26.あなたたちは敵
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『うわぁ〜、綺麗だなぁ』
『どこがだよ。気色悪いじゃねえか』
『悪神のご感覚では美しいのですよ、お兄様』
パチパチ手を叩くラミルファと、やや引いているフレイム。
極彩色の毒々しい大花が隙間なく密集し、壁と化してびっしりと虚空を覆う様は、中々に気持ち悪い光景である。開花した花々は全てアマーリエの方を向いている。中心にある花芯が昆虫の触覚のようにピクピクと動き、照準を合わせるようにこちらを示した。
『アマーリエ、気を付け――』
警告しようとするフルードが言い終わる前に、花芯から盛大に毒の鱗粉が噴射された。アマーリエは即座に結界を張る。自分もだが、狼神の神域を守るためだ。
(さっきより毒の濃度が濃くなっているわ)
はた迷惑な毒の花粉が噴射された紅葉色の結界が瞬く間に削られていくので、常に聖威を補充して維持する。
「エアニーヌ、慧音! 聞こえている!? 今すぐ神器を止めなさい!」
目の前の空間をぎっちりと覆う花壁、その向こうにあるはずの穴に向かって呼びかけるも、反応はない。神器の毒粉も止まらないどころか、ますます激しくなった。
『おやおや、可哀想なアマーリエ。スルーされてしまった。良い子の僕が代わりに元気なお返事をしてあげようか』
『お前が返事したって意味ねえだろ……。にしてもバカな神官たちだぜ。大人しく投降しときゃ酌量の余地も生まれるってのに』
『そのような気などさらさら無いでしょう。投降どころかさらに強硬な態度に出ていますよ』
見守る三神が好き勝手に会話しているのを流し聞き、アマーリエは軽く首を振った。
(やっぱり手応え無しだわ。ここで素直に従うなら攻撃なんかしないわよね)
駄目元で呼びかけただけなので、落胆はない。一つ息を吐くと同時、認識と意識を切り替える。相手は自分が守るべき神官ではなく、神に牙剥く敵であると。
アマーリエの纏う気迫が豹変した。紅葉色の輝きが暁光のごとく燃え上がり、鋭い聖威と甚大な闘気が場を席巻する。
『ほぅ、これはこれは。少しは成長したようじゃないか。徹底的に修練した甲斐があったというものだ』
『ええ。高難度の任務が減った分、フェルたちとみっちり稽古して研鑽に励んでいるようですから』
『ユフィーもリーリアも頑張ってるからな。もちろんランドルフたちもだ』
両手を頭の後ろで組んだラミルファがピュウと口笛を吹く。瞬きして目を伏せたフルードが喜ばしくも切なげに微笑む。フレイムは誇らしさと切なさが入り混じった顔をしていた。大神官時代のフルードを見ていた表情と同じだ。
それらを視界の端に捉えながら、アマーリエは静かに宣言した。
「無反応を拒絶と受け取るわ。制止の言を聞かないならば――あなたたちは私の、引いては神々の敵よ」
冷徹に切り捨てると、防御用に張っていた結界を攻守兼用に切り替える。結界の表層から紅炎の如き炎が迸り、噴き付ける毒粉を焼き払いながら花壁へと迫った。だが、ぎっちりと密着した毒花は、堅牢な要塞と化して聖火を阻む。
(あちらも攻防一体なのね。まずはこの壁を崩さなくては。……この神威、濃淡にムラがあるわ。神器を使いこなせていないのね)
アマーリエはパチンと指を鳴らし、紅葉色の火花を散らす聖威のプラズマ弾を撃ち込んだ。連打や掃射はしない。狼神の神域をあまり荒らすわけにはいかないし、狙い定めた一発を正確に放てば十分だからだ。
火の粉を上げながら飛び出した炎弾が、吸い込まれるように花壁を穿つ。ほんの僅かに神威が薄くなっていた部分だ。脆い箇所を違いなく攻められ、花弁の一枚が弾け消えた。
びっしりと花弁に覆われた大気に生じる空隙の虚。アマーリエは聖威を細く絞り上げ、螺旋を描いて捻るように掌中に凝縮させた。腕を引き、上体をやや屈めて足を踏み込むと、細剣状に顕現させた力を瞬足で突き出す。
僅かに花幕が途切れた一点を的確に刺し貫いた刺突は、そこを基点にして波状に力を拡散させる。放射状の亀裂が入り、大きく揺らいだ花の壁がバラバラと崩壊した。
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