表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/456

79.そして未来へ 中

お読みいただきありがとうございます。

すみません、上下に収まりませんでした…。

あと一話だけ続きます。

 ◆◆◆


「まあ、すごい!」


 目の前の皿を見て、アマーリエは思わず前のめりになった。

 ビュッフェのデザートコーナーから取ったプディングやソフトクリーム、ベリー類、キウイにバナナなどが綺麗に盛り付けられ、即席のプリンアラモードが完成している。


(これからは料理関係のことはフレイムに頼るのが正解ね。私もずっと家事全般を担って来たから、それなりにやれるとは思うけれど)


 とは言っても、自分だってフレイムに手料理を振る舞いたい。彼に負けないくらい料理上手にならなければ――と、変な方向に張り切る。


「いっぱい飲んで食えよ」


 フレイムがせっせと紅茶に砂糖を入れてかき混ぜてくれる。


「ミルクはどうする?」

「うーん……ソフトクリームがあるからとりあえず要らないわ。欲しくなったら後で足せばいいもの」


 ここはビュッフェの個室なので、人目を気にせず話せる。個室にした理由は、まだ人が少ない時間とはいえ、誰かに見付かって付きまとわれるのが嫌だからだ。


 現在、聖威師やフレイムも神官たちの売り込みに合っている。他の皆はさらりとかわせるが、アマーリエはまだそのスキルがない。

 困った時には聖威師の権限ではっきり拒絶し、相手に下がれと命じるよう言われている。どうにもならない時は念話でヘルプすれば誰かが助けに来てくれることになっていた。


「うん、美味しいわ」


 紅茶を一口飲み、プリンアラモードを頬張って頷くものの、やはりフレイムが作る料理の方が格段に美味しい。


(まだ親の支配下にあった頃の私が聞いたら、贅沢だと驚くでしょうね)


 だが今は、愛される幸福を知ってしまった。甘やかされる喜びを知ってしまった。大切にされる嬉しさを知ってしまった。もう、知らなかった頃には戻れない。きっと自分は、これからどんどん欲張りになっていくだろう。


『おぅ、ねだれねだれ。いくらでもねだれ』そう言って両手を広げて応えてくれる、目の前の優しい神の胸に抱かれて。


 そんなことを考えながらプリンアラモードを食べ終わり、紅茶を飲む。今はまだ夜勤の勤務時間内だ。このお茶休憩はフルードの厚意によるもの。早く戻った方がいい。


《大神官、遅くなって申し訳ありません。もうすぐ戻ります》


 念話すると、すぐに返事があった。


《私から言い出したことなのでもっとゆっくりしても良いのですよ。焔神様はもうお帰りになられましたか?》

《いいえ、まだおります》


 アマーリエの目の前で、美味(うま)そうにホットコーヒーとチップスをつまんでいる。


《そうですか。では、少し念話を繋ぎます》


 次の瞬間、アマーリエとフレイム、フルードを対象に念話網が張られた。


《おー、どうした?》


 すぐに気付いたフレイムが、柔らかな声音で話しかける。


《風神様と地神様の神器暴走の経緯が分かりました》


 フルードが静かに答える。フレイムをこのような形で巻き込んだ以上、伝えておくべきと思ったのだろう。


《もう照覧祭が近いでしょう。どうにか自分を神使に選んでいただきたいと思った属国の神官の一人が、四大高位神の神器の力で自分の波動や霊威を底上げしようと思ったようなのです。そして、人が少ない夜明け前の神官府で機会を窺い、まんまと持ち出そうとしたところ、暴走したと》


 思いもよらない動機に、アマーリエは目を見張った。腕組みしたフレイムの目が剣呑に細まる。


《つまり、天の目をごまかそうとしたってことか》

《そういうことになります。神使選定を行なっているのは使役……先達(せんだつ)の神使です。神ではない彼らは神威を持たない。今回の選定のように特別な神命を授かっている場合などは、神威の欠片を与えられて聖威を使えるようになることはありますが。しかし、それでも神ではないので、四大高位神の神器ならば確実に効くと思ったようです》


 神の遣いを馬鹿にした思考回路だ。不機嫌な舌打ちが響く。


《呆れた奴だな。後でそいつの情報を教えろ。こいつだけは選ばねえ方がいいと使役たちに通達を出しておく。……だが、それはそれとして。その属国の管理体制はどうなってんだ。最高格の神器を誰でもほいほい持ち出せるのか?》

《四大高位神の神器は強力な結界の中に安置されていたそうです。結界解除には複雑な手順が必要になります》


 万一盗まれるか破損でもすれば一大事だ。当然の措置である。


《しかし、災害や大事故など突発的な出来事で、どうしてもすぐに神器を持ち出す必要が生じるかもしれません。ですので、主任神官と副主任神官には、一発で結界を解除できる特別な呪文が伝えられていました》


