13.飛んで火に入る夏の虫
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「何かすごいことになって来ましたねー」
「悪神の愛し子が誕生したのですって?」
「慧音とエアニーヌが選ばれたと聞きましたが」
「かなり悪い展開ですこと」
口々に言ったのは先祖参りを中断して駆け付けたランドルフ、ルルアージュ、当利と祐奈だ。
「悪神にはアリステル様が口利きして下さっていたの。エアニーヌたちを見付けたら私たちに引き渡して欲しい、見初めたりしないで欲しいと」
悪神たちが好むのは、何かの形で澱んだ心。過ぎた嫉妬や虚栄、驕慢、意固地などを愛でる者もいる。そして、それらの特性はエアニーヌと慧音にも当てはまる。
妬みや驕りは人間ならば誰しもが持つ感情だが、臨時通路を使って天界に来るという禁忌を犯すほどの根強さとなれば、悪神に目を付けられてもおかしくはない。アマーリエたちはそれを憂いていた。
「けれど、レシスの祖先――イデナウアー様にはお願いできていなかったのよ。入眠中だという認識だったから」
「アリステル様は現在、イデナウアー様とお話し下さっているそうですわね?」
「ええ、リーリア様。フルード様とご一緒に、どうにか誓約を撤回してもらえないか探って下さっているわ。通常の愛し子ではなく悪神の生き餌であれば、愛し子の取り消しも可能だから。そうすればエアニーヌたちは解放されるわ。……ただ、相当難しいそうよ」
何とか交渉の余地がないか確かめてみる、と念話で言っていたアリステル。その声は苦り切っていた。本来は大神官であるアマーリエこそが話し合いのテーブルに着くべきだが、神への直談判となれば、神格を抑えた聖威師では辛い部分もあると代わってくれたのだ。上座に腰掛けたフレイムが腕組みする。
『愛し子を得ることは全ての神が有する権利だからなぁ。口出しは厳しいだろうぜ。アリステルがバカ神官たちの包翼神か家族神、伴侶神とかだったら、そっちの権限が使えるからまだ希望はあるんだが。今回はそうじゃないしな』
当然だが、エアニーヌと慧音はアリステルと何の関係もない。強いて言えば神官と先代大神官の間柄だが、それは全ての神官に当てはまる。ランドルフが小首を傾げた。
「でも、レシスの祖先は寝ていたから神域の門を閉めていたんですよね。よくエアニーヌたちを見付けましたねー。そっと起きて何かを心配してこっそり動き出して、手駒になる人間を探そうとした矢先にエアニーヌたちを発見してこれ幸いと捕まえた、ってことかなぁ」
『大筋はそれで合っているようです』
答えたのは、ちょうど良いタイミングで入って来たフルードだった。隣には疲れた表情のアリステルもいる。
『覚醒した祖は手足となる人間を欲し、地上を視ようとなさったそうです。並行して天界の様子も確認されたと。自身の覚醒を感知されないよう気配を殺しながら。そこで折良くと言いますか、件の神官二名が神々に声をかけているところを発見され、囲い込んだようなのです』
『嫉妬と焦燥で魂が歪んでいた彼らは。悪神から見ても格好の的だ。飛んで火に入る夏の虫、とかいう皇国のことわざがあるだろう』
交互に言葉を発するレシスの末裔兄弟の顔色は優れない。もしかