1.始まりの朝
お読みいただきありがとうございます。
第2部です。第1部では『』で表記していた念話のセリフを、《》に変えています。
第1部は時間を見つけて修正していきます。
(あそこだわ。……一気に片を付ける!)
紅葉色の聖威を纏い、アマーリエは快晴の空を高速で飛翔した。耳元で風が唸る。流星が残像を引くかの如き勢いで、眼下の景色が後ろに流れていく。
「確かに神だけでなく妖魔もいる」
アマーリエよりもやや先を翔ける青年が呟いた。恐怖を感じるほどの凄絶な美貌は、一目見ただけでは女神と見まごうほどに﨟たけたものだ。完璧に均整の取れた肢体は虹色がかった藍色の輝きを帯び、射干玉の長髪を閃かせている。
「妖魔はそなたに任せよう、焔の愛し子よ」
青年は漆黒の瞳をチラとアマーリエに向け、抑揚の無い口調で言った。
「承知いたしました、藍闇皇様」
即応したアマーリエは、世界の東を統べる神千皇国の皇帝の称号を呼んで頷く。
「神の鎮めは私がやる」
短く告げた藍の皇帝は一気に速度を上げ、眼前に見えて来た荒れ狂う神――荒神の元を目がけて一直線に飛んだ。
対するアマーリエは、迷いなく高度を落として急降下した。見開いた碧眼で眼下の大地を透視する。地下に重なる領域に、モゾモゾと蠢く異形の塊があった。
(やっぱりいる。妖魔の群れだわ)
怒れる神の神威を憚って、今は大人しくしているようだ。だが、隙あらば地上世界に這い出て街を蹂躙するつもりだ。潜め切れない物騒な殺気がそう語っていた。
(人の世に被害は出させないわよ)
心の中で誓い、右手を胸の前に掲げた。自身の奥底に押し秘めている神威の一端を、聖威として掌中に顕現させる。
「はっ!」
気合いと共に右腕を横薙ぎに払うと、紅葉色の輝きが宙に軌跡を刻んだ。振り抜いた腕を返してそれを掴み取った瞬間、光は細身の剣に転じた。
「ここまでです。街に害なすことは許しません!」
キラキラと火の粉を散らす刃を斜に構え、翔け降りる勢いを上乗せして次元を超える一刀を振るいながら、アマーリエは凛烈な声で引導を渡した。
◆◆◆
始まりは突破的な地震だった。
世界の西を覇するミレニアム帝国の一角を、突如として揺れが襲った。しかも、震源地が地中深くにあったため、地下世界にも振動が走り、眠っていた古代の妖魔たちが覚醒してしまったのだ。
妖魔や悪鬼邪霊といった存在は、地下世界と呼ばれる異空間で暮らしている。人間の世界とは次元を隔てた場所にあるが、人世で起こった出来事が地下の空間にまで影響を及ぼすこともある。
覚醒した妖魔たちは、起き抜けの興奮と腹ごなしとばかりに、次元の壁を超えて地上に這い出ると、人々に襲いかかろうとした。
だが同時に、別の事件が発生する。地震が発生した地域にある神官府の分府が、勧請した高位神の怒りを買ったのだ。
激昂し、神威の大きさと激しさ、強さを通常時の何倍にも増長させた状態の神を、荒神という。荒神化した神の御稜威の前に、人々だけでなく妖魔も恐れ慄いた。
結果的に、妖魔は地下に逃げ戻って息を潜め、神の怒りが収まるのを待った。神が鎮まれば、改めて人間たちを襲うために。
――という緊急連絡と救助要請が、分府から帝都の中央本府に届いたのが先ほど。
当然だが、どちらも人間の霊威師では手に負えない。必然的に、神格を持つ存在――天威師と聖威師が連携して収拾に当たることになった。
「……ふぅ」
妖魔の群れを瞬時に掃討したアマーリエは、手を軽く一振りして剣を消した。体を反転させて跪拝すると、神を宥め終えた皇帝が音も無く降り立った。
「こちらは完了いたしました」
「楽にせよ。……短期間で随分と腕を上げた。手際も良くなったものだ」
皇帝が淡々と呟く。藍色の外套が、風を孕んでふわりとなびいた。
「焔の愛し子。今一度問う。そなたの名は何といったか」
「皇帝様に申し上げます。私はアマーリエ・ユフィー・サードと申します」
「アマーリエか」
淡々と繰り返した皇帝が、口の中で再度アマーリエと呟く。そして、双眸を和ませて微笑んだ。
「覚えた」
その声には、今まで無かった柔らかさが宿っている。
アマーリエはふと俯き、大地の下を一瞥した。
「妖魔たちは滅しました。できれば穏便に済ませたかったのですが……今回は街や人々への強襲行為が確認されていたことから、話し合いの余地は無いと中央本府の方で判断いたしました」
「そうか」
皇帝は短く首肯した。滅された妖魔を偲ぶことも、襲われた人間を思いやることもしない。どちらにも関心がないことがありありと伝わって来る。
「こちらも荒神を鎮めた。我らがやるべきことは終わりだ」
「はい、藍闇皇様」
「私の名は高嶺だ」
端的に告げられた御名。わざわざ名乗ったということは、呼んで良いということだ。
「……光栄に存じます、藍闇皇高嶺様」
「ああ。帰ろう、アマーリエ」
最後にこちらの名を呼ぶ時だけ、微かながら温かさが滲んだ。
「承知いたしました」
神は同族たる神にしか情を抱かない。それを再認識しながら、アマーリエは聖威を練り上げた。
ありがとうございました。