 アマーリエは嫌な予感がした。フレイムも同様だったらしく、神妙な顔になっている。


《おい、それって……》

《今回神器を持ち出したのは、副主任神官の息子です。酒に弱い父親を酔わせて呪文を聞き出したのだそうです。副主任神官は自白防止の霊具を持っていますが、自宅の中で家族だけになっている時は外していたそうです》

《あーあー……》


 何とも言えない空気が場に満ちた。これは身内の罠というやつだろうか。


《ただ、暴走した神器は、過去の属国の王が〝私利私欲には使わず、国益や公のためにのみ使う〟と四大高位神に約束して下賜されたものでした。〝もしも私情で使おうと考えてこの神器を手にした場合、禁忌を犯された神器は狂い、周囲のものに牙を剥く〟と条件を付けられての下賜だったそうです》

《今回はまさしく私情で使ったから暴走したわけか》

《はい。まず風神様と地神様の神器を両手に持ったところで暴走したので、触れられなかった火神様と水神様の神器は無事で済んだようです》


 それが神器暴走の簡単な経緯だそうだ。


(くだん)の神官と副主任については、当該属国の神官府で厳重に処分を検討するそうです》


 説明するフルードの声が硬い。


《このような思考の者がいずれ昇天して神使になるとは》


 選定で見出されずとも、死後は自動的にいずれかの神には割り振られるのだ。フレイムが宥めるように言った。


《霊威の強弱は本人の資質で決まる。人格や神の寵愛は関係ないから、ダメダメな奴が(しるし)を発現して神官になることもあるしな》


 性格が悪くとも、何かの分野で突出した才能を持っている者がいるのと同じだ。立派な精神を持っていなくても強い霊威を持つこともある。


《ま、そういう奴は変な神にしか付かせてもらえねえから。悪神まではいかなくても、性格や性癖に難ありの神に当てられる。今回のダメ神官もそうなるだろうから、それが罰になる》

《そうですね》


 フルードが気を取り直した声で応じる。


《改めまして、焔神様におかれましては本日はご足労をおかけし……っ》


 おそらく締めと思われる言葉が、途中で途切れた。アマーリエの頭頂から足先まで戦慄が駆け抜ける。全身の毛穴が一斉に開くような感覚。


 直感が告げる。

 ――これは降臨だ。


(神が降りたんだわ!)

《申し訳ありません、いったん失礼いたします》


 短く言い置き、念話網が消失する。同時にフレイムがハッと天井を見上げ、いつもより一段高い声を上げた。


「――()()?」


 アマーリエが驚いて視線を向けると、彼は上を見たまま微かに瞳を揺らしている。どこからかの念話を受けているのだ。


「な……水神様、どういうことです。いきなり――はい? 迷惑かけるけどごめんねって何ですか!?」

(水神!?)


 唐突に発された単語に愕然となる。四大高位神がフレイムに何の用なのか。


「ちょっ……くそ、切れちまった」


 眉を寄せたフレイムが立ち上がる。


「ユフィー、感じたな? すまんが行くぞ。神が来た」

「分かったわ」


 頷き、テーブル横のボタンを押した。これでビュッフェのスタッフが食器を下げに来てくれる。基本的に飲食物の片付けはセルフだが、個室は打ち合わせ等で使う場合もあるため、スタッフに任せることが可能だ。


「場所は……」


 聖威を発動し、神威が降りた位置を特定しようとするが、フレイムの方が早かった。


「俺と一緒に転移すれば良い」


 台詞と同時に視界が歪み、一瞬後、勧請の間の一つにいた。


 明々と光が灯る広間。奥にある数段高くなった上座。段を上った手前の位置で、ちょうどフルードが膝を付いて叩頭したところだった。彼の方が一足先に駆け付けたらしい。そして上座の奥に佇んでいる人影。


 アマーリエは大急ぎで上座に移動し、フルードの斜め後ろで同じように跪拝する。神が(いま)す段上まで上がれるのは聖威師の特権だ。霊威師であれば、段下で平伏しなければならない。


泡神(ほうしん)様に降臨いただきましたこと、光栄の極みにございます」


 フルードの言葉に、神は口を開いた。


『聖威師は面を上げ、楽にせよ』


 微かにさざめく水面のような、静かな声だった。フレイムの力強い声とはまた違う。


 許しが出たため、身を起こしたアマーリエはそろりと顔を上げ、その姿を確認する。


 外見は20代の青年。細い眉に切れ長の瞳、冷静さを感じさせる理知的な美貌。白い肌とほっそりした優美な肢体。白に近い水色の長髪はストレートで、腰まで流れている。瞳は少しだけ灰色がかった白色。耳は尖り、瞳孔は縦に裂けていた。ゆるく着付けた神衣は青と水色を基調にしている。


(フレイムとは正反対の神様だわ……)


 アマーリエが思った、次の瞬間。

 青年神の切れ長の双眸が真ん丸になり、ウルウルと潤み始めた。ぶぅぅわぁぁ、と涙が溢れる。


『うぅ……あぁ良かった。パパさんがいる日に合わせたんだ。他の子よりよく知ってるから。ちゃんとパパさんが来てくれて良かった!』


 ガバッとフルードに抱きつき、肩口にスリスリしている。


「パパさん……?」


 思わず声に出して呟いてしまい、しまったと口を押さえて青年を窺う。青年神はくるりと振り向き、赤くなった目元をこちらに向けた。アマーリエと目が合うと、ビクウウゥッ!!! と震えてサササッとフルードの後ろに隠れる。だが彼の方が身長が高い――フレイムと同じくらい長身である――ため、腰を落として体を折り曲げる体勢になっており、やや珍妙な光景だった。


「え? え?」


 アマーリエの方もきょときょと目を瞬く。かつて神々から拒絶された体験が脳裏をよぎり、体が強張りかけるが、フルードの肩から顔を出した青年神が声をかけて来た。


『や、やぁ……はは初めまして。あなたが新しい聖威師か。あ、会えて嬉しいよ……よよよ、よろしく』


 何故そんなにビビるのかと思うような挨拶だった。眉は見事な八の字になっており、淡い白灰色の眼は左右に泳ぎまくっている。


「と、尊き大神にご挨拶いたします。私はアマーリエ・ユフィー・サードと申します。この度はご拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます」

『う、うん』


 コクンと小さく頷くと、青年の整った顔はフルードの肩下に沈んでいった。


(ええぇ……?)


 挨拶してくれたところを見ると、嫌われているわけではなさそうだが。呆然としていると、フルードが口を開いた。


「アマーリエ。この御方は(あわ)の神。泡神フロース様であらせられます。水神様の御子神にして分け身。選ばれし高位神の一柱です。そして……私の息子に寵を与えて下さっている波浪(はろう)の神、波神(はしん)様の双子神でもあられます」


 その言葉に驚くと、再び青年――フロースが、フルードの後ろから頭と目だけを出した。


『そ、そう……ウェイブは私の双子神で兄神なんだ。あちらの方が幼い姿をしているけど……』

「もしかして、だからパパさんと呼んでおられたのでしょうか」


 アマーリエが返した瞬間、泡神は長い髪を翻して大神官の背後に消えた。か細い声だけが聞こえて来る。


『う、う、うん……ウェイブが、こ、この子をパパさんと呼んでいるから……』

「そ、そうでございますか」


 もしや自分は相当怖い顔をしているのかと、アマーリエは両手で頰を(つま)んでムニムニ動かしてみた。


「何をしているのです、アマーリエ」


 変なものを見たような声音でフルードが言い、それを聞いてみたび顔を覗かせたフロースも瞬きしている。


「いえ、私の顔が何か変なので泡神様を驚かせてしまったのかと思いまして」


 えっ、とフロースが小さく呟く。


「気にすんなユフィー」


 声を発したのは、今まで口を挟まず静観していたフレイムだった。


「泡神様はちょっとあがり症で引っ込み思案なんだよ。けどそれだけだし、悪い奴じゃねえから。もちろんお前を嫌ってるとか疎んでるとかもねえ」

「そうなの? ――何だ、ただ大人しくて優しい神様なだけだったのね』


 白灰色の双眸が小さく見開かれた。それに気付かず、アマーリエは安堵を込めて続ける。


「嫌な思いをさせているのでなくて良かったわ」


 胸を撫で下ろしていると、数呼吸ほどの間こちらをじぃっと見つめたフロースが、そろーりとフルードの背から出て来た。フルードとフレイムが驚いたようにそれを見る。


「お、珍しいな。初対面の同胞にはビビリまくりのお前が、どういう風の吹きまわしだ?」


『もう大丈夫だ。アマーリエは良い子だと分かったから。……アマーリエ、私の態度のせいで不安にさせて申し訳なかった』


 口調を滑らかにしておずおずと笑いかける顔は、初見で与える理知的な印象よりもずっと柔らかいものだった。


『いきなりの降臨で驚かせたと思う。すまなかった。私の神威は、焔神様と神官府にいる聖威師にしか感じ取れないようにしている。一般の神官は降臨に気付いていないから、騒ぎにはなっていないはずだ』


 フレイムが首を傾げる。


「滅多に自分の領域から出ないお前が、何で地上に来た? しかも供も付けず単独で。さっき水神様から念話があって、うちのをよろしく頼むよとか何とか仰ってたが……」


 すると、フロースは何故かポッと頰を赤らめた。


『探しに来たんだ』

「探しに……何をだ?」

『私の愛し子を』

ありがとうございました。

明日の朝、最終話を投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