68.幸せな日々
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「お帰りなさいませ」
神官府から自邸に戻ると、玄関先にズラリと並んだ使用人たちが一斉に頭を下げる。
「ただいま」
未だ慣れない光景の中を歩いていると、恭しい所作で分厚い紙束が差し出された。
「本日、焔神様がお贈り下さった下賜品の追加分でございます」
その厚みに内心仰け反りそうになりながら、どうにか澄まし顔をキープする。
「ありがとう、後で確認しておくわ」
(もう、フレイムったら! 毎日こんなに贈ってくるなんて。……嬉しいけれど)
と、使用人が少しだけ困った顔で続けた。
「アマーリエ様への贈り物は、仕分けをして収納霊具に入れております。しかし、そろそろ容量が限界です。新しい霊具を発注したく思いますが、よろしいでしょうか?」
アマーリエは驚きで軽く目を見開いた。
「まあ、もう容量オーバーなの? 先日追加分を用意したばかりなのに。繋がっている収納空間も大きい、最新式の霊具だと言われたのだけれど……」
(一般用ではなく貴族用の収納空間を持つ特注品を買ったのに)
だが、それでも足りないのだと返された。
「贈り物の数が多すぎるのです。サイズが大きいものもございますし」
「わ、分かったわ。明日、神官府にある霊具のカタログを確認しておくわね」
引きつりそうになる表情筋を笑顔でキープし、内心で溜め息を吐く。
(フレイムに、もう少し量を考えて欲しいとお願いしなければ)
――聖威師になったことをきっかけに、アマーリエの暮らしは何もかもが一変した。神官としての給金とは別に莫大な財貨が定期的に支払われるばかりか、専用の広大な邸を提供され、大勢の優秀な使用人まで続々と派遣されたのだ。
神官府でも一気に一目置かれる存在になった。目まぐるしく変わっていく生活に順応しようと必死なアマーリエの目下の悩みは、収納である。
『今までの分、俺がお前を甘やかしまくってやるぜ!』
そう宣言したフレイムが、ドレスや宝飾品、日用品に菓子といったあらゆるものをまめまめしく贈って来るのだ。
他の神々からもだ。フレイムの最愛となったアマーリエを、火神の一族を筆頭とする天界の神々は心から歓迎した。毎日のように天界の材料を駆使した品が届き、欲しいものや足りないものはないかと聞いて来る。
改めて挨拶をして親睦を深めたフレイムの従神たちを筆頭に、義母となった火神や義姉ブレイズたちまでが全力で世話を焼いて来るのだ。本物の運命神ルファリオンからは、うっとりするほどに美しい神玉の花が下賜された。
神官と王家、官僚からも、絶え間無く祝いの品や献上品が届いていた。優秀な使用人たちが目録を作って整理し、収納空間を内包した霊具に入れてくれているが、それにも限度がある。
(もう五つ目の収納霊具なのよ。この短期間でどれだけ贈られたの、私)
返礼品の手配は使用人たちが行うが、アマーリエもつど確認をしている。なので、今までに贈られた品の数はある程度把握しているはずだが――余りの膨大さに心が現実逃避し、考えないようにしていた。
「フレイム、いる?」
寝室や応接室を始め、幾つもの部屋が連なった自室に入る。主寝室に行くと、壁を向いて佇んでいたフレイムがくるりと振り向いた。
「ユフィー、帰ったか!」
いそいそと駆け寄って来るフレイム。彼が今まで見ていた先には光の輪があり、ローズレッドの髪とルビーの瞳を持つ女神と、糸目の青年神が映っている。若干緊張しつつ、アマーリエは太古の神々にして自身の義姉兄となった者達に頭を下げた。
「ただいま戻りました。ブレイズ様、ルファリオン様」
煉神ブレイズ。火神が最初に生み出した分け身にして愛し子。母神に代わって火神一族をまとめている長姉でもある。火神に代わることができる神の筆頭であり、母神の世話焼きにして烈火の気性を受け継いでもいる。当然選ばれし高位神である。
運命神ルファリオン。必然の右手と偶然の左手を掲げ、己の神威から生み出した竪琴を弾きこなし運命の旋律を奏でる。その調べは、宿命と天命を包括した広義の意味での運命を自在に紡ぎ出す。最高神全柱に認められた選ばれし高位神だ。
『お帰りなさい。私のことはお義姉様と呼びなさいと言ったでしょう。……あら、髪型を変えたの?』
「はい、思い切ってアップにしてみました。いかがでしょうか」
『とても似合っているわよ』
『義妹ちゃん、可愛いよ。今度、似合いそうな装飾品を贈るね。極上の神玉が採れたんだ。義弟君と揃いにしよう。義弟君はピアスで、義妹ちゃんは髪飾りかなぁ』
「おっ、良いですね義兄上!」
『私も火神と一緒にデザインを考えるわ』
ルファリオンの言葉に乗り気になったフレイムとブレイズが楽しそうに話している。
(ああ、また贈り物が増えるわ! 小さなものでも数が溜まれば場所を圧迫するのよ)
だが、さすがにルファリオンとブレイズに面と向かっては言えない。
(やっぱりフレイムからの贈り物を減らしてもらうしか……)
考えながら、別のことを口にする。
「もう少ししたら大神官がいらっしゃいます。退勤前に神官府で少しお話ししたのですが、私が帰って一息ついた頃を見計らってお越し下さるとのことです」
本日はフルードがここに来ることになっている。アマーリエに不当な扱いを続けて来た、サード家の処分についての打ち合わせだ。サード家に対する処断権を持つのは、アマーリエの主神たるフレイム。彼はその権限をフルに活用し、裁定の途中であるからという理由で未だ地上に留まっている。
また、火神の神使を探すという任務を完遂したことで、地上における制約が緩まり、こうして天の神と話すことが可能になっていた。
『話し合いはフレイムとフルードに任せて、あなたは部屋で休んでいていいのよ』
ブレイズが優しい口調でアマーリエに言った。
「ありがとうございます」
娘に対する非道な待遇の嫌疑をかけられたダライとネイーシャは、現在、帝城の牢獄に収監されている。フレイムとラミルファに現場を見られていたことに加え、神官府の捜査隊に過去視や自白の霊具を駆使して今までの行いを残らず晒されては、言い逃れのしようがなかった。過剰な暴言と暴力に加え、アマーリエに支給された給金を取り上げて自分たちの娯楽費に充当していた行為なども露見し、問題視されている。
彼らの処分に関してはアマーリエの考えを尊重することにしているフレイムたちだが、それでも可能な限り関わらせたくないと思っているらしい。
アマーリエは、冷たい牢の中にいるサード家に面々に思いを巡らせる。
(うちの家族は……張りぼてだったんだわ)
今ならばそれがはっきりと分かる。
例えば、ミリエーナが懲罰房に閉じ込められた時、レフィーが憐れだと嘆くネイーシャの瞳は光っていなかった。彼女とて属国の神官、つまり霊威師である。本当に心から我が子のことを思って感情を高ぶらせていたならば、その両眼は多少なりとも徴が発現して輝いていたはずなのに。
結局、サード家の家族愛は上辺だけだったのだ。
アマーリエは彼らに対して、もう心残りはない。自分でも驚くほどすんなりと決別できた。ラモスとディモスに加え、フレイムやブレイズ、ルファリオンという真の家族を得ることができたからだろう。
『主、話し合いには私たちが代理で参加します。ずっと主の近くにいた私たちならば、今までの経緯も主の心情も把握しておりますので』
『そうですとも。ご主人様は楽しいことだけを考え、好きなことをしてお過ごし下さい。どうか私とラモスに委任を』
(う、うぅ……ラモスとディモスまで)
自分を休ませようとする皆にタジタジとなっていると、ドアがノックされた。
「アマーリエ様、大神官様がお見えです」
「! 応接室にお通しして」
『あら、もう時間なの。それでは私たちはこの辺りで失礼するわね』
『また会おうね、義妹ちゃん。くれぐれも無理しちゃ駄目だよ』
辞去の挨拶をしたブレイズとルファリオンの姿が、輪の中から消える。アマーリエはフレイムを見た。
「ひとまず応接室に行くわ。大神官のお出迎えはしないと」
そう言って踵を返すと、へいへいと肩をすくめたフレイムと、そしてラモスとディモスが後ろに続いた。
ありがとうございました。