミルファが、料理を指差した。


「僕の分は?」

「あるわけねえだろ、バカかお前は!」


 瞬時に笑顔を剥ぎ取ったフレイムが一刀両断するが、まるで堪えた様子もなくふぁ〜と欠伸をしている。


「では追加で用意するがいい。僕はもう一眠りするから、支度が整ったら起こしてくれ」

「はぁ? 何言ってんだ……」

「いや、その前にアーリーモーニングティーが先だな。あっさりした種類の茶葉が良い。抽出温度は96度。供する時の温度は67度。濃い味が良いから、蒸らす時間はベストタイムより多めで。ストレートティーにシナモンをマドラースプーン2杯分だけ振ってくれ。菓子はノンシュガーのボンボンショコラを2つほど。カカオ100%のチョコレートを使って、中のフィリングはウイスキーとスモークピーナツで良い」

「注文細かいなオイ! つか悪神なんだから、味覚も普通とは逆じゃねえのかよ。腐ったモンとか丸焦げになった失敗作とかを美味しく感じるんじゃないのか?」

「そういう悪神もいるが、僕は食の嗜好に関しては通常の神寄りだ。ということでよろしく。お休み」

「よろしくじゃねえ! 出涸らしのティーバッグでも飲んどけ! そもそも神は飯も睡眠も要らねえだろ!」

「せっかく人間のフリをしているのだから、人間らしい生活を楽しみたいのだよ」

「じゃあ自分で作れよ!」


 言い合う二神の声を聞き流し、アマーリエはホイップクリームとメイプルシロップのパンケーキを一口食べた。


(あああ、おいしい〜!)


 しっとり焼き上げたふわふわの生地に甘いシロップが染み込み、とろける濃厚なクリームと舌の上で混ざり合う。美味しすぎて本気で涙が出る。


「幸せすぎるわ……空の上まで飛んで行けそう……」


 半ば独り言のように呟くと、ラミルファとの掛け合いをやめたフレイムが、蕩ける甘い眼差しで言った。


「そしたら俺が抱いて天に連れて行ってやるよ。早く天界で一緒に暮らしたいしな。俺の神域に閉じ込めてどこへも出したくない」

(ええぇ?)


 とんでもない台詞に引きつっていると、フルードがにこやかに口を挟んだ。


「その時は迷わず逃げて下さい。焔神様を突き飛ばしても構いません」


 フレイムとアマーリエはそろって言葉を失った。夫を――というか、神を突き飛ばす。神官としてあるまじき発言である。


「そんなことをして良いのでしょうか。聖威師とはいえ神官なのに……」


 ドン引きするアマーリエだが、フルードはシレッとした顔で答える。


「そういう時は躊躇してはいけないと教わりました。必要なら顔面平手打ちだろうが飛び蹴りだろうが何でもして良いそうです。主神は絶対に愛し子を傷付けないので、その特権を思う存分使えと。使わなければ損で、下手に遠慮したらその時点で負けだそうです」


 一体何の勝負をしているのだろうか。


「ちょっと待て、俺はそんな方法教えてねえぞ。誰だよ、そんなやり方伝授したのは!?」


 大事な弟には強く出られないフレイムが頭を抱える。


「ふふ、良いじゃないか。権利は使ってこそ輝くものだ。持ちぐされにするのは馬鹿馬鹿しい」


 ラミルファが毛布をポイと放り捨て、ソファベッドから降りた。どうやら起きる気になったらしい。


「邪神様、お茶をお淹れいたしましょうか」


 先ほどモーニングティーを所望していたからだろう、フルードが声をかけた。アマーリエもつられて身じろぎする。


「いや、茶菓も朝食も不要だ。もう飲食したい気分ではなくなった。君たちは僕に構わず朝食を摂るが良い」


 少し前までと言っていることが違う。まさしく気分屋だ。フルードとアマーリエは一礼してプレートに向き直った。


「それよりフレイム、泡神様はまだ寝ているのか。昨日降臨した後、疲れたと言ってもてなしの茶菓も断って引きこもったきりだが」

「ああ。けど、寝静まった気配がするのにピリピリ感が漂ってる。寝ながら緊張してるんだぜ、きっと」

「実を言えば、神官府のことを細部まで把握しておこうと、昨夜からずっと微睡みの中で府内を探っていたのだよ。だが、泡神様の神威がブクブクブクブクとバブルガンの如く漂っていて、何も視聴できない」


 やれやれと金髪をかき上げた邪神が苦笑いする。これでは神官たちが遠視や透視を使おうとしても阻害されるので、表向きには神器の出力調整による一時的な神威の放出という説明をしている。


「泡神様はこれでも御稜威(みいつ)を抑えているのだろうが、その条件は僕も同じだ。神威を抑制した状態ではあの泡カーテンを突破できない。力押しでこじ開けることはできるが、大事な同胞相手に強引な真似はしたくない。さて、どうしたものか」

「あー、それでずっとゴロ寝してたのか、お前。悪かったよ、ちゃんと仕事してたんだな」

「僕は勤勉なのさ。しかし泡神様には困ったものだ。初めからこの調子では先が思いやられる」

「まーな。愛し子探しとか言ってたが――部下に化けてとはいえ、初対面の奴と対峙できるのか?」


 クスクス笑うラミルファと、眉間に皺を寄せるフレイム。


「いっそ開き直って正体を顕し、公募でもかけてみれば良いのではないかな」

「はっ、お前もやってみたらどうだ。悪神の愛し子、募集しま〜すぅってな」

「ふふ、それも面白いな。神官が震撼(しんかん)する」

「下らんシャレは要らねえよ! しかし、マジで大丈夫なのかよ。今みたいに急用の神官がいきなり駆け込んで来たりもするだろうし」

「ビックリして心臓麻痺でも起こして、ポックリと天界に帰還することになるかもしれないよ」

「超絶にかっこ悪い還り方だな……神は心臓麻痺なんて起こさねえよってのは置いといて……」

「そうしたら指差して笑ってやるとも」


 もう一柱の神がいる続き部屋――そちらには仮眠用のベッドがある――を見ながら、二神はボソボソと言葉を交わしている。

 音を立てずにオムレツを切り分けるフルードが、微かに呟いた。


「……後祭であなた方が(あらわ)れて、驚きで心臓が止まりかけたのは僕の方ですよ」


 だが、あまりに小さな声だったため、誰にも届かない。最も近くにいるアマーリエも、絶品朝食をいただくのに夢中だ。


(ああもう、最っっ高だわ)


 ボリュームたっぷりの料理が、あっという間に口の中に消えていく。気が付けばデザートまで綺麗に完食していた。

ありがとうございました。

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