75.大好き②
いつもお読みいただきありがとうございます。
もう少しで一区切りです。
◆◆◆
その後、フレイムは神官や使役の様子を確認するため、別行動を取ることになった。式典に参加したアマーリエは、緊張しつつも恙無く開会挨拶を終わらせた。
「初めてにしては上々でしたよ。よく頑張りました」
式典が終わった後の控え室にて、会場の隅で見てくれていたオーネリアが満足げに頷く。
「ところで、現在テスオラ王国の主任神官が中央本府に来ています。あなたが最近まで所属していた所ですね」
「はい」
知ってます。さっき大神官が絶好調で詰めてました。……とは言えず、アマーリエは短く頷いた。
「彼の国の神官府から報告があったのですが……来たる照覧祭に、王国のアヴェント侯爵家の息女リーリア嬢も参列するそうです」
照覧祭。つい先日、属国の神官府において主催することが決まった行事である。現在は帝都と皇都の中央本府をメインに神使選定を行なっている天の使役たちに、属国の神官をアピールしたいという趣旨で開催されることになった。
照覧祭の運営は各属国の神官府が担うため、中央本府は基本的に静観することになっている。各種の取りまとめや調整など幾つかの仕事は発生するが、それらは霊威師の役目となっており、聖威師は原則関与しない。何故ならば――
「リーリア様……テスオラ王国の神官府では有名な方でした。王国では一二を争う神官だと。次代の主任神官と目されてもおりました。私は父に押さえ付けられていたこともあり、直接お話ししたことはないのですが、お姿を見かけたことは何度かあります」
綺麗な金髪に緑の目をした美少女で、年はアマーリエと同じか少し下くらいに見えた。そして、先ほどフルードに絞られていたテスオラの新主任の娘でもある。
(リーリア様が照覧祭に参加するのは当然のことだわ)
納得するアマーリエの前で、オーネリアは難しい顔をしている。
「実は、テスオラの神官府とアヴェント家から連名で中央本府に依頼書が届いているのです。照覧祭の折、リーリアをアマーリエ様に目通りさせていただきたい、と」
思いもよらない言葉に目を瞬かせたアマーリエは、すぐにげんなりした表情になった。
「もしかして……神使選定の件でしょうか」
「現時点では何とも言えませんが、可能性はあります。リーリアはあなたと同性で年も近いですから、お近付きになりやすいと踏んでいるのかもしれません」
「困ります……。私などまだ聖威師になったばかりの身ですのに、神使を選ぶなんて」
各属国の強い要望により照覧祭の開催が決まった頃、天の神々が声を下ろして来たのだ。
『聖威師も神格を持っているのだし、神使を選んではどうか』
『照覧祭とやらで各国の霊威師たちを確認してみよ』
『これと思う者がいれば今から取り立てておきなさい』
『照覧祭における諸々の仕事は人間の神官にさせれば良い』
聖威師はいずれ昇天して神に還る。その後は自分の神使を持つことになるだろう。ゆえに、将来の神使として良さそうな者がいれば今の時点から唾を付けておけというのだ。
つまり、来たる照覧祭において、聖威師は神官ではなく神側で参加する。選ぶ側になるということだ。照覧祭での仕事が主任神官を中心とした霊威師に振られるのはそれが理由である。
神託を知った神官たちは、聖威師にも必死で売り込みを始めた。聖威師が昇天した暁には自分を使役に、と冗談混じりに言う者は以前からいたが、実際に神々がそれを提案した現在は真剣になっている。
そして、この事態に泡を食っているのがアマーリエだった。神官の熱いアピールを上手く捌けるオーネリアやフルードたち熟練の聖威師と違い、まだまだ勝手の分からない自分が神使を選ぶなど冗談ではない。
リーリアが目通りを願っているのも、売り込み狙いかもしれないと勘ぐってしまう。そうでもなければ、接点のない彼女がわざわざアマーリエに会いたいと望むはずがないのだから。
(勘弁して……)
なお、フレイムもフレイムで、焔神様もぜひ神使をお選び下さいと言われているのをのらりくらりとかわしている。
「依頼を受けるか否かはあなた自身の判断に委ねます。ただ、テスオラ王国と彼の国の神官府には良い思い出が少ないでしょうから、無理はしないようになさい。大神官と神官長もその点を心配していましたよ。嫌ならば遠慮なく断って構いません。返事は私たちの方でしますから」
「は、はい……。どうするか一度検討してみます」
頭が痛いと、アマーリエはそっとこめかみを揉んだ。オーネリアの話はまだ続く。
「また、本日は所用で皇帝様がお越しになられます。神官府内を散策されますので、お会いすることがあるかもしれません」
「まあ、皇帝様が……承知いたしました」
(そういえば、予定表にあったわ。けれど神官府は広いから、鉢合わせはしないわよ)
きっと大丈夫だろうと楽観視するアマーリエだが、世間ではそれをフラグという。
その後は簡単な仕事をこなし、休憩時間に中庭を歩いていると、神官府の渡り廊下を誰かが通っていくのが見えた。
(……大神官?)
ちらりと見えた横顔と後ろ姿はフルードにそっくりだった。だが、神官衣の上に纏っている衣の色が少し違う。先ほど応接室で見かけた時は焦げ茶がかった黒色の上衣を羽織っていたが、視界の先で歩いている彼は混じり気のない漆黒の上衣を翻していた。
ポカンとしている間に、人影はあっという間に廊下を渡っていった。
(いつの間に着替えたのかしら)
首を捻っていると、草を踏む微かな音が聞こえた。何だろうと振り向いて瞠目する。虹の気を帯びた青年がこちらへ歩いて来ていた。
くくるほど長い金髪に、晴れ渡った大空を映したような淡青の瞳。完璧という表現すら虚しくなるほどの、凄絶にして絶世の美貌。しなやかな動きに合わせ、威厳ある黄色のローブが揺れる。背後にはアシュトンと、アシュトンによく似た怜悧な美貌の青年を従えている。
彼が誰であるか、聖威師の直感が教えてくれた。
(こ、皇帝様……帝国の皇帝様だわ)
アマーリエが端に寄って頭を下げると、皇帝が呟いた。
「聖威師か」
「はい。こちらは先日寵を得たばかりのアマーリエ・ユフィー・サードでございます」
アシュトンの隣にいる青年が紹介してくれる。彼はライナス・イステンド。アシュトンの父親で、フルードの前の帝国神官府大神官だ。老化しない聖威師の特性により、外見は二十代にしか見えない。皇国の前大神官にして当真の父、唯全当波と共に急務に出ていたため、星降の儀では不在だった。
帝国と皇国の全神官が総出で出席する星降の儀だが、本祭の開始より7日前に、ある属国の神官府で神器に関する大問題が発生したことから、そちらを収束させるためライナスと当波はやむを得ず欠席していた。しかも属国側の不手際が重なって事後処理が長引き、連泊での任務となったことから、後祭にも出ていない。
アマーリエがライナスから視線を戻すと、こちらを一瞥した皇帝が口を開く。
「私は帝国皇帝オルディス。ようこそ神の領域へ」
ありがとうございました。