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78.そして未来へ 上

お読みいただきありがとうございます。

 事件が起きたのは、照覧祭(しょうらんさい)の開始が近付いて来た頃のことだった。


 日が昇る直前の薄紫色の空の下、神官府の敷地にある緑地の一角で轟音が弾けた。空間が幕のように揺らいで縦に裂け、水分を大量に含んだ爆風が噴き出す。


 裂け目から転がるように滑り出て来たのは、見上げるほど巨大な神器。風車の羽根のような形をしたものが高速で回っている。耳障りな音が空気を(いびつ)に振動させた。


 神器が(きし)みを上げて旋転(せんてん)するたび、放射状に放たれる力が周囲の岩を穿ち、地面を削り、木々を吹き飛ばす。絶大な力が文字通りグルグルと円を描いて威力を増し、緑地の外にあるもの全てを壊滅せんと迫った。


 それを阻止するように、神器の前方正面から紅葉の輝きが突っ込んだ。


 ◆◆◆


 《アマーリエ、荒南風(あらはえ)の神器をお願いします》


 聖威を込めた脚で地面を駆けるアマーリエに、上空にいるフルードから念話が届いた。


 《分かりました!》


 半ば飛ぶような勢いで疾走すると、金髪が向かい風を受けて煽られ、視界の端で踊った。


(髪を結んでくるべきだったわ)


 小さな後悔を心の片隅に追いやり、向かう先をキッと見据える。前方から聞こえる、岩壁が砕け樹木が倒れる音と、肌を刺す威圧感。


 数拍後、緑を踏み散らかしながら、鋭い羽根を回転させる神器が現れた。進路を塞ぐこちらを障害物と見なしたのか、ギュルギュルと錆び付いたような音を立てると、神威を含んだ水蒸気の弾丸を雨霰(あめあられ)の勢いで放つ。


 アマーリエは足を止めず、腕に聖威を集中させた。紅葉の輝きが細身の剣と化して掌中に現れる。


「――はぁっ!」


 掛け声と共に剣を横一文字に振るう。その軌跡に呼応し、花弁のような聖威の欠片がヒラヒラと舞った。向かい来る弾丸が全て撫で斬りにされ、後方から直進していた神器がもろともに弾き飛ばされて勢いを落とす。


 その隙を逃さず、アマーリエは握った剣を翻すと、鎮めの聖威を込めながら跳躍した。目の前で動きを鈍らせた神器に、一息(ひといき)に赤い刃を突き立てる。


「鎮静化!」


 紅葉色の剣に貫かれ、叩き落とすようにして地に縫い付けられた風車が回転を止める。


(よし、いけるっ……)


 剣の柄から手を離し、左右の掌を重ねて神器に向けた。


「――正常化っ!」


 聖威が直に注ぎ込まれる。風車の羽根が揺れ、ビクビクと小さく震えた。


 ややあって、場に充満していた威圧が消え、周囲の空気が和らいだ。


(やったわ!)


 内心で快哉を上げ、アマーリエは紅葉の剣を消すと、視線を上に向けながら念話を飛ばした。


 《大神官、こちらは完了しました》


 ◆◆◆


 時はほんの少しだけ遡り、地上のアマーリエが風車の神器と対峙を始めた頃。


 大気を切り裂き、二つの光が緑地の上に広がる大空を飛翔する。先行するのは虹色を帯びた紺の輝き。やや斜め下の後方から追従するように翔けるのは紅碧(べにみどり)の輝き。


 前方には、刺々しい神威を迸らせる竜巻が轟々と荒れ狂っている。その近くで、三日月の形をした緑色の刃と黄色の刃が、複雑怪奇な軌道を描きながら飛び交っていた。


 紺色の光が矢のように翔け、真っ直ぐ竜巻の中に突っ込んだ。後方に付けていた紅碧の光は緑と黄色の刃へ迫る。二色の三日月がそろって臨戦体勢に入り、圧倒的な神威を噴き上げた。


 ◆◆◆


「……やはり風神様と地神様の神器が狂っている」


 紅碧の輝きを纏って飛翔するフルードは、小さく呻きながら二色の刃を睥睨(へいげい)した。緑と黄。風神と地神の神威の色を纏う刃が、光をも置き去る速さで両脇から迫撃して来た。


「何故このようなことに……」


 呟き、中空で一回転して挟撃をかわす。両の手を交差させると、拳に紅蓮の焔が宿る。


「焔の神器よ、お力をお貸し下さい」


 そのまま腕を左右に振り抜くと、噴き上がった神炎は手甲(てっこう)の形を取って両手に収束した。

 じんわりと温かくなった手を腰の巾着に伸ばし、中に入っている四色の玉のうち、緑色と黄色を掴む。玉から激しい火花が飛び散るが、手甲に守られた腕が傷付くことはない。燃える神炎の色が紅蓮から真赤(まあか)に変わる。

