14.花の神ではあるけれど
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「そうそう、エアニーヌと慧音は結局、どうやって天界の門を通過したんでしょうねー。元聖威師だけを的確に嗅ぎ当てて声をかけていた方法も謎ですし」
『イデナウアー様の神域に入れていただいた直後、件の神官たちと少し話しましたが、そこまでは聞けませんでした。役に立てずすみません』
疑問を呈したランドルフを見上げ、フルードが首を横に振った。ランドルフの方が父と伯父より背が高く、髪も短い。そこでアリステルが割り込む。
『フルード、言葉は正確に使え。あの神官たちがこちらに突撃をかまして一方的に自画自賛をまくし立てていただけだ』
『そうでしたね。あなたたちを見初めたのは悪神ですよ馬鹿、と言ってやりたかったのですが、寸でのところで自重しました』
現役の大神官と神官長に何も言わず、独断でそのようなことをするべきではないですから、とフルードが苦笑する。元聖威師ならではの配慮である。
「つまりあの二人は、主神が悪神だと知らないのですね?」
レシス兄弟の台詞とエアニーヌたちの態度を踏まえ、アマーリエは胃が痛くなる思いで確認した。自分が悪神の生き餌になったと分かっていれば、自画自賛をしている余裕などないはずだ。
『ええ、あの様子を見るに、何も気付いていないかと。ただ、あの場で真実をバラしては、神官たちがパニックや自棄を起こし、追加で何かをしでかす恐れもありました。ですので、うるさいと思いつつ自由に囀らせておきました』
さらに言えば、例え真実を暴露したとしても、誓約が結ばれた以上どうしようもなく、状況が変わるわけでもない。
『聞いていて心地良いものではありませんでしたが、適当に流せば良いだけの話ですから』
『そうか。私は……あの2人の自惚れと身勝手さは、一周回って愉快だった……』
微笑むフルードの横で、アリステルがポツリと呟いた。宙に溶け消えそうな声音とどこか遠くへ向けられた瞳、その奥に一瞬だけ閃いた異質なもの。フレイムとフロースがじっと視線を注ぐ。
『祖に人払いを願い出て、彼らを追い出していただいた後で話をしようとしたが、全く手応えがなかった』
目の前に音を立てず置かれたカップを取り、フレイムに目礼したアリステルが、紅茶にスライスレモンを浮かべた。その声と目は、もう普段のものに戻っている。フルードも笑顔で兄に礼を言い、砂糖を多めに入れている。
「お疲れですのね」
祐奈が気遣わしげな表情で言った。アマーリエも恐る恐る聞く。
「やはりイデナウアー様は、エアニーヌと慧音を手放して下さる気はなさそうでしょうか?」
表情一つ変えずに紅茶を嚥下するアリステルが首肯した。
『イデナウアー様と交渉できないか探りを入れたが、全く駄目だ。聞く耳を持たない。私たちに対してはお優しい態度であられるものの、あの神官たちは己が物だとの一点張りで譲歩や妥協を見出す隙がない』
隣で同じく茶を飲んでいるフルードは、兄とは対照的に目を輝かせている。好みの味だったらしい。レシス兄弟は、弟の方が感情豊かだ。その弟が、一瞬で顔を曇らせて言った。
『神官たちですが、イデナウアー様のことはまっとうな神だと――花々を司る神、花神様だと思っています』
「「花神様?」」
花神。選ばれし神の一柱で、繚乱の花々を司る女神だ。なお、火神、禍神、花神は人語での読みが同じだが発音は微妙に異なるため、話の文脈や音を聞くことで区別できる。
綺麗に声を重ねて反復した聖威師たちに、フレイムとフロースが何かを察したような顔で『あー』と呻いた。
『そりゃまた……何となく分かっちまったぜ、俺』
『私もだよ、焔神様。多分レシスの先祖は、自分のことを花の神だと言ったんじゃないかな。ねぇパパさん、合っているだろう?』
『ご明察です、泡神様。祖は自身が花を司る神であると神性に誓ったようで、それがゆえに神官たちも信じ切っています。――ええ、祖は嘘を言ってはおられません。神官たちがよく確認せず、思い違いしたというだけのこと』
(……どういうこと?)
含みのある言い方に眉を顰めるアマーリエに、フレイムが説明してくれた。
『レシスの先祖――イデナウアーも花を司ってる神なんだよ。ただし、ただの花じゃなく有毒の花。神格は毒華神だ。毒有りでも花は花だから、花の神って言い分も嘘にはならねえ』
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