39.血は争えない
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(なるほど……これは花神らしいわ)
イデナウアーの容姿は、平たく言えば金髪碧眼。桃色や緑色など、草花を思わせる彩はない。だが、全体的に淡く軽やかな色調なので、直感で春を想起させるのだ。春は花の季節だ。そして実際、彼女も花を司る神ではある。前に余計な一文字が付いているだけで。
『尊き神々の御来駕を歓迎いたします』
にこりと咲う様は、まさに大輪の開花のごとく。エアニーヌと慧音がコロリと騙されたのも得心がいく。
『また来させてもらったよ。何度も悪いね』
『重ねての来訪を失礼いたします、祖神様』
ラミルファが軽く片手を上げ、とフルードが会釈する。二神は既にこの神域を訪れたばかり。間を空けずの再訪となる。
『構いませんのよ、骸邪神様』
そう言ってふんわりと笑みくずれるイデナウアーは、花弁と戯れる無垢な乙女のようだ。だが――清廉無害な花精と見せかけた奥に秘めている、ドロリと濁った毒蜜。毒花は必ずしも有毒と分かるような外見をしているとは限らない。
『再訪ありがとう、ボクの愛しい裔。同胞とは何度会っても心踊るものだよ』
(えっ)
次いでフルードに視線を移動させたイデナウアーの口調が変わる。
(ボクっ娘? ……あら、そういえばアシュトン様は?)
目を点にしてフルードを見たアマーリエは瞬きする。彼の隣にいたアシュトンがいない。こっそり視線を巡らせてみるが、ここに来ていないようだった。一緒に来なかったのだろうかと思った時、その疑問を読んだようにフルードが祖神に向かって口を開いた。
『後ほど私の妻もこちらに参ります』
『あっ、そうなの。それは楽しみだなぁ』
永き時代を超えて邂逅した遠き血縁が対峙する。和やかに微笑み合う性別不詳の奇跡の容貌。その陰に牽制や緊張の気配はない。純粋に対話を楽しんでいるようだった。
アマーリエたちと同じタイミングで転移して来たランドルフが自然な動作でこちらに近付き、フルードの台詞を簡潔に言い直してくれる。
「お母様はお祖父様やオーネリア様を呼びに行かれたそうですー。当波様とか皇国の方々もです」
小声でこっそりと囁かれ、アマーリエはなるほどと頷いた。同じく側に移動して来たリーリアも、ヒソヒソと唇を動かす。
「アマーリエ様、そちらも大変だったようですわね。心配しておりましたのよ」
「ありがとう、リーリア様。そちらこそ大丈夫だったの?」
「ええ、フロース様方がおられましたから。それはそうと……毒華神様をご覧になりまして? 性別不詳のあの美貌、まさにフルード様の縁者ですわ。悠久の世代を隔てているはずですのに、ここまで同じ特徴をお持ちとは……」
イデナウアーが生まれたのは、まだ神と人が共存していた頃の時代。遥か彼方に過ぎ去った神代の頃だ。にも関わらず、星が遼遠の巡りを繰り返した果てに生まれた末裔に、その特性がはっきりと継がれている。
「これぞ神に見初められし者の奇跡ですこと」
「うん、血の神秘だね。ただ、神は魂を視るから、外見はあんまり重視しないけど」
ささっと側に来たルルアージュと当利も続いた。無事に仲間と合流できたことで、アマーリエの全身に安堵が満ちる。
「フロース様やウェイブ様方はご一緒ではないの?」
イデナウアーの神域に乗り込むのに付いて来なかったのだろうかと問いかけると、リーリアとランドルフが答えてくれた。
「手分けして時空神様や鷹神様をお呼びに行かれましたわ。それから、葬邪神様と疫神様にお会いするとも仰せでした」
「僕たちがきちんとここで合流するまで視てから行かれましたよー」
アマーリエ、引いてはフレイムとラミルファが一緒ならば、ひとまず危険はないということらしい。
「あっ、でも、今も遠視はされてると思います。万一ないか見守っておくと言っていたのでー」
「そう。……桜神様や金剛神様方は?」
ある意味、最も怒っていると言っても過言ではないのが、新米聖威師の主神たちだ。己の愛し子を賤しい者呼ばわりされたのだから。
「こちらに伺う前に少しお話ししましたわ。フロース様方と共に後からお出でになるとのことですわよ」
イデナウアーは有色の神。桜梅桃神の三姉妹と金剛神、水晶神より格上だ。ゆえに、遠慮してフロースたちの後ろに控える形で来る予定だという。神の序列は神格で決まるが、特に色持ちと色無しの間には、絶対に超えられないレベルの隔たりがあるらしい。
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