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69.これからもっと幸せになる

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「焔神様にご挨拶申し上げます」


 応接室で立ったまま待っていたフルードは、まずフレイムに礼をした。繊細な雪がそっと舞い落ちるような、美しく優美な所作だ。


「おー。まぁ座れ座れ」


 気さくな調子で頷いたフレイムが上座に腰掛け、アマーリエが隣に座る。この邸はアマーリエのものだが、最も位が高いのはフレイムだからだ。後ろにはラモスとディモスが控えた。壁に並んだ使用人たちが、テキパキと茶菓を配っていく。


「配膳を終えたら下がってちょうだい。――ようこそお越し下さいました」


 使用人たちを退室させて人払いをし、客人用の席に座ったフルードに目礼すると、優しい瞳がふわりと細められる。


「こちらこそ慌ただしくてすみません。もう少しゆっくり来るべきでしたね」


 着替えていないアマーリエの装いを見て申し訳なさそうに肩をすぼめるフルードに、急いで手を振る。


「いいえ、帰るなり話が弾んでしまっただけですので」

「そうですか。ところで、出迎えの使用人に何か不自由な点はないか確認したところ、収納霊具について聞かれましたよ。なるべく容量が大きくて、良いものはあるかと」


 使用人たちが、さっそく情報収集を始めてくれたらしい。


(チャンスだわ)

「ええ、実は服飾品や宝飾品の保管場所で悩んでいるのです。何しろ、短期間で一気に数が増えたものですから。とても嬉しいのですが、貴族用の収納霊具を複数使っても追い付かないほどで」


 さり気なくフレイムを見ながら言う。


(申し訳ないけれど、これ以上の贈り物は入らないら困るって、伝わったかしら?)


 だが、フルードはいつも通り穏和に微笑みながら頷いた。


「ならば、保管専用の別棟を増築させましょう」

「……え? 別棟?」

「もしくは、特別な収納霊具を支給しましょうか。業務用でしたら、舞踏会の大ホール数十室分に相当する収納空間を内包していますから、少しは余裕ができるかと」

「ぎょ、業務用ですか……」

「あるいは、大規模な災害が起きた時などに使う特級霊具を用いる方法もあります。特級であれば、異次元の収納量を設定できます。例えば水でいえば、川や湖を満たせるほどの容量を収めることも可能でしょう」

「いえ、あの」

(そうではなくて……そもそも収納できても使い切れないのだし)


 口を開こうとするアマーリエの脳裏に、フルードからの念話が反響した。


《寵を下さった神からの下賜品は、ありがたく受け取っておくのです。あなたとて、自分の大事な者に誕生日プレゼントを贈った時、置く場所がないから要らないと言われたら悲しいでしょう?》

《それは……ですが、余りに量が多すぎて。増えていくばかりで使い切れないのはもったいないです》

《聖威師は皆、同じような悩みを抱えていますが、各自で工夫して使い所を見出しています。私は狼神様の毛で作られたコートをドアマットにしました。アシュトン様は神玉で作られた壺をゴミ箱にしていましたし、当真様は孔雀神様の羽を集めて作った扇をハタキの代わりにしていました。恵奈様は、着用し切れないドレスをザクザク裁断し、雑巾にしていましたよ》

《聖威師って結構失礼ですね!?》

《どんな形であろうと、使うだけで神は喜んで下さるのです。自身が敬愛する神にお喜びいただくためならば、知恵を絞り試行錯誤するくらい容易いことです》


 アマーリエはハッとした。神が愛し子を愛するように、聖威師の方も己に寵を与えてくれた神を慕っている。何としてでも喜んで欲しいと思うほどに。それはアマーリエも同じだ。


《贈り物をそのままの用途で使わなければならないという固定観念を捨てて下さい。極論を言えば、愛し子が笑顔で贈り物を受け取ってくれるだけで、神にとって最大の癒しになるのです》


 そう告げたフルードは、今度は声に出して言葉を放った。


「今日は渡したいものがあります。あなたに必要だと思い、持って来ました」


 デンと置かれたのは、やや厚めの冊子と、分厚い辞典のような書物だった。


『聖威師必読・神からの溺愛に対応するための完全マニュアル〜事例・演習問題付き〜』


 と書かれている。


「……これは?」


 嫌な予感しかしないアマーリエが青ざめながら聞くと、端的な返答が返る。


「説明が要りますか? 読んで字のごとく、です。多くの下賜品への対応なども含め、聖威師が知っておくべきあらゆる事柄が載っています。ひとまず第1巻と、現時点までの全巻の目次が載っている冊子をお持ちしました」

「はぁ……」

「これは聖威師に伝わる秘伝の書。私も初めて見せられた時はふざけんなと思いましたが……あ、いえ何でもありません。とにかくこれは、歴代の聖威師たちが改訂しながら脈々と受け継がれて来た最大の宝なのです」

「絶対もっと大事な宝があると思いますけれど!? というか大神官もちょろっと本音が出て」

「アマーリエ。あなたも聖威師の列に連なった以上、この書を継承し、加筆修正し、次代に伝える義務があるのです。大神官として指示を出します。明日までに第1巻を読めるところまで読んでおきなさい」

「あ、明日までですか!?」


 それではこれからの打ち合わせに参加する時間がほとんど取れなくなる。


「もちろん、できる範囲で、流し読み程度で構いません。焔神様の用事がある場合はそちらを優先すること。また、読書した時間はきちんと時間外労働として申請するように」


(でも、この話し合いには参加したいし……)


 アマーリエが躊躇していると、再び念話が響いた。


《大丈夫です。この場は私に任せて下さい。あなたの意向に反する処分にはさせません》


 静かな中に確かな意思を秘めた声に、ハッと前をみると、透き通った青い瞳が揺らがずこちらに向けられていた。


(大神官……)


 聖威師になって以降、フルードとは順調に親交を深めていた。陰に日向に力になってくれる大神官は、今やアマーリエの大きな味方になっている。


《それよりも目次を確認して下さい》

《は、はい》


 恐る恐る目次の冊子を開いたアマーリエは、ペラペラとページをめくって内容を眺めた。


「食事会に主神が乱入して来てアーンで食べさせようとした時の対処方法……小さな段差を上るたびにお姫様抱っこで運ぼうとする主神を断る方法……天に還らずひたすら側に居座る主神を還るよう説得する方法……何ですかこれは!?」

(神は滅多に地上に降りて来ないのではないの!? いえ、愛し子が関わる場合は別だと言うけれど、ここまでだなんて)

「お、大げさに書いているだけですよね?」


 だが、横から本を覗き込んだフレイムがキョトンとした顔で言った。


「何言ってんだ。これくらい普通にやるだろ」

「やるの!?」


 フルードが優しい微笑みを絶やさずに補足した。


「ここに書かれていることは全て、一人前の聖威師になる過程で先人たちが体験して来た貴重な事例。しっかりと読み込み、先達の経験を吸収しなさい。あなたは今から真の意味で、聖威師としての第一歩を踏み出すのです」

「どんな踏み出し方ですか!?」

「問答している暇はありません。時間は有限です。今すぐ部屋に戻り書を読むように。この場は私たちに任せ、自分のやるべきことをやりなさい」

「は、はい!」


 言われたことは支離滅裂だったが、フルードが放つ訳の分からない迫力に押されたアマーリエは、勢い良く立ち上がる。そのまま一礼すると、書物を抱えて慌ただしく応接室を出て行った。


 だが――引きつった顔を浮かべながらもその唇は嬉しそうに持ち上がり、瞳の奥には幸福とこれからへの期待が輝いていた。

ありがとうございました。

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