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65.前を見て進め

お読みいただきありがとうございます。

『ぅえっ!?』


 思わず本心がまろび出てしまった台詞に、フレイムが()()る。


(あ、しまった)


 数瞬後、皇后が噴き出し、口元を押さえもせずに腹を抱えて笑い出した。


『……ふふ、あはははっ! あなた面白〜い! 最高峰の神を手懐(てなず)けるつもりなんだ! 焔神ってほんとはものすごーく偉いし強いんだよ。いざとなったら火神に取って代われる権限と力があるんだもん。その焔神を……ぷぷっ』


 あっははは〜と大口を開けて笑う皇后に、フルードが冷静に指摘した。


「皇后様、猫が取れております」

『――あっ、やっちゃった』

「あなたが公の場以外で皇后然としている方が無理があるのです」

『ふふ、やっぱり? 自分でもそう思う〜』

「佳良様から色々と聞いておりますよ。寝所では寝ぼけて藍闇皇様をどつき倒し、運動がてら神器を振り回して朱月(しゅげつ)皇后様の宮を破壊し、皇宮の物陰にいた黇死皇様を不審者と勘違いして飛び蹴りしたそうですね」


 朱月皇后とは、紅日皇后の双子の姉にして黇死皇の后である。フルードの言葉に、紅日皇后がぎゃーっと頭を抱えた。


『いや〜フルード君、言わないで! 思い出しちゃうから! 『お母様は本っ当に落ち着きがないですねぇ』って子どもたちにまで笑われてるんだよ。この小鳥もさぁ、『そなたはきっとボロを出すゆえ人前では話させるな』って義兄様に言われてね、ずっと普通の鳥のフリしてピィピィ言わせてるだけだったの』

「そうですか。ちなみに、飛び蹴りの件では黇死皇様にかなり叱られたとお聞きしましたが?」


 途端に、紅日皇后はスンと表情を消した。


『うん……ひたすら笑顔でブチ切れる義兄様……死ぬほど怖かった……とってもとってもこわかった……』


 一方、アマーリエとフレイムたちも互いの話に夢中になっていた。


『おいユフィー、手綱って何だ、手綱って。お前、俺を馬か何かだと思ってねえか?』

「ち、違うのよ、初めて会った時に犬の姿だったでしょう? それが印象に残っていて、ちょっとリードを引っ張った方が御しやすいのかしら、と思って……」

『そうか手綱を取るっつーより首輪を付けるってことだな!』


 ラモスとディモスが慌てた様子でフレイムに声をかけた。


『焔神様、負けてはなりません!』

『主導権を握られれば、あの家族を減刑する方向に行ってしまいますよ!』

「ラ、ラモス? ディモス? あなたたちは私の味方よね!?」


 思わず聖獣たちに確認するアマーリエを見ながら、フレイムが軽く咳払いした。


『けど、まあ……お前に首輪を付けられるならそれも悪くないかもな、ユフィー』

「え……」


 視線を向けると、照れを宿した山吹色の双眸とかち合った。フレイムの端整な容貌が僅かに赤くなっている。


『俺はお前を離さねえ。だから、お前も俺を離すな。首根っこ抑えてでも、側にいてくれればそれでいい』

「……うん、分かった。ずっと側にいるわ」


 甘い視線を絡め合うアマーリエとフレイムを、ラモスとディモスが感激の瞳で見つめている。フルードと会話しながら聞いていた皇后が呟いた。


『いいね、青春だ〜。懐かしいわぁ。焔神はとっても世話焼きだし、料理もできるっぽいし、きっと良い旦那さんになるよ』

「確かに世話焼きで料理上手ではありますね」

『そうでしょ。あのね、焔神が出した生クリーム美味しかったのよ〜。絶妙なコクと甘さが最っ高でね、思わずお代わり頼んじゃったくらい――って、そうじゃなくて』


 そして、軽く咳払いして天威師の威厳を纏った。


『コホン……焔神フレイム、そして焔の愛し子アマーリエ』


 ハッと我に返ったアマーリエとフレイムが、即座に姿勢を正して向き直る。


『大変失礼いたしました。ユフィーが余りにも可愛かったもので』

「も、申し訳ありません……フレイムをずっと見ていたくて」


 惚気(のろけ)る二人に鷹揚な笑みを返し、皇后は言った。


『先ほども述べた通り、愛し子に対する権利は主神にあります。焔神はアマーリエの意思を尊重しながら、サード家への対応を検討願えますでしょうか。大神官は外部の支援者として、アマーリエの相談に乗ってあげて』


 フレイムとフルードが了承の意を示して礼をする。


『そして――次代を担う聖威師よ』


 漆黒の双眸が、一直線にアマーリエに据えられた。


『地面をのたうち苦難の日々に耐え、最後まで生来の清らかさを持ち続けたあなたは、今ようやく翼を手に入れました。今後はどこへでも、どこまででも自由に羽ばたいていけるでしょう。臆することなく広大な空の中へ飛び込み、貪欲に学び、多くを吸収し、大きく成長なさい』


 アマーリエは反射的に空を仰いだ。染みるような青が広がっている。



――地べたばかりを見ていてはならぬ



 黇死皇の言葉が、胸の内に蘇った。



――見上げれば、誰の上にも空がある。太陽の光も天弓の青も、選ばれし者のみに降り注ぐのではない



 ふと、神官府で習ったことを思い出す。

 黇死皇は天威師としての覚醒が特別に遅かったのだと。15歳での覚醒であり、それまでは(はず)れの御子として不遇の日々を送っていたそうだ。覚醒が遅かった分、その思考や感覚は他の天威師と比べて圧倒的に人間に近いという。

 慈悲深き皇祖の再来と謳われる紅日皇后と、異例の遅咲きであった黇死皇。この二名は異色の天威師とも称され、歴代でも傑出して人に寄り添った対応をしてくれると聞いた。


 別の光景を思い出す。

 星降の儀で、悪神の寵を得たと知らずに歓喜するミリエーナを、臨席した天威師たちは無表情で見ていた。決して蔑んでいるわけではない。軽んじるわけでもない。かといって助けようともず、案じる気配さえない。ただただひたすらに興味のないものを見ていただけの、無味乾燥で空虚な眼差し。

 本当の意味でミリエーナやアマーリエたちを気にかけていたのは、目の前の紅日皇后と黇死皇だった。



――自分に自信を持てずとも良い。思い切って顔を上げ、周囲を見回すだけで良い。さすれば自ずと気付く。自分の上にも広く青い空が広がっていることを



 晴れ渡った天を見つめるアマーリエの眼前に、桃色の小鳥が舞い降りた。鳥と分離した皇后は、相変わらず透けた姿のままでこの場に留まっている。僅かに視線を泳がせたフルードが、数拍後に小さく頷き、口を開く。


「アマーリエ。たった今、オーネリア様から念話が入りました。神官たちがあなたの安否を気にしているそうです。大丈夫と言い聞かせても、なかなか避難場所に来ないから心配していると」

「えっ……」

「彼らに無事な姿を見せ、聖威師になったことを報告した方がいいでしょう。堂々と、胸を張って伝えるのです。私はこれから皇后様をお見送りしますから、あなたは先に行きなさい」


 それを聞いたフレイムが手を差し出した。


『そりゃあ俺も行かねえとだな。ユフィー、一緒に行こう』


 ラモスとディモスが顔を見合わせた。


『では、私たちは一度サード邸に戻ります』

『ご主人様のお部屋で帰りをお待ちしています』

「え、ええ」


 頷いたアマーリエがフレイムの手を取ると、彼はふと閃いたように笑った。


『せっかくこんなに晴れてるんだ、転移じゃなくてひとっ飛びしていくか、ビューンとな』

「皆がびっくりするわ」

『させてやろうぜ。――ほれ』


 アマーリエの中に根付いたばかりの聖威が震える。繋いだ手から伝わるフレイムの神威が、聖威を操作しているのだ。ふわりと、アマーリエの背に紅葉色の翼が広がった。


「きゃあ!? 何――まあ、すごい! 羽根が生えたわ!」


 自身の背を振り返って目を丸くしているアマーリエに、フレイムは優しく笑った。


『次からは自分でできる。今のでやり方を魂が記憶したからな。これからたくさん教えてやるから、すぐに色々できるようになる』


 アマーリエとフレイムを先導するように、小鳥が先んじて飛び立った。弾丸のように飛翔する小さな体躯が輝き、空に虹色がかった紅の奇跡が刻まれた。紅日皇后が(おぼろ)な腕を上げて天を示す。


『飛び立て。(あか)き天威の残光の下に』


 その号令に押されるように、アマーリエは地面を蹴ると、フレイムと共に空高く舞い上がった。小鳥が描いた光の残滓を追うようにして、大空を翔け抜ける。


(すごい――気持ちいい!)


 遠く離れていく地上、ミニチュアのように縮小する風景。そびえる帝城と皇宮の塔が真下に見える。はためく羽根、(あお)られる髪。――そして、繋いだ手から伝わる温もり。


(幸せだわ。私、今すごく幸せ)


 すぐ隣に愛しい者の息遣いを感じながら、アマーリエはそっと目を閉じた。自分はこれから、今よりもずっとずっと幸福になれるのだと確信しながら。

ありがとうございました。

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