 新たな緑と黄の光が湧き上がり、玉が変形した。緑色の玉はスラリとした剣に、黄色の玉は長杖に。


 真赤に揺らめく手甲越しに、右手に剣、左手に杖を構えたフルードが宙を翔けた。眼前を飛び交う緑と黄の刃が交錯した瞬間を狙って肉薄し、両腕を振るう。そして、華麗な一閃を二色の刃へ同時に叩き込んだ。


 緑の刃には緑剣の、黄の刃には黄杖の一撃が入る。同色の力がぶつかり、爆音と共に二つの刃がきりもみしながら宙を舞った。フルードは剣を緑刃に、杖を黄刃に向ける。


「鎮静化、正常化」


 号令と共に、剣と杖から放たれた光線が刃を直撃し、閃光が走った。やがて目を()く光が収まると、三日月の形をした緑と黄色の神器が、力なく地面に落下していった。それを一瞥(いちべつ)し、剣と杖を玉に戻して巾着に入れ、灼熱の手甲を自身の内に還す。


 《大神官、こちらは完了しました》


 折良く脳裏にアマーリエからの念話が弾けた。下を見ると、元気な様子で小さく手を振っている。横には鎮静化と正常化が完了した風車の神器が転がっていた。


 フルードは口元を緩めて手を振り返す。そのまま高度を下げながら、ホッと安堵の息を吐いた。

 風神と地神の神器を相手にしつつ、遠視で彼女の様子を見守っていたため、怪我がないことは分かっていたが……やはり直に見ると安心できる。


 そして二人は視線を合わせて頷き合い、優雅な所作でその場に控えた。


 一拍後、空にあった竜巻が(ほど)けた。穏やかに消えゆく渦の中から、虹を纏った紺の輝きが現れる。


「「こちらは万事解決してございます、紺月帝(こんげつてい)様」」


 同じ方向を向いて頭を下げるフルードとアマーリエが、ピタリと声をそろえた。


 引き締まった長身痩躯を翻して虚空に身を躍らせた美貌の青年が、ニヤリと唇の端をつり上げる。凄絶な麗姿に少し跳ねた鮮やかな金の短髪、見開いた瞳は夜空のごとき深青。紺色のローブが風を(はら)んではためく。


「フルード、アマーリエ! 上出来だよー(ナイスプレー)!」


 親指を立てて賞賛を送ると、紺の皇帝は軽やかに肢体を反転させた。明け方の空を一直線に帝城へと飛び去っていく。虹の燐光を纏う紺光が、大空に流星のような残像を描いた。


 ◆◆◆


 皇帝の気配が遠ざかると、フルードとアマーリエはさっと頭を上げた。


「アマーリエ、よくできました。また腕を上げましたね」


 アマーリエの斜め上に浮かんでいたフルードがふわりと地面に降り立ち、穏やかに目を細める。神官衣の裾を払って立ち上がったアマーリエは、笑顔で首を横に振った。


「私などまだまだ……。大神官のご指導のおかげです」


 謙虚な言葉に微笑みを返したフルードだが、地面に落ちて沈黙していた緑と黄の三日月を拾うと、一転して表情を曇らせた。二つの神器を丁重に布でくるんで懐にしまい、困ったように眉を(ひそ)める。


「それにしても、四大高位神の神器を複数同時に暴走させるとは。一体何故そうなってしまったのか、()の国に確認します」


 ――本日、夜も明けやらぬうちからとんでもない事件が起こった。


 ある属国の神官府に下賜されていた四大高位神の神器のうち、風神と地神の神器が暴走してしまったというのだ。しかも、風神の神器が狂ったことに呼応し、中位神が創生した雨風を操る神器までが付随して暴れ出した。


 日が昇らない時間に起きた事件に属国の神官府はひっくり返り、夜勤をしていた神官たちは恐慌状態に陥った。


 そして、たまたま早朝にかけて行う神事で勧請中であった竜巻の高位神に対して大ポカ対応を連発し、非常に怒らせた。


 こうなると当然属国の手に負えるはずもなく、神器はすぐに帝都の中央本府に転送された。


 しかし、四大高位神の神器となれば聖威でも太刀打ちできない。夜勤中に急報を受けたフルードは、中央本府にある四大高位神の神器を用いて対処することにした。同じ四大高位神の神器でも、中央本府のものは属国のそれより格上だ。打ち合えば勝てるという目算はあった。


 ただし、央本府にある神器は、格上でありさらに強大な力を有する分、その御稜威(みいつ)を一定以上発揮しようとすると高濃度の神威の火花を放出する。ゆえに防御として焔神の神器の力を借りた。


 また、竜巻の神は改めて中央本府に勧請(かんじょう)し直し、皇帝が宥めることになった。こちらは神自身が関わっていることなので天威師が動く。


 そのため、本日は夜明け前から天威師と聖威師が連携して協同任務を行う騒ぎとなった。


「今日は早くから災難でしたね、アマーリエ」

「いいえ、これも仕事ですから。それに大神官がいて下さったので不安はありませんでした。実践経験も積めましたし」


 フルードは多忙な時間をこじ開け、まめまめしくアマーリエを指導してくれる。今回は互いの夜勤が重なったため、一対一で聖威の使い方を教えてくれていた。その時に属国から急報が届いたのだ。


