15.毒華の女神
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「毒華神……」
一文字くっ付いただけで俄然悪神らしくなってしまった。ルルアージュがそっと額を抑え、アマーリエも思わず遠い目になった。
『悪神は地上じゃ知名度が低い。邪神とか代表的な悪神は認知されてるみたいが、毒華神のことはあまり知られてねえはずだ。少なくとも花の神と言えば花神って認識だろ』
「そうね、私も花の神と聞いたらまっとうな方しか思い浮かばないわ。花神様は色持ちの高位神として人間の世界でも有名よ」
ズッシリ重くなった胃をさすりながら頷くと、フロースがふっと頭を傾けた。長髪がハラリと肩から流れ落ちる。
『そんな状況で、有色の神意を持っていて、しかも神性に誓って自分は花を司る神だと断言する女神が天界にいたら、神官たちは花神のことだと思うだろう。それは無理のないことだよ』
なお、二人同時に愛し子に選ばれたことに関しては、前例もあるので疑問は抱いていないという。一柱の神が複数の愛し子を持つことは可能なのだ。時代を遡れば、双子が同じ神の寵を受けたこともある。
逆に、一名の愛し子が複数の主神を持つことはない。地水火風禍の最高神から愛される選ばれし奇跡の神々は別だが、それは特殊な条件が整った時のみ成立する例外だ。
『イデナウアーは素でやったのかな。それとも、あえて誤解させる言い方をして神官たちを騙したんだろうか』
続けて放たれた疑問に、フルードとアリステルが瓜二つの美貌を見合わせた。
『どう思いますか、アリステル。私は後者のように思います。騙すつもりが無かったのであれば、神官たちが自分を花神だと勘違いしている時点で、それは違うと間違いを正しているのではないでしょうか』
『同意見だ。私も偶発的ではなく意図的だった印象を受けた。ただ、祖が何を案じておられるのか、神官たちを使って何をするつもりなのかは分からない』
肝心のそれが分かれば、心配事を解決すればエアニーヌたちを用無しとして解放してくれる望みが生まれる。だが、詳細を聞く前に、イデナウアーの覚醒を知った悪神や神々が挨拶しようと次々に神域へ来てしまい、話し合い自体がお開きになってしまったという。
『結局何も分からず、ほとんど力になれなかった。すまない』
「とんでもないです。おかげ様でエアニーヌと慧音の所在が掴めましたし、彼らが今どのような状況にあるのか概要だけでも把握できました」
慌てて両手を振るアマーリエは、ハタと思い付いて言う。
「そうだわ、ラミルファ様に上手く聞いていただけないでしょうか? イデナウアー様より高位の悪神ですし、無下にはされないはずです。……というか、ラミルファ様もイデナウアー様の神域にご一緒されたのですよね? ここにはお出でになられていませんけれど」
フルードが透き通った青い眼を眇め、優しい笑顔のまま華麗に舌打ちした。
『ラミ様、葬邪神様、疫神様はこの状況を完全に面白がっています。話になりません。神官たちを助けようという意思など微塵もお持ちではありません』
神々が細々と心を砕き、熱心に面倒を見るのは、同胞限定だ。人間が生き餌になろうと使い潰されようと、どこ吹く風で嗤い飛ばすだけ。
『父上方はイデナウアー様の領域に残っておられる。一応、父上には私が、ラミ様にはフルードが、それぞれ泣きを入れて先祖から色々と聞き出して下さるよう頼んだが……どこまで応じて下さるか』
「宝玉と我が子の願いならば叶えていただけるのでは?」
当利が希望的観測を口にするが、先代兄弟の反応は芳しくない。
『真面目に対応していただける保証はありません。先祖が人間を駒にしようとしたならば、地上絡みで何か懸念がおありだと思われます。そうなると、私たちには直接的な関係がありませんから』
『なにせ、既に下界を離れて昇天した身だ。天界で平穏と幸福を享受している状況だから、先祖の意図がどこにあろうと私たちが不利益を被ることはない。ならば父上方は、ご自身の享楽を投げ打ってまで真剣にご対処下さることはないかもしれない』
『むしろ現役の聖威師を餌にぶら下げた方が効果的な気がします。このような方法はどうでしょうか――』
フルードがポンと手を打って提案した。
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