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64.紅日皇后

お読みいただきありがとうございます。

(喋った!)


 内心で叫んだアマーリエだが、すぐに当然だと思い直す。ただの霊獣であったラモスとディモスですら、言語を話せたのだ。明らかに格上と思われるこの小鳥が話せても不自然はない。


『動いてくれるのが、義兄様(にいさま)――黇死皇(てんしこう)様しかいなかったの。ただ、彼も自分の務めの最中ですぐにはここに来られなかった。だから少し危うかったけれど、間に合ったようで安堵しています』


 小鳥の(からだ)から虹の光がキラキラと溢れ、紅色の光が瞬いた。一瞬後、見目麗しい女性が現れる。濡羽(ぬれば)のような黒髪黒目に杏仁型の双眸。完璧という言葉が愚かしいほどに完成された容姿。これは天威師の容貌だ。しかし、はっきりとした姿ではなく、陽炎のように薄く透き通っている。均整の取れた絶世の美がアマーリエに向けられた。


『この姿で申し訳ないわね。私は務めの最中で遠地にいるから、これが精一杯なの。天威師と聖威師は、使える力にとても制限が多い。同時に別の場所に存在したり、分身したりという行為が、技量的にはできるけれど制約で禁止されているために使えないのよ』


 淑やかに話す女性に、フルードが苦笑した。


「どうされました、紅日(こうにち)皇后。今日は随分と大きな猫をお被りでいらっしゃる」

『ふふ、初めてきちんと話す子がいるから、格好を付けているのよ』

「後に素のあなたを知れば、余計に驚かせるのでは?」

『あらあら、フルード大神官ったら言うようになったわね』


 コロコロと笑う女性に、フルードの言葉を反芻したアマーリエは喫驚する。


「紅日、皇后様――!?」


 急いで神官府で習ったことを思い返すが、帝国ではなく属国で受けた講義なので、今ひとつ内容が薄い表面的な――教科書的なことしか習わなかった。


(確か……天威師のお一人で、皇国皇帝・藍闇皇(らんあんこう)様のお后様。天威師だから皇帝位にあらせられるけれど、普段は藍闇皇様の后という立場を前面に出しておられるから、皇后と呼ばれることも多い。皇国の初代皇帝・緋日皇(ひにちこう)様の再来と謳われ、第二の皇祖と讃えられている……)


 なお、あの少女のような美貌の皇帝――黇死皇(てんしこう)は、藍闇皇の実兄だ。藍闇皇の妻である紅日皇后が義兄(あに)と呼ぶのはそのためだろう。必死で思考を回転させたせいで頭が茹だりそうになっていると、皇后が眉を下げた。


『驚かせてしまったようね。この鳥は、私の天威で創った使役なの。私と意識を同調させて、定期的に皇都と帝都を巡回させているのよ。天威ならずっと世界中を遠視することもできるけれど、先述したように使用には制約が多くて。広範囲かつ継続的な遠視は禁止されているの。……はー、くっそめんどいったらないわー』

「……はい?」

『いえ、何でもないわ。おほほほ。――それで、最近は神使の選定が始まって両国の神官府全体が(うわ)ついていたでしょう。念のために、皇国の聖威師に付けて様子を確認していたら、あなたを見付けた。とても澄み切った気を持っているのに、未だどの神の神使にも選ばれていないようだったから、不思議に思って観察していたの』


 神々が重視する基準はそれぞれ異なるが、清廉な魂を好む神は多い。アマーリエの気ならば、多くの神から引っ張りだこになるはずだった。だが、幼少期からの扱いにより過度な謙遜と卑下が促進しすぎていたため、どの神も指名を躊躇した。


(だから私の周りをうろうろしていたのね)

『あなたの心理状態と、実家の状況を見て納得したわ。天威師は人間の問題には介入しない。けれど、あなたの心は助けを求めていたから、何かの形で手を貸したいとは思ったの』


 そこまで言い、紅日皇后は細く息を吐き出した。


『とはいえ、状況が込み入っていたわ。あなたの側には最高神の密命を受けたらしき焔神がいた。あなたの妹は妹で、高位の悪神に魅入られて仮誓約まで交わしてしまった。両国を上げての重要大祭である星降の儀も迫っていた。加えて、私には天威師として遠方の宿泊任務が入ってしまった』


 色々なことが入り組んでおり、すぐに動くのは難しかったのだという。


『幸い、焔神はあなたをとても好ましく思って守ろうとしていたし、喫緊(きっきん)の危機にあるのはむしろあなたの妹の方だった。邪神が星降の儀に合わせて動く可能性が高かったから。事態が変わるとすれば、あなたの妹絡みの方が先だと考えていたら――こうなったのよ』


 アマーリエ、ミリエーナ、そしてシュードン。全員の件が同時並行で進展し、ついでにダライとネイーシャによる虐待までが明らかになり、雪崩のように全てが暴露されて急転していった。


『悪神に関する件はどうにか収まりそうだわ。まだ残っている問題は、あなた個人に関すること』


 フレイムが頷いた。ラモスとディモスもだ。


『サード家の輩への制裁が必要です。長年ユフィーに不当な扱いをして来たことを、厳しく裁かれるべきでしょう』

『我が主はずっと心で血を流しておられました』

『感覚が麻痺し、自分が傷付いていると分からなくなるほどに』


 紅日皇后が頰に手を当てた。


『そうね。……こうなる前であれば、サード家における件は、帝城の福祉省にある家裁部(かさいぶ)の担当案件だったわ。神が関わっていない事柄で、かつ一家庭内で起こった問題は、人王や国政の管轄になるから』


 そう述べた上で、しかしここに至って状況が変わっているのだと続けた。


『けれど、アマーリエは焔神の寵を受け、愛し子になった。そうなると、通常の法規から外れた特例の対応措置になるわ。具体的に言えば、アマーリエに関する件には、焔神に一切の決定権と権利が生じるの。だから、サード家を裁く権限は焔神にある』


 その言葉に食いついたのは、他ならぬアマーリエ本人だった。


「本当ですか!? ああ、良かった! 下手に家裁部の官僚と渡り合うより、フレイム相手の方がきっちり手綱を取れるわ!」

ありがとうございました。

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