「本当に、あなたがいてくれて助かりました。聖威の使い方も神器への対処も、格段に上手くなっていますよ」


 今回、荒南風(あらはえ)の神器に関しては、属国にある『暴走神器を鎮めるための神器』でも対処可能だった。しかし、急報を入れて来た際の先方の狼狽(うろた)えようをみるに、冷静な対応ができるとは思えなかった。そこで、まとめてこちらで引き取ることにしたのだ。


「私は確認作業がありますので先に戻ります」


 フルードは優しく言い、側に転がっていた風車型の神器を取り上げた。


「あっ、自分で持って行きますから……」

「ついでなので一緒に運びます。あなたは夜勤で疲れているでしょうから、お茶の一杯くらい飲んでから来て下さい」


 巨大な風車を細い片腕であっさり担ぎ、その姿がスッとかき消えた。残されたアマーリエはほぅと息を漏らす。


(大神官って本当に優しいわ)


 少なくとも、テスオラ王国で上司だった神官に比べれば雲泥の差だ。


(こんなに恵まれていて良いのかしら、私)


 辛酸を舐めていた少し前までとは環境が変わりすぎて、今でもふとそんなことを思ってしまう。


(お茶でも飲んでと言われたけれど……大神官だって夜勤でお疲れなのに)


 昨日くらいから、何となくフルードに覇気がなく、顔色も良くないように感じた。大神官ともなれば激務だろうから、疲れが溜まっているのかもしれない。


(私だけ休憩するなんて申し訳ないわ。早く行きましょう)


 そう考えた時。


「ユフィー!」


 思考をぶった斬り、騒がしい声が弾けた。ワインレッドの髪をそよがせ、端整な美貌を硬くしたフレイムが転移で現れた。


「フレイム?」

(どうしてここに?)


 彼は今頃、特製じっくりコトコトビーフシチューの仕上げにかかっているはずなのに。


 フレイムは実は料理が上手い。店で既製品を買うより、彼自身に作ってもらった方が絶対に良い。あの味は本気(まじ)で神。との情報をフルードから仕入れたアマーリエは、先日おねだりして軽食を作ってもらった。そしてあまりの美味しさに感動し……邸の料理人には申し訳ないが、彼らより上手いと思ってしまった……、ひたすら褒めちぎった。


『美味しいわ!』

『フレイムって料理の天才なのね!』

『最っっっ高!』


 すると気を良くしたフレイムは、その後も空き時間にちょくちょくキッチンに立つようになった。

 何でも、精霊だった頃や神使の頃は、神に仕える立場だったために神饌(しんせん)なども作っていたらしい。さらに、フルードを一時自分の手元に置いていた時期があり、その時に人間の料理をマスターしたそうだ。料理以外でも掃除や洗濯など一通りのことはできると言っていた。


 軽食から本格的な料理、スイーツ、ドリンク、他国の料理まで何でもござれで、昨夜は夜勤明けのアマーリエのために一晩じっくり煮込む特製のコトコトビーフシチューを作っておくと言ってくれた。


「セインから念話が来たんだ。お前が神器を鎮めたって」

「ああ……大神官が知らせてくれたのね。大丈夫よ、怪我はしなかったわ」


 アマーリエの全身を確認しているフレイムに微笑みかけると、山吹の瞳から力が抜けた。


「そうか、なら良いんだ。慌てすぎて料理ほっぽり出して来ちまった」


 確かに、よく見ると白い前掛けを着けたままだ。アマーリエは目を剥いた。


「ええ!? 火は!? 火は消してきたのよね!?」

「おぅ、そこは任しとけ! 火の後始末は大事だからな!」

「良かったわ、さすがフレイム!」


 互いに家事経験がある身なので、こんな会話になる。


「見ての通り私は大丈夫だから。せっかく来てくれたのに悪いけれど、もう戻ってもらっても……」

「いや、セインに頼まれたんだ。お前はきっと『私だけ休憩するなんて申し訳ないわ。早く行きましょう』って遠慮するだろうから、ビュッフェに引っ張ってってくれだと」

(だーいーしーんーかーんー!)


 まさか聖威で心を読まれたのかと思うほど、ピタリとこちらの考えを当てて来る。なお、夜勤の神官もいるため、ビュッフェは終日営業だ。今の時間でも開いている。


「ビーフシチューは後でまた煮込めばいいしな。ほら行こうぜ!」

(きゃ〜!)


 長身のフレイムに軽々と抱き上げられ、アマーリエはビュッフェに連行されていった。



 この時はまだ、想像もしていなかった。

 明け方の神器暴走は、今日起こる事件の前半に過ぎなかったのだと。

ありがとうございました。

次話でいったん一区切りです。

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