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57.聖威師の務め

お読みいただきありがとうございます。

『動くな、王都神官府の緊急捜査隊だ!』

『ミハロ・デーグ! 神器の管理不行き届きの疑義で拘束する!』

『王都の神官府で詳しく取り調べさせてもらおう』


 フルードの電達を受けた捜査官が急行したらしい。幾人かの足音と怒号、手錠がはめられるような音が連続して響く。


『さて、神器は……ん? お、おい、あれではないか!? 転送霊具の中に入ってるぞ!』

『何だと!? すぐに出して――いや駄目だ。もう転送が始まりかかってる!』

『今からキャンセルはできないか……くそ、どこ宛てだ!?』


 神器の様子に気付いたか、にわかに色めき立つ捜査員たち。フルードが未だ繋がっている通信霊具に語りかけた。


「皆さん、落ち着いて下さい。聞こえますか。私が本件の通報者です」

『うわっ……ああ何だ、通信霊具か――って、通報者!? ではあなたは大神官様ですか!?』

「はい。そちらにある神器は、この通信霊具を到着の座標にして転送される設定になっています。今から帝国神官府の結界を一時的に開き、弾かれずに届くようにしますから、触らずそのままにしておいて下さい」

『受け入れ……つまり神器にご対応下さるのですか?』

「今回はやむを得ません。こちらが転送を拒否すれば、テスオラ王国で神器が暴走してしまいます。対神器用の神器を用意している間に被害が広がるくらいならば、こちらで引き取ります」

『ああ、ありがとうございます、助かります! 旧式の霊具なので、転送完了までにまだかかるかと思います。しばらくお待ちいただけますでしょうか』

『分かりました。それでは一度通信を切りますが、ミハロ・デーグの処分の件は重ねてお願いします」

『はっ、承知いたしました。今後、進捗書と報告書を随時お送りします!』


 通信を切ったフルードが、霊具を浮かせて斎場の隅に移動させる。その直後、通信霊具の周囲に光が走った。霊具を目がけて神器が転送されかかっているのだ。


(どうして大神官が対処するの? ラミルファ様の相手をしなくてはいけないのだし、この場はまだ気の揺らぎも大きいのだから、他の聖威師に任せればいいのに)


 他の聖威師たちは避難場所にいるだろう。通信霊具を彼らに転送し、それを持って人気のない場所に転移してもらい、送られて来る神器に対処してもらえれば周囲に被害は出ない。


「……大神官、通信霊具をアシュトン様やオーネリア様のお手元に転送して、念話で事情を話して対応をお任せすればよろしいのではありませんか?」


 恐る恐る提案してみると、フルードはいつも通りの穏やかな表情でアマーリエの方を向く。


「そうできればいいのですが……通信霊具が保たないかもしれません。ダライは随分と年季の入った霊具を使っていたのですね。元々限界だった所を、彼が落として蹴り飛ばしたせいもあるのでしょうが、もう壊れかけています」

「えっ……」

「その状況で、神器がこれを座標として定め、繋がりを構築しています。この上さらに転送など別の力を加えては完全に故障し、座標を見失った神器が別の場所に飛ばされるかもしれません。霊具を修理するために修復の力を込めるのも同じことです。修理するどころか座標としての波動を乱し、神器の正常な転送を阻害してしまいかねない」


 アマーリエは唖然とした。新しい霊具を買う金も修理する金も惜しみ、ガタがきたものを使い続けていたツケが来ているのだ。


(お母様とミリエーナが散財した分を一部でも節約して、中古でいいから買い直していれば良かったのに……)


 例え()ね付けられようとも進言しておくべきだったと悔やむも、今更だ。フレイムの神威ならば霊具を上手く修復できるだろうが、人間側の管理不足で起きた事故の尻ぬぐいを、高位神に手伝ってくれと頼めるはずもない。


「で、では、霊具を持って徒歩で別の場所に移動すれば……」

「それも難しいかと。先ほどダライが落とした時、霊具の一部が欠けたようです。霊具を構築している霊威が溢れて拡散し、この斎場の地面や木々、瓦礫などに広く染み込んでしまっている。いわば、この場一帯が霊具と共鳴しています。霊具本体だけを別の場所に引き離せば、その時点で破損してしまいます」


 言われて目を凝らすと、確かに通信霊具の一部が不自然に欠けていた。この状態でまだ完全に故障していないのは、ある意味奇跡かもしれない。周囲が霊具と呼応したことで、結果的にギリギリでバランスが取れているのだ。


(本当だわ。私も慌てていたから気が付かなかった……)


 つまり、ここで対処するしかないわけだ。頭を抱えていると、微塵も慌てていないフルードが話題を変えた。


「ところでアマーリエ、あなたは正常化を使ったことはありますか」

「……い、一応はあります。ですが実践ではなく、属国神官府の初等実技でのことです。ビーズ玉ほどの簡素な霊具が少し不調になったのを直すだけの、基礎の基礎しかやったことがありません」


 無能のアマーリエが失敗すればサード家の面子に関わるからと、基本中の基本しかやらせないよう、ダライが陰で圧をかけていたためだ。


「やり方自体を知っていれば問題ありません。神器の正常化をお願いできますか。あなたはもう聖威師です。やろうと思えばできるはず」

「ええっ!?」


 思いもよらない言葉に、アマーリエは及び腰になった。


「わ、私がですか!? ……も、もちろん神官として尽力はいたしますが、私にはとても……」


 この場にはまだ気の揺らぎが残っているため、複雑な能力はしばらく使えないという話だったはずだ。フルードのような熟練神官であれば話は違うのだろうが、アマーリエはまだ未熟。神器を対象とした最高難度の正常化などできる自信が無かった。


「細かい制御はできずとも、的に向かって正常化の力を打ち出せれば十分です。一緒にやってみましょう。いきなりのことで戸惑うとは思いますが、これは聖威師の役目の一つです」

「聖威師の?」

「はい。……転送完了までにもう少し猶予がありそうですから、簡単に説明します」


 転送の光を一瞥して状況を確認したフルードは、すぐにアマーリエに視線を戻した。


「例えばですが、今回のように神器が暴走し、なおかつ霊威師では鎮火できない場合。また、神器が妖魔や邪霊など神以外のモノに取り込まれ、神ではない存在が神の力を得てしまった場合。あるいは、甚大な天変地異が起こり地上に大損害が出る場合。今のは一例ですが、こういった事態には、主に聖威師が対処します」

(そうなの!?)


 慌てて神官府で習った内容を思い出すが、所詮は属国で受けた講義。天威師や聖威師の領分については詳細を習わなかった。だが、深刻な災害時に聖威師が出動して現地を救ったという報は、幾度か耳にしたことがある。アマーリエはあまり機関紙などの情報源に触れさせてもらえなかったので、うろ覚えだが。


「神が関わっていないところで勝手に暴走した神器や、神ではない邪霊などの騒動、神罰ではない自然発生的な天変地異などに対しては、天威師は動きませんし動けません。神が関与していないからです。ですから、聖威師が担当します」


 天威師、聖威師、霊威師にはそれぞれの役目と領分、そして制約などの決まり事があるのだと、フルードは述べた。それらは範囲の一部が被っていることもあれば、厳重に線引きされた専任業務もある。ただ一つ言えるのは、聖威師には聖威師の務めと在り方があるということだ。


「聖威師は、人間が後天的に神になった存在。だからこそ、本来は人間として生きるはずだった時間を地上に留まって過ごすこと、その期間は人間のように生きることを許されています……非常に多くの制限と条件付きではありますが」


 最後はほろ苦さを滲ませた声だった。課せられている膨大な制約のせいで、実力的には可能なことが行えず、涙を呑む場合も多いという。今もきっとそうだ。制限なしで聖威を使えれば、通信霊具の不調だろうが神器の転送や暴走だろうが、力技(ちからわざ)で即解決できている。


「私は大神官として神官府の(いただき)にいますが、これは天威師が国の皇帝として立っているようなものです。皇帝とは別に、国政を行う国王がいるように、神官府にも国王に相当する主任神官がいます」


 霊威師の最高位が主任神官である。聖威師は就任できず、必ず人間がその役に就く。神である聖威師が関与できない部分は、主任神官が統括することになっているからだ。


「それでも、聖威師は天威師に比べれば、人の世に干渉できる範囲が広いのです。神が関わっていないことにもある程度は対応できますから」


 とはいえ、十重(とえ)二十重(はたえ)の制約と決められた範囲は厳然とあり、規定線を越えれば容赦なく天に強制送還だ。その点は天威師と同じである。


「なお、ご存知と思いますが、時間操作や空間操作は周囲に与える影響が大きいため、使用可能な範囲が国法で制限されています。ですから今回の神器も、現段階では時間を止めたり隔離空間を作って対応することはしません」


 天威師と聖威師は超法的な存在なので、緊急時は国の法規を超えた行動が認められる。しかし、それでも可能な限りは法の範囲を遵守する決まりになっているのだという。


 そこまで話し、フルードは斎場の一点を見た。転送されつつある神器が、光の中でうっすらとその全容を現しつつあった。


「もうすぐ神器が転送されます。今はここまでにしましょう。他の説明は時期を見てしていきます。……それで、神器への対処ですが。先ほども言いましたが、あなたが最後の仕上げをしてくれますか、アマーリエ」

ありがとうございました。

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