38.祖の領域へ
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《すまん、待たせた》
ピィピィと囀る神官たちを両断し、フレイムが思念を発した。念話がにわかに活気付く。
《焔神様、アマーリエ、お帰り。待ってたんだよ。何だかもう聞いているのも嫌になって来て、さっさと終わらせたいと考えていた。レアナが必死に止めるから我慢していたけど》
《私もフェルがずっと袖を掴んでいるゆえ、耐えていた。だが、あと少し遅ければ、この姦しい神官たちを海の藻屑にしようと思っていた》
フロースとウェイブが歓迎の声を送って来る。他の神々も、喧しい2人にいい加減にうんざりしていたはずだ。
《中座してしまい、申し訳ございません》
《客ってのは花神様だ。セインとアシュトンが呼んでくれたんだ。今からイデナウアーの領域に連れて行く。本物を見りゃバカ共も現実を思い知るだろ》
タイミングをピタリと合わせ、ラミルファが唇を動かした。
『イデナウアーからどうぞお越し下さいと返事をもらったよ。花神様を含め、聖威師と主神様と関係神、大勢で行くかもしれないと言っておいたから、セインやランドルフ、リーリアたちも行ける』
世話焼きな邪神はオプションも充実していた。
《よっしゃ、ラミルファがイデナウアーに訪問許可を取ってくれた。俺たち全員で行けるようにしてくれたってよ。行こうぜ、んでこのアホ騒ぎにカタを付けるんだ》
《ちょっと、さっきから何を言って》
エアニーヌの困惑した声を無視し、神々や聖威師が一斉に応の声を返す。
『行こうぜユフィー』
『お気を付けて。骸邪神様、セインを頼みましたぞ』
フレイムと花神、そしてラミルファを順に見ながら、狼神が言う。彼はここから動くつもりがないようだ。アマーリエはモフモフの巨躯に一礼して辞去の挨拶を述べ、差し出されたフレイムの手を取った。
(やっと事態が動くわ)
早く収拾を付けなくては。そう思いながら、自身を取り巻く紅蓮の神威と共に転移した。
◆◆◆
視界がブレたと感じた次の瞬間、周囲の景色が変わった。
天井、壁、床、調度品。艶めく黒を中心とした色彩で固められた中に、ところどころ落ち着いた色彩の赤が咲いている。黒みがかった蘇芳色だ。
(普通の内装だわ。イデナウアー様は元人間だものね。いえ、聖威師が昇天していることを聞いて、合わせて下さっているだけかもしれないけれど……)
悪神の領域なので恐ろしい所かと思っていたが、そうでもなかった。悪神三兄弟――葬邪神と疫神とラミルファは、聖威師や元聖威師用に一部内装を変えてくれているそうだが、イデナウアーも同様なのだろうか。あるいは、彼女自身が元聖威師なので、嗜好や感覚が人間寄りなのか。
(だからこそエアニーヌたちも、普通の神だと勘違いしてしまったのかしら)
もしもガッツリ悪神仕様の内観だったなら、イデナウアーがまともな神ではないと察していただろう。だがこの程度であれば、『花の神にしては黒が多いが、元々黒を好むのか定期的に色を変えているのか、あるいはこの区画は黒なのかもしれない』などと自己解決できる範疇だ。花神に寵を受けたと舞い上がった彼らは、きっと自分に都合が良いように物事を考えてしまっただろうから。
『ようこそお越し下さいました』
可憐な声が場を震わせた。振り向けば、十代半ば頃の見目をした少女が佇んでいた。ドレスのように艶やかな神衣を纏っている。流れ落ちる髪は薄くけぶるような黄金、双眸は霞を纏った春空のような淡青。触れれば溶けてしまいそうな、砂糖菓子のような美貌。
説明が無くても分かる。この少女神がイデナウアーだと。何故なら、フルードとアリステルに重なる面影を持っているからだ。
(この方がレシスの先達。私の、私たちの祖神。一番最初に奇跡の聖威師になった存在で、原初の聖威師の一。太古の地上を生きていた元人間)
フレイムの後方に控えたアマーリエは、失礼にならない程度に少女神を観察する。背が低いことに加えて装束が女性用なので、一見して女神と分かりはするが、不思議と中性的な麗姿を持っていた。男物の衣を纏ったならばあどけない少年にも見え、大人びた装いをすればとても小柄な青年にも見えるような。
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