25.大神官として出る
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「畏まりました……心より感謝申し上げます」
『ふふ、こちらこそありがとう、アマーリエ。――ただし、今回限りだ。一瞬ウトウトすれば気分も晴れ、耳目も記憶も元に戻るだろうからな。これは前例にならぬ。一度きりのことだと覚えておきなさい』
あくまで単発の特別対応なので、次はない。暗にそう釘を刺されるが、当然だ。自身の神域に攻撃を受けても放置するなど、そんなおざなりな対応を前例にするわけにはいかない。
万一、今後類似の事態が起こった時、『色持ちの狼神様はかつて見逃してくれました。高位神でさえそうして下さったのですから、今回も同じようにして下さい』と主張されれば、きちんと対処しようとする他の神に迷惑がかかりかねないのだ。
「ご神慮、重々承知しております」
丸々とした毛玉に深く叩頭し、アマーリエはクルリと身を反転させた。ぐるぐると宙を舞う花びらは、フレイムの気に牽制され、それ以上は仕掛けて来ていない。
「フレイム、私がやるわ。神官たちの不始末ならば大神官が対応しなくては」
人間の神官の監督は主任の役目だが、今回は場所が天界であることと、神器を持ち出しているので、聖威師が出張るしかない。そう伝えると、夫は若干不機嫌そうながらも首肯した。
『しゃーねえなあもう。何でユフィーが割食わなきゃなんねえんだ。……危険がないよう俺が見ててやるが、気を付けろ。無数の神気が満ちる天界は、地上とは勝手が違う。いつもより力を入れねえと、思うように聖威が発動しないこともあるからな』
「分かっているわ」
(数多いらっしゃる神々の御稜威に、聖威が呑まれてしまうのよね)
天界で転移や念話などを使用すると、何となく力が使いにくいのだ。神々の方も、聖威を圧倒しないよう神威を調整してくれているのだが、やはり地上と同じようにはいかない。自分も神格を出して神になれば解決するのだろうが、聖威師であり続けたいならばそれはできない。
なお、フルードとアリステルが天界で修行していた頃は、地上と同様に聖威が使えるよう、指導役の神々が専用に調整した空間で修練することが多かったそうだ。だが今回に関しては、本領域の主である狼神が〝寝ている〟ので、そのような配慮はもらえない。
(単に神器に対処するだけでは駄目よね、狼神様の神域を傷付けないようにしないといけないし……)
と、まるで思考を読んだようにフルードが告げる。
『アマーリエ、もしもの時は私もサポートします。模様替えの際に多少賑やかになるのは当然ですから、細かいことを気にしすぎる必要はありません。後で綺麗に復元させれば良いのですし』
毒の霧で削られた精神は、悠長にぐったりしている場合ではなくなったので気合いで回復したらしい。
『優しい僕もレイアウト変更を見ていてあげよう。君が不器用にドタバタしていたら、手伝ってあげないこともないよ。僕はセンスが良いと兄上方に褒められているからね。まぁ悪神基準でだが』
ラミルファも彼なりの言葉で後押ししてくれた。アマーリエは目礼して虚空の毒花を見上げる。それを見計らい、フレイムが神器を押し留めていた威圧をかき消した。
抑えが無くなった黒い集合体が、一斉にザワリと揺れる。無秩序に飛んでいた花びらが寄り集まり、群れとなってアマーリエの前に立ちはだかった。ひとひらの花弁が細かく震え出すと、それは瞬く間に周囲の花びらに伝播した。
(何をするつもりなの? ――いえ、そんなことはどうでも良いわね)
ブルブル振動する無数の欠片。次にどうなるのか、悠長に眺めて待ってやる必要などない。
(先手必勝!)
相手が準備中の内に叩いてしまうのが得策だ。内心で気合いを入れ、膝を曲げて跳躍の姿勢を取りかける。だが、敵の方が半歩早かった。振動していた花びらが丸く窄まり、蕾に変じる。間を開けず、ブワリと開いて完全な花へと転化した。
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