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63.皇帝と小鳥

お読みいただきありがとうございます。

 淡い黄色味を帯びた白の燐光が無数に舞い踊り、一点に収束すると人の形を取る。フルードが僅かに安堵の表情を浮かべ、ラミルファが美しく会釈した。


『これは黇死皇(てんしこう)


 燐光の中から出現したのは、少女のごとき容貌の皇帝だった。シュードンを黒炎から救ってくれた、あの皇帝だ。


「禍神の御子神及び火神の御子神にご挨拶申し上げます」


 皇帝は優美な動作で外套をさばくと、胸に手を当てて深く礼をする。無駄という概念を一切削ぎ落とした、完璧な所作だった。


『天威師にお会いできましたことを嬉しく思います』

『あなた様方はいつでも常に美しい』


 フレイムとラミルファが口を揃え、これまた非の打ち所がない礼を返した。


(あら?)


 (かしこ)まったまま様子を窺っていたアマーリエは、皇帝の肩にあの小鳥がとまっていることに気が付いた。


(どうしてあの子が。佳良様の鳥ではなかったの?)


 一つ頷いた皇帝が、フルードを一瞥(いちべつ)した。


「帝国の大神官よ、星降の儀本祭では大儀であった。我が身は諸事により参加が叶わなかった。許せ」

「もったいなきお言葉でございます」


 アマーリエの脳裏に、虹色の電撃に撃たれて正体を失くしていた皇帝の姿が蘇る。きっとこの皇帝も、ミリエーナが悪神に魅入られていることに気が付いた。そこで規則を破ってミリエーナに深入りし忠告まで下したため、天の至高神たちから注意を受け、強制的に気絶させられたのではないか。それで儀式に出られなかったのかもしれない。


「皇帝様……助けて皇帝様……俺をたすげでぐださああぁい……」


 うわ言のように呟いているシュードンを、皇帝は無視した。


「若き神官よ」


 最後に声をかけられたのはアマーリエだった。


「は――はい」

「ようこそ、神の領域へ。新たな聖威師の誕生を歓迎する」


 そして、ラミルファに向き直ると再度頭を下げた。


「先日は私の浅慮により、御身の愛し子を奪いかねないことを口にいたしました。神の正当なる権利を侵害したこと、心よりお詫び申し上げます」

(ミリエーナに対して個別に忠告された件ね)


 あの時、皇帝は明らかに、ミリエーナがこのまま邪神の寵を受けることを阻止しようとしていた。だが、ラミルファに不快感は見られない。


『お気になさらず。確かに際どいところではありましたが、あのお言葉のみであれば明確な違反にまでは達しておりませんでした。完全に一線を越えていれば、祖神様方はご警告止まりではなく、あなた様を天へと強制送還されていたはず』


 あのままさらに一歩踏み込むか、遠回しな忠告を繰り返していればアウトになっただろうが、あの一度だけであれば辛うじてセーフと見なされたようだ。


「しかしながら、私の行為が御身の権利を揺るがしかねないものであったことは事実。後ほど自省し、悔やんでおりました」


 皇帝の双眸が、申し訳なさそうに伏せられた。


「折しも現在、様々な事象が重なり御身のご機嫌はよろしからぬご様子。ゆえに、先日の非礼への詫びも込め、しばしお相手を(つかまつ)りたく。こちらの不手際に対する謝意という理由あらば、今ここで動くことを祖神もお許し下さるでしょう」


 ラミルファが瞬きした。その双眸に喜びの念が宿る。


『それは大変に有り難きお申し出。ぜひ共に』


 皇帝が魅惑の微笑みを刷き、気配もなく地面から浮かび上がる。誘うようにほっそりとした腕をラミルファに差し出すと、邪神は応じるように虚空に飛翔した。


「…………」


 アマーリエは思わず遠い目になる。天威師は怒れる神を宥め鎮めることを役目としており、戦うことは滅多にない。ゆえにその戦闘力が可視化されることも少ない。だが実のところ、華奢な少女にしか見えないこの皇帝は、いざ戦闘になれば全ての面で聖威師を遥かに凌駕するという。もちろん肉弾戦でも。この細腕を見る限りでは信じられない。


 だが、フルードとて淡雪のように儚げな美貌と体付きでありながら、強力な神器を赤子の手でもひねるように一蹴していた。神格を持つ存在の強さは、見かけでは分からないものだ。


『よし!』


 アマーリエの脳裏に、唐突にフレイムからの念話が届いた。


『天威師の御温情だ。バカ婚約者の奴、命拾いしやがったな。これで助かるぞ』

(え――どういうこと?)


 アマーリエが聞き返そうとした時、皇帝の華奢な肩から、桃色の小鳥がさりげなく飛び立つのが見えた。


「よろしければ随神もぜひ共に」


 皇帝はラミルファの従神たちにも声をかけた。従神たちが一も二もなく応じ、我先にと中空へ駆け昇る。


「では参りましょう。――大神官、この場の件につき、後は任せた」


 そう言い残し、皇帝は黄白(おうはく)の燐光に変じた。同様に光球に転身した悪神たちを引き連れ、天高く飛翔する。

 不意にラミルファの声が響いた。


『我が同胞フルード。こたびの件では僕の正当な権利を行使しただけとはいえ、お前に様々な手数をかけたことも事実。これはその詫びだ』


 フルードの前に赤黄色の光が灯り、ビー玉ほどの大きさの玉となって顕現する。


『――また会おう、フルード』

「……はい、邪神様」


 そう言った邪神の声は、気のせいかとても優しく聞こえた。


『それから、アマーリエ。新たに我が同胞となったことへの祝意と、良き神威を見せたことへの褒賞である。これは肌身離さず持っておけ。良いな、神命だ』


 アマーリエの眼前にも同じく光が宿り、玉が現れる。


「邪神様のお心遣い、光栄至極にございます」


 玉を両手で受け取ったフルードが叩頭する。同じく玉を持ったアマーリエも、共に合わせて礼をした。


『フレイムは……』

『俺は要らん』


 心底嫌そうな顔で断るフレイム。ラミルファが愉快そうに嗤う。


『ここで渡しても受け取ってもらえなさそうだ。後で天界にある君の領域に届けておこう。君が驚きそうなものを送ってあげるよ』

『要らねーっつってんだろ!ていうか絶対嫌な意味で驚くモンを送り付けて来る気だろ、コラ』


 本気でげんなりしている様子に、再び哄笑が弾けた。それを最後に、ラミルファの声は聞こえなくなった。


 天へ翔け行く幾つもの光が戯れるようにクルクルと舞い踊りながら、雲間に消えて行く。ジュゥ、と音を立て、シュードンを拘束していた黒い蔦が消えた。


「き、消え……よ、良かった――」


 危機が去ったことを本能が察知したのだろう、シュードンが白眼を剥いてひっくり返り、見事に気絶した。


「フレイム、この玉……いえ、今はそれよりシュードンね。シュードンは見逃してもらえたの?」

『ああ。天威師が一緒に遊んでラミルファの鬱憤(うっぷん)を晴らして下さると言っていた。バカ婚約者への怒りも鎮火するはずだ。気が済んだらそのまま天界に還るんじゃねえかな。もうここには戻って来ないだろう』


 説明してくれたフレイムが、渋々と言った(てい)でさらに言葉を紡ぐ。


『……それと、その玉は言われた通りずっと持っとけ。邪神でもれっきとした高位神から下賜されたものだ。悪神すら味方に付けた(はく)()けになるし……お前の助けにもなる』

「分かったわ」


 アマーリエは頷き、玉を懐にしまった。そして、シュードンの件を掘り下げる。


「けれど、皇帝様のお詫びは、ミリエーナに個別忠告なされたことに対してでしょう? 神託を破り棄てたシュードンの件は関係ないのに、まとめて帳消しにできるの?」

(それはそれ、これはこれ、とならないのかしら?)


 だが、フレイムは心配ないと答えた。


『皇帝が仰ってたろ。現在、色んなことが重なってラミルファの機嫌が良くないから、先日の詫びも込めて相手をするってな。色んなことっていうのは、多分バカ婚約者の件も含めてる。それ込みで慰めるために動くと言ったわけだから、ラミルファは必ず矛を収める』


 続ける形でフルードが説明を追加した。


「それでもまだシュードンへの怒りを持続させれば、それすなわち皇帝様の慰撫(いぶ)が不十分であり、不満足であったと言うのと同義。天威師の体面を潰すことになります。至高神を愛慕する神々が、そのようなことをするはずがありません」

『そういうことだな。ついでに、この場の件は大神官に一任すると指名してっただろ。バカ婚約者のことは大神官に権限を持たせると宣言したわけだ。だったらラミルファはそれを尊重する』


 同意を示すように頷き、フルードが身を翻した。この場に残りパタパタと羽ばたいていた小鳥を見上げると、恭しく拝礼して低頭する。


「天威師方のお慈悲に感謝申し上げます」


 ビーズのような眼でフルードを見つめてから、この場全体に視線を一巡させた小鳥が、おもむろにくちばしを開いた。


『……ええ。どうなるかと思ったけれど、上手く行って良かったこと』

ありがとうございました。

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