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53.ぶつかる焔と邪

お読みいただきありがとうございます。

(な、何事!?)


 飛び上がって振り向くと、顔にびっしり縦線を入れたラミルファが地面に崩れ落ちている。従神たちが心配気にその周囲を取り巻いていた。


「いかがなさいましたか、貴き大神よ」


 泰然とした様相のフルードがシレッと尋ねる。


『ああああああっっ! 僕の愛し子が! け、穢れてしまった! あんなにも美しかった我が女神が!』

(ミリエーナが?)


 両膝を付いて頭をかきむしりながら慟哭(どうこく)するラミルファに若干引きつつも、アマーリエは遠視を発動させた。そして軽く瞠目する。

 視えた光景の中で、横たわっているミリエーナがキラキラと美しく輝いている。フレイムが降らせた火の粉が全身を取り巻いているのだ。


(これは――)


 脳裏に映る妹をじっと見つめた時、アマーリエはひょいとフレイムの背後に追いやられた。


『ちょっと下がってな、ユフィー。大丈夫、お前の方には行かせねえから。……ま、お前ももう神の仲間入りをしたんだから、傷付けられることはないはずだが』

(え?)


 直後、絶大な闘気が爆発した。風を切る音と共に重い衝撃波が弾け、空気を振動させる。跳ね起きたラミルファが漆黒の剣を召喚してフレイムに斬りかかり、フレイムが炎の剣を出現させて受け止めたのだ。

 高位の神の力が激突し、キィィンと澄んだ音が鳴る。


『フレイム、貴様ぁ!』


 端麗な容貌に青筋を立てたラミルファが刃を振り払うと、剣先が描く軌跡が黒い波紋となって中空を踊る。


『んー? なーに怒ってんだよ』


 フレイムが炎を纏う剣を一閃し、向かい来る刃を漆黒の残像ごと迎撃した。そのまま一合、二合、三合と得物を打ち合わせるが、速すぎてアマーリエには視認できない。


(は、速――何が起こっているの?)

『主、念のためにもう少し後ろに行こう』

『フレイム様がご主人様を巻き込むはずはありませんが……それでもお気を付け下さい』


 ラモスとディモスが守護するように左右に寄り添ってくれる。


「ひいぃ……あわわばばば……」


 妙な声が聞こえたので視線を向けると、シュードンがカクカク震えて白目を剥き、泡を吹いて気絶していた。神の気迫に当てられてしまったのだろう。この場で神格を持たないのは、もはや彼だけだ。


「…………」


 シュードンの近くにいるフルードは、冷静な面持ちで二神を見ていた。淡々とした表情だが、その眼差しは微かに揺れている――両者の剣戟を目で追っているのだ。言い換えれば、フレイムとラミルファの動きが見えている。


(大神官は見切っているんだわ……すごい……)


 ラミルファが片手を柄から離し、フレイムの顎に強烈な掌底を突き入れた。だが同時に、その腹にフレイムの膝蹴りが直撃する。

 後方に跳んだラミルファは舌打ちと共に宙で一回転し、怒号と共に再び斬りかかる。


『何ということをしてくれた! せっかく手に入れた極上の生き餌が! お前の火で穢されてしまった……!』


 顔面への一撃で体勢を崩したフレイムも刹那で立て直すと、灼熱の剣を振るいながらヘラリと笑う。


『あー何のことだか分からねえな』


 激しい鍔迫り合いが起こり、組み合った刃から神威が爆ぜる。両者の身から溢れる御稜威が空中でしのぎを削り、無数の火花と化して閃いた。


『俺はただ、愛し子を得た記念に、火神一族特製のスーパーキラキラクリーンパウダーをちょーっとばかり多めに振り撒いてやっただけなんだがなぁ』

「ス、スーパーキラキラ……何、それ?」


 背後からおずおずと聞いたアマーリエに、いい笑顔を浮かべたフレイムがちらりと視線をくれて即答した。


『分かりやすく言えば、火神の系譜の神が使える超強力な浄化の火だな。それを粉にして降らせてやったわけさ』


 ラミルファが剣を噛み合わせたまま重心を操り、凄まじい威力の蹴りを放つ。フレイムは流麗な動作で体を捌き、紙一重で避けた。いったん刃を押し込んだラミルファは、その反動を利用してフレイムから距離を取る。


『何が浄化だ、悪神の僕にとってはおぞましい汚穢(おわい)でしかない! お前たちの基準で言えば、芸術品のごとき乳白色の砂糖細工だったものに、一面黒カビがびっしりと生え腐敗して毒蟲がたかっているようなものだ!』

(うぅ……)


 想像したアマーリエは、そっと口元を手で覆った。


『我らが主』

『援護を――』


 従神たちがラミルファを窺いながら身構えた。その瞬間、天の一角がざわめき、フレイムが鋭く言い放つ。


『来るな!』


 唐突な言葉にギョッとしたアマーリエだが、曲がりなりにも聖威を使えるようになったことで分かる。

 今、天の向こうで何柱かの神々が動こうとした。

 そちらに聖威を集中させて意識を凝らすと、炎の気配を纏う神々が天界から身を乗り出してこちらを注視している。フレイムがラミルファを見据えたまま言葉を継いだ。


『従神が参加したら、神同士の(いさか)いになる。こっちのことは放っとけ、俺とラミルファが二人でキーキー騒いでるだけなら、私的なじゃれ合いで済むからな!』


 その言葉で、どうやらあの神々はフレイムの従神らしいと悟る。ラミルファの従神が動きそうなので、自分たちもフレイムを助太刀に来ようとしたのだろう。


『ああ、その通りだ。天まで巻き込むつもりはない。お前たちは退がれ』


 頷いたラミルファが言う。悪神の従神たちは顔を見合わせ、素直に後ろに退いた。

 アマーリエは慄然とした。フレイムとラミルファにとっては、この程度は少し騒いでいるだけのじゃれ合い……()()でしかないのだ。今は互いに対してのみ放っている力を少し外に向ければ、地上全体がたちまち灰と化してしまうほどの威力だというのに。


『しかし、我が主フレイム様!』


 天から見ている神々の一柱が声を落として来た。


『私も久々に暴れとうございますぞ。邪神様の従神ならば相手十分、腕が鳴るというもの! まぁ私が得意なのは脚技(あしわざ)なんですがな!』

『腕も脚も鳴らさんでいい! とにかく来んな!』


 すげなく断るフレイムだが、彼の従神たちはめげない。


『ですが、我らが主の愛し子にも挨拶いたしたく!』

『うぃっす、ぜひ親睦を深めたいっす!』

『フレイム様の宝は私どもの宝!』

『お願いします、紹介して下さい!』


 半眼で聞いていたフレイムがやれやれと呟くと、一転して嬉しそうな笑顔になった。


『そんなに俺のユフィーに会いたいのか。そんならしょうがねえな〜! よし、来い!』

「待って待って待って」


 アマーリエは全力でツッコむ。


「それはまずいわフレイム。私との挨拶目的だとしても、今来たら絶対ラミルファ様の従神方と乱闘になるわよ!」

『あー、まぁそうかもな。おいお前ら、やっぱ後にしとけ!』

『『えぇ〜!?』』

『えぇ〜じゃねえ! またちゃんと紹介してやるから』


 ぶーぶー異論を唱える従神たちに、アマーリエも訴えた。


『あ、あの、また後日きちんとご挨拶いたします! 落ち着いてゆっくりお話しできる時にしたいのです!』


 それを聞いた従神たちが残念そうに引き下がる。


『そうか、本人が言うなら仕方ない』

『残念、また今度っすねー』

『楽しみは後に取っておくか』

(よ、良かったわ……あら?)


 ホッとしたアマーリエがふとラミルファを見ると、彼は興醒めしたように黒い剣を下ろしていた。


『何だ、もう終わりか?』


 フレイムも剣を一回転させて構えを解く。その剣筋に沿って舞い散る赤い花弁が美しい。


『……お前たちのやり取りを聞いていたら馬鹿馬鹿しくなって来た』


 はぁ〜ぁと溜め息を吐き、ラミルファはポイと剣を投げ捨てる。虚空を舞った黒剣はスゥッと大気に溶け、地面に落ちる前に消えた。それを確認したフレイムの手からも、炎の剣が煙と化して消失した。

 二神が放っていた甚大な闘気がふっと凪ぎ、平穏な空気が戻って来た。

ありがとうございました。

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