43.奇襲した神は
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「「……は?」」
すぐには意味が理解できなかったらしい子どもたちが、パチパチと瞼を開閉している。と、春空の目を見開いてマダラ蛇を見つめていたイデナウアーが、痩躯を翻して駆け出した。一足飛びに大蛇の元へ駆け寄り、細腕を伸ばして抱きつく。
『お会いしとうございました、我が主神フウ様!』
『おはよう、私の愛し子ハーティ』
長大な蛇神が両目を細くし、自身の体を器用にくねらせてイデナウアーに巻き付けた。パカッと開いた口から覗く鋭い牙。確実に猛毒を秘めていると、直感が告げる。
「わがしゅしん?」
「いとしご?」
2人の神官たちが棒読みで反復する。まだ理解に至らないのか、脳が察するのを拒否しているのか。
『君たち、本当うるさいよ。少し黙っててと何度も言ったでしょ、どれだけ同じことを言わせれば気が済むのさ』
生き餌たちに流し目を送ったイデナウアーの台詞と共に、エアニーヌと慧音はその場で動きを止めた。金縛りか肉体の時間停止か、とにかく動けないようにされたようだ。瞳が狼狽の色を孕んでいるところを見ると、意識はあるらしい。
アマーリエが案じる視線を送っていることに気付き、花の顔が咲う。
『体の時間を止めただけ。これで喋れないし動けない。念話とかも送れないよ。と言っても、思考は働くし耳も聞こえるようにしてあるけど』
それはある意味、一番残酷な処置かもしれない。だが、居合わせる神々のほとんどは、神官たちのことなど気にも留めていない。唯一心配そうな顔を向けているのはフルードくらいだ。
『おや、花神様ではないかえ。おはよう』
『おはようございます、毒神様』
大蛇と万花を纏う神が親しげに挨拶を交わしている。
『ああそうだ。これは伝えておかないと。焔神様と骸邪神様のことは、毒神様に紹介しておいたよ。パパさんとママさんに、レアナたち聖威師のことも』
愛し子を抱擁している蛇に視線をくれたフロースが言う。それを受け、ラミルファとフレイムが口を開いた。
『お初にお目にかかります、奇跡の毒神様。僕は禍神の末子たる邪神ラミルファです。セイン……清縁神フルードの包翼神です』
『初めましてですね、毒神様。火神の末子、焔神のフレイムです。セインは俺の弟っす』
口上を述べるにこやかな表情に偽りはないだろう。初の対面となる同胞との邂逅を心から喜び、歓迎している。だが並行して、灰緑と山吹の双眸の奥に抗議の色をも滲ませていた。
『お眠りと伺っていましたが、起きておいでだったとは。セインとアリステルを襲ったのはあなたですね』
『あの子たちに微かに纏い付いていた神威の残り香が、あなたの御稜威と同じなんすよ』
「えっ……!?」
続けて放たれた台詞に、アマーリエは小さく喫驚を漏らした。
(この蛇の神様が――毒神様がフルード様とアリステル様を襲撃したの?)
フレイムが狼神や葬邪神に確認しようとするたび、何らかの邪魔が入って保留になっていた疑問。それがここに来て解決した。
『挨拶をありがとう、若き神々よ。ワシは毒神フウウェイ。起きたのはつい最近である』
しわがれた老婆の声が紡がれる。イデナウアーにスリスリしながら、毒神が若神二柱に慈愛の目を向けた。選ばれし神が自ら赴くことにしたため、金剛神や水晶神、桜梅桃の女神は余計に遠慮したのかもしれない。本心では先陣切って乗り込み、闖入者たちを叩き潰したかっただろうが。
『で、何でセインを襲ったんです?』
『そうプンスカせんでおくれ、焔神様。アイとセラにも苦言を呈されてのう、反省しておるところよ』
『プンスカしますとも。あなたとて僕たちが毒華神にちょっかいを出したら文句を言うでしょう?』
『あ〜、セラにも同じことを言われたのう。うむ、それはこりゃこりゃ〜と言うじゃろうなぁ』
腕組みして半眼になっているフレイムと、腰に両手を当てて頰を膨らませるラミルファは、しかし、本気で怒ってはいない。毒神が何重にも加減と配慮をしていたことを知っているからだ。
『ほんにすまんことをした。濁縁神にはここに来る前に謝罪した』
ありがとうございました。




