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71.フレイムとフルード 前編

お読みいただきありがとうございます。

 内心でボヤきつつ、紅茶を一口飲んでから話を続ける。


「バカ家族は神官府の肉体労働で一生を終えさせる。バカ母は未だに属国の神官府に籍があるようだが、こっちに所有権を移させればいい。死んだ後のことは、本人たちの更生度合いで四大高位神が決める」


 ミリエーナに関しては、悪神に踊らされていただけという見方もできる。しかし彼女は、弁明の書簡で、『アマーリエが邪神をたぶらかし、焔神を騙して運命を入れ替えた。焔神の真の愛し子は自分の方である』という内容を書いてしまった。

 だが、この書簡がしたためられた時点で、アマーリエは神格を得てフレイムの愛し子になっていた。つまり、ただの姉ではなく神を貶めてしまったのだ。十分すぎるほどに罰の対象となる。


「とはいえ、ただ放り出して反省しろ努力しろ更生しろって(わめ)くだけなのもアレだからな。大サービスで手を打ってやろうと思ってる。そういうのが得意な神に協力してもらうんだ」

「調教神オーア様ですか」

「大当たり!」


 打てば響くように返したフルードに、フレイムはパチンと指を鳴らした。


「神官府で労働させながら、並行してオーアの厳しい指導を受けさせる。ビッシバシ(しご)きまくって再教育してくれるぜ。そうすりゃ浄化の火が消える10年後までにはワンチャンあるだろ。ついでだし、バカ婚約者の分も頼んどいてやろうか?」

「ぜひお願いいたします。実は私も調教神様にシュードンの再教育を依頼しようと思っていたのです。調教神様の指導は壮絶の一言に尽きますから、当人には相当な罰になるでしょうし、扱きに扱かれている姿を見れば邪神様を始め悪神様方も少しは溜飲(りゅういん)を下げられるでしょう。シュードンたちがそれでも変われなければ、そこまでです」

「じゃあ俺から頼んどくな。……ラモスとディモスはどう思う」


 大人しくやり取りを聞いていた聖獣たちは、口々に答えた。


『お考えの内容でよろしいかと思います』

『そこまでなさったのであれば、結果がどうなろうと主も納得されるでしょう』

(俺としては物足りねえけどなー)


 本当は、神の炎で焼いて人間用の地獄に墜としてやりたかった。もう少し甘い処分にするとしても、神の権限で人権を剥奪した上、昔は奴隷用に使われていたとされる地下の重労働場に放り込んで拷問に等しい苦役に従事させ、更生するという思考も機会も与えないまま天寿を全うさせるくらいはやろうと思っていた。そうすれば、彼らが救われる道は閉ざされる。

 だがそれをせず、何やかやで手を回してやったのは、アマーリエの厚意とフレイムのなけなしの慈悲だ。


 霊威の強弱が物を言う世界に生まれ、否応無く政略結婚せざるを得なかった夫婦と、高い霊威だけを期待されていた娘。本当に自分を愛してくれる人はおらず、虚構の家族愛を塗り固めて一人ぼっちで生きて来た――そしてこれからもずっと惨めに孤独に生きていくであろう彼らへの、最後の情けだった。


(精々後悔してキツイ労働してボッッッコボコに矯正されて――根っこからやり直してみるんだな)


 サード家もシュードンも、ついでにネイーシャの実家の面々も。最後の最後に踏ん張って持ち直し、根本から生まれ変わることができれば。いつか天に上がった時、四大高位神はもう一度だけ慈悲を見せてくれるかもしれない。


「彼らが今後、アマーリエと会うことがないよう労働内容を調整させます」

「ん、そうだな。あー、これで概要が決まりそうだな」

「ええ。詳細はこれから固めていくとして……先が見えましたね。ちなみにテスオラ王国のミハロ・デーグは、神器の管理を怠り暴走させた罪により、属国で裁かれています。どのような処分になろうと社会的に抹殺されるよう手を回しましたので、二度とアマーリエの前に現れることはありません」


 デーグ家は今でこそ完全に落ちぶれ、紆余曲折の経緯を経てしがない酒屋を経営している。だが、大昔は高名な神官を輩出した家系だったそうで、王国は騒ぎになっているようだ。


「ダライに関しては、神器暴走の解決を安請け合いした件でも詰められるでしょう」


 無関係な家族を巻き込み、勝手にサード家として解決を約束したのだから、当然である。フレイムが頷いて同意を示した。


「よし、ユフィーの件はひとまず今ので行こう。不完全燃焼ではあるがな」

「ご不満ですか?」

「もっとキツイ内容にしたかった。お前も知っての通り、俺が直接バカ家族に神罰を与えてやろうとしたことも何度かある。けど、そのたびにユフィーに止められちまった」


『私はもうあの人たちのことは踏ん切りが付いたから。フレイムがわざわざ手を下す必要なんかないわ。そんなことに労力と時間を使うくらいなら、私と一緒に少しでもたくさん過ごして欲しいのよ』

『天界の話を聞きたいし、私の話も聞いて欲しいし、食事したいし、遊びにも行きたいわ。して欲しいこともやりたいこともいっぱいあるの。フレイム、私をめいっぱい甘やかしてくれるのでしょう?』


 上目遣いでじっとこちらを見上げ、少しだけ眉を下げた極上の笑顔で言われれば、フレイムの完敗だった。


「死後の四大高位神による裁定はともかく、生きている間の処分については、人間の法を超える範囲や方法で罰しようとすると素早くストップをかけて来る。しかもこっちが()ね付けられないような言い方でだ」


 そういうことが続いた結果、不承不承ながらフレイムが処分を妥協した。アマーリエの粘り勝ちだ。


「俺が動こうとするタイミングで的確に止めて来るんだよなぁ。本人に言わずこっそりやろうとしても、遠隔で片手間に罰を下そうとしても、ユフィーが神官府で仕事してるはずの時間を狙っても、何故かさささーっとやって来て止めるんだぜ。おかしいよなぁ、そんなに何度も上手く仕事を抜けて来られるなんて」


 アマーリエに手を貸し、色々とアドバイスしている者がいることは確実だ。


「そうですね。ところでこちらのフィナンシェ、プレーンかショコラかチーズ、どれがオススメですか? アマーリエは蜂蜜バターたっぷりのプレーンが一番シンプルで好みだと言っていましたよ」


 フレイムはうーんと腕組みした。フィナンシェを選んでいるフルードを見る。


「帝都で一二を争う有名店の品だ。どれでも美味いだろ。……にしても、どこから俺の動きが漏れてるんだろうなぁ。俺がいつどう動くつもりかは大神官と神官長にしか連絡してないはずなんだが。そんでお前はユフィーと随分仲がいいんだなー」

「そうですねー」

「かと思えば、一番肝心な場……処分の方向性を確認するこの話し合いの場から、ユフィーはあっさり退室した。まるで自分がいなくても大丈夫だって察してるみたいだ。何か不思議だなぁー」

「ですねー、ふしぎふしぎー」


 力強い眼にひたと見据えられても、棒読みで相槌を打つフルードは素知らぬ顔でフィナンシェを見ている。かと思えば、瞬きして一つを指差した。


「こちらのピンクのものは?」

「季節限定品らしいぜ。三種のベリーを使ったものとかで……ストロベリーとラズベリーとブルーベリーだったかな」

「ではこれにします」


 にこりと微笑み、淡いベージュピンクのフィナンシェをパクリと一口頬張ると、心から幸せそうに表情を緩めた。


「やっぱり甘い物は美味しいですね。もう一ついただいてもいいですか?」

「…………あー、分かった分かった。全部の味を食べりゃいいだろ。何個でも食っとけ」


 溜め息を吐いたフレイムが肩を竦め、あからさまな話題転換に乗った。フルードが嬉しそうに微笑む。選ばれし神を相手に見え透いたはぐらかしをしても、一切の緊張も恐れも見られない。フレイムは彼の絶対の庇護者であり安全地帯だからだ。事実、フルードを見る山吹色の眼差しは一貫して温かい。


「んじゃ打ち合わせは終わりだ。ラモス、ディモス。俺はもう少し大神官と話すから、お前らはユフィーの所に戻ってな」

『承知いたしました』

『ではこれにて失礼いたします』


 頷いたラモスとディモスがかき消える。転移でアマーリエの元に行ったのだろう。部屋に残ったのはフレイムとフルードだけになった。


「にしても、俺とお前は考えることが似てるなぁ。俺の方は渋々だったとはいえ、考えた処分の内容はほぼ同じだったじゃねえか」


 奇遇だな、と笑うフレイムに、フルードはあっさり頷いた。


「思考が近いのは当然でしょう。……聖威師になりたてで右も左も分からなかった頃の私に多くを教えて下さったのは、他ならぬあなたなのですから」


 フレイムとフルードは昔からの知己(ちき)だ。より正確に表現すれば、師弟であり義兄弟である。狼神の寵を得たばかりのフルードが神事でフレイムを勧請し、それをきっかけに世話を焼くようになったのが始まりだった。


 幼少期の生育環境に問題があったフルードは、両親から壮絶な虐待を受け、売り飛ばされた貴族の家でも虐げられ、心身共に散々な状態にあった。高位の神に見初められたことをきっかけに過酷な境遇から脱したものの、心に負った傷が深すぎて聖威を使いこなせなかった。

 そんな時にフレイムと出会い、師匠兼義兄になってもらい、指南を受けながら心の傷を癒してもらった。


「力の使い方、戦い方、神との対峙方法、心の持ちよう、立ち振る舞い、その他多くのことをあなたに教わりました」


 当時を思い出すように虚空を見つめ、フルードが言う。フレイムは優しい目でそれを見た。


 今回の騒動で神官たちの前に姿を現した際は、『今の俺は内密に神使として降りてるお忍び状態だから、正体を言うな。俺のことは知らないフリをしろ』と聖威師たちに一斉念話をし、それを受けて対応したフルードと息を合わせて初対面の振りをしたのだ。


 現在地上にいる神官たちの中で、フレイムを勧請したことがある、もしくは容姿を知っているのは聖威師のみ。他の神官は勧請に立ち会ったこともなく、フレイムの姿を知らないので、それでごまかせた。


「ピヨピヨしてた泣き虫もすっかり成鳥だな。しばらく会わないうちに無茶ばっかするようになりやがって」


 フルードが姿勢を正し、深く頭を下げる。


「改めまして、その節は大変お世話になりました。こうしてまたお目通りできましたことを嬉しく思います」

「俺も会いたかった。どうしてっかなぁとはずっと思ってたんだ」


 穏やかな口調で返したフレイムに破顔し、フルードは紅茶のポットを手にした。


「中身が少なくなっておりますので、お代わりをお注ぎいたします」


 保温霊具が貼られたポットを傾けると、赤みを帯びた琥珀色の液体が、細い線となって音もなくカップに流れ落ちた。それを眺めながら、フレイムはポツリと言葉を漏らした。


「なぁ……よくあのバカ婚約者に機会を与えたな。――キレてるだろ、めちゃくちゃ」

ありがとうございました。

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