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66.大神官の後片付け

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 紅蓮と紅葉。二色の焔が空高くに飛翔し、消える。ラモスとディモスも一礼してサード邸に戻った。それらを見送り、フルードは紅日皇后を振り返った。


「皇后様。本日はお助けいただき、改めてお礼申し上げます」

『いいよいいよ、気にしないで〜』


 皇后はコロコロと笑ったが、ふと真面目な表情になって言う。


『ねえフルード君……ごめんね、焔神のこと伝えてなくて。焔神とは先日、この鳥を通じて話したんだけど、神格を抑制してて明らかにお忍びな感じだった。天が動いてるなら、私は下手に介入しない方がいいと思ったの。焔神は時機を見て必ずフルード君に接触するはずだから、それを待てばいいかなって。……ごめんね』

「どうか謝罪などなされませんよう。もちろん分かっております。あなたは意地悪で秘密にされる方ではない」


 フルードが一切の恨みない眼差しで微笑んだ。


『ありがとう。焔神と会えて良かったね』

「ええ……焔神様は火神様から密命を受けたと仰っていました。火神様の使いに相応しい者がいないか探して来るようにとの指示だったのでしょう。そしてアマーリエの霊獣が選ばれた。これにより、神使選定は次の段階に進む」


 今後のことを思案するように、穏やかな碧眼が揺らぐ。


『だろうねー。神々が自分の神使に相応しい霊威師を選び出すという題目で、天の使役たちは神官を選定していた。だから今までは、神使に選ばれるのは人間の霊威師で神官だっていう認識だった。……だけど、焔神の選定と火神の承諾が、それを覆した』


 霊威師の動物版である霊獣も選ばれ得るのだという前例を作ったのだ。霊獣も広い意味では霊威師に含まれる上、神と交信し神意を受け取れる存在という意味では神官にも該当する。なので、よく考えればおかしなことではないが、それでも発想としては目から鱗だ。

 天から視ている神々と使役たちも、その手があったかと拳を打っているかもしれない。


『焔神は下働きの精霊から最高峰の高位神にまで上り詰めた異色の神だから、何ていうのかな、ものの見方や考え方が普通の神とは違うんだよね。柔軟ていうか、臨機応変ていうか。弱い立場にある者の痛みや心にも寄り添うし。珍しいよ、ああいう神は』

「本当にそう思います」


 しみじみと言った皇后に、何かを思い出すような眼差しをしたフルードが頷いた。


「今回の選定により、人間以外も神使に見出されることが判明しました。天から遣わされる他の使役たちも、今後はそれを念頭に置くでしょう」


 現在は一時的に退いている使役たちだが、邪神の騒動がひと段落したので選定を再開するだろう。


「加えて、中央本府にはもはや適正者は無しと判断すれば、帝国の分府や属国の神官府にも選定の範囲を広げていくかと」


 世界中に点在する神官府の中で、帝国と皇国の都にある中央本府は別格だ。神使選定をするならばまずはここからである。しかしその一方で、地方や属国の神官府にも埋もれている逸材がいるかもしれない。


『そうだね。世界各地の神官府に連絡して準備を整えてもらって……それに、霊獣狩りとかが行われないようにもしないと。人間以外も神使に選ばれるって分かったら、暴走する人とか出そう』

「既に聖威師たちが動いています。各国の神官や王、大臣たちに報告し、特例法の緊急発令なども踏まえて対応を要請します。むしろ、焔神様がこのタイミングで霊獣を選んで下さって良かったかと」


 一般の神官がおらず、かつ大神官が立ち会っている場で前例を作ってくれたので、先回りして動くことができた。こちらが先手を取れるタイミングで霊獣が選び出されたのは僥倖(ぎょうこう)だったのだろう。


「近々、焔神様とお話しすることになると思いますので、お礼を申し上げるつもりです」


 皇后は優しい眼差しで淡く微笑み、静かに続ける。


『うん、分かった。その時はきっと、今回の件以外にも色々な話題が出ると思うけど……フルード君は自分の意思を貫いて。自分が望む選択肢を奪われない方法を、私と義兄様はあなたに伝えてる。だから大丈夫だよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はい、皇后様」


 穏やかな静けさを湛えた碧眼が、皇后の漆黒の瞳を見つめる。


「それでは皇后様、お時間を頂戴してしまい申し訳ございませんでした。お見送りいたします。私は少しこちらの後片付けをしてから避難場所に合流します」

『後片付け?』

「焔神様と邪神様の神威の残滓がありますし、神官が持っていた通信霊具が分離してこの場一体と癒着してしまっています。正常化した神器もまだ転がったままですし、早めに対処しておいた方がいいでしょう」

『あー、なるほど〜。じゃあ神器を使うよね。ねえ、()()()()()()()使()()()?』


 無邪気に尋ねる皇后に、フルードは苦笑した。


「……焔を。狼神様の神器でも良いのですが、この場に残るのは邪神様と焔神様の神威ですから。そこにまた別の狼神様の力を用いて干渉するよりは、焔の方が良いかと」

『いいね、私もそう思う。ね、久しぶりにあの()()()()()()が見たいなぁ。()()()()んでしょ? 私の見送りは後でいいから、先に片付けしちゃってくれない?』

「仰せのままに」


 首肯したフルードが両手を打ち鳴らして離すと、左右の手の平を結ぶように紅蓮の炎が線となって現れた。刹那の後、炎は一際強く輝き、長い大弓となって顕現した。

 もしここにアマーリエがいれば、目を剥いていただろう。何故フレイムと全く同じ炎を放つ神器を、大神官が持っているのかと。


 弓から爆ぜた火の粉が大振りの矢に変じる。フルードは流麗な所作で矢をつがえ、弓を引き絞ると、燃える(やじり)を斎場に向けた――が、僅かに逡巡(しゅんじゅん)するように目を眇めて思案し、せっかく召喚した矢を消した。

 そのまま弓を持ち直し、楽器を奏でるように弦を弾く。鳴弦(めいげん)だ。大気が波紋を描いて揺れ、虚空を彩るように紅蓮の流星が流れる。明々と輝く弓が鳴動し、圧倒的な神威が渦巻いた。


「――天の(いただき)に燃える焔よ。その御稜威(みいつ)斎火(いみび)と成し、全てを清め元へと還し給え」


 聖なる焔が波紋のように放たれ、蜃気楼のような揺らめきと共に中空を駆け抜ける。浄化の火が場を焼き払い、祓い清め、斎場に留まっていた高位神の力の名残をかき消した。通信霊具からあふれて場に染み込んでいた霊威も、瞬時に消失する。正常化した神器が浮き上がり、元の巨大な数珠の形にまとまると、すぅっと縮んでフルードの前に移動した。


『矢は使わなかったんだね』

「矢を用いれば攻撃形態になり、火力が一気に跳ね上がりますから。剣や槍の形状も同様です。殺傷能力を無くして使うこともできますが……攻撃形態でこの神器を用いるだけで、凄まじい威力になります』


 鳴弦を止め、縮んだ数珠型神器を懐にしまったフルードは、皇后の言葉に眉を下げた。


『少しでも加減を誤れば、冗談抜きで森羅万象を焼き尽くし、世界どころか宇宙次元の全てを灰にするでしょう」


 神威は形がない力だ。ゆえにこの炎の神器も、所持者の望むままに千変万化して形状を変える。


『これは焔神の護り――()()()()()()()()()()()()()()だから。もんのすごい火力だよね。焔神って超絶過保護だと思う。私のお義父様とどっちが過保護かなぁってくらい』

「実を言えば、理性を飛ばして荒れた神が相手の神鎮めの時は、いつも冷や冷やしているのです。神に対してこの神器が反応し、動き出してしまわないかと。ご存知の通りただの神器ではなく自立して意思をお持ちですから。まあ、それを上手く抑えるのも私の腕の見せどころなのですが」


 いかにも困っているような言葉とは裏腹に、フルードの表情は明るい。まるで自分の最も大事な宝物を自慢しているかのようだ。


 ラミルファの神威に斎場が制圧され、聖威と神器が使えなかった時も、フルードが本当に危機的状況になれば、この神器は自発的かつ強制的に起動して彼を守っていた。全ての面で規格外の神器なのだ。

 しかも同じ場に焔神本人もいた。()()()()()()()()()()()()()()()()。神格を抑えていたとしても、考え得る全ての手段を駆使して動く。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 他の聖威師はそれらのことを知っていたから、フルードを一人残すことを躊躇しなかった。


『ふふ……そうだね。にしてもやっぱり凄い。残り香だったとはいえ、邪神の神威も簡単に一掃しちゃった。このトンデモ神器、フルード君を守るためなら何だってするよ』


 フルードの手の中で燦然(さんぜん)と輝く神弓を見つめ、皇后の漆黒の双眸が細まる。


『さすがは焔神の全てを注ぎ込んだ最高傑作。火神から〝もう一柱の焔火神(アナザーフレイム)〟の(めい)を与えられた正真正銘の特別品……。完全に規格外だよ、これ。()()()()()渾身(こんしん)の作だから当然だけど』

「仮にアマーリエが焔神様を勧請しておらず、あなた方も間に合わなければ……私は邪神様を泣き落としで説得するか、この神器を一時的に焔神様にお返しするつもりでいました。創世神ご自身ならば、神格を抑えていても使いこなせるはず。そうすれば神器の力で事態を打開できると考えていました」

『その方法も有りだったね。だけど、あの時は邪神の神威に場が征服されてたから神器を召喚できなかったよね?」


 差し挟まれた疑問に、フルードは何でもない顔で答えた。


「私が自分で自分を傷付ければ、この神器は強制起動します。私にダメージが入る前に守るか、あるいはダメージが入った後でもすぐに治癒していたでしょう」


『…………』


 皇后が固まった。


『いや、あの……そんなことしたら、焔神も邪神も天から見てた狼神も、全員が大パニックになってたよ』

「だとしても、神器のおかげで私は無傷か回復済みだったはずですから、皆様のことはきちんと宥められていました。他に良い方法も思い付かなかったですし」

『……うんまあ、そうだけど……周りは心が保たないよ。もし次があったら、邪神を泣き落とす方でいこう。ね?』


 真剣に言い聞かせた皇后は、しばし悩んだ後に話題を変えることにした。


『あー……ところで、フルード君が焔神を勧請しようとは思わなかったんだ?』

「現在は内密で降臨中とのことでしたから、神として勧請しても良いのか定かではなかったので」


 邪神の力で聖威が封じられていたので、勧請可能かどうか念話で焔神に確認することができなかった。かといって、邪神と対峙していたあの緊迫した空気の中で、『本当はあなたの正体知ってますし今から勧請してもいいですかぁー!?』と大声で聞く度胸もなかった。


「結果的には、アマーリエを愛し子にするために顕現するというアクロバットな方法で打破されておりましたので、終わり良ければ……といったところでしょうか」


 そう言って優雅に焔の弓を半回転させると、爆ぜる火の粉が煌めき、弧を描いて舞い上がる。そのまま音もなく、神器はフルードの体内に戻っていった。


「アマーリエの力をご覧になられましたでしょう。燃える山並みのように美しい紅葉の色でした。今は神格を抑えていますから、神威ではなく聖威ですが――焔神様の瞳の色と紅蓮の神威を引き継いだ色です。それが何を意味するか、本人はまだ気が付いていないようです」


 苦笑するフルードに、皇后も面白そうに笑う。


『色を帯びた気を持つ……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()んだってね』


 そのことに気付いた時、彼女はきっととてつもなく驚愕するだろう。

ありがとうございました。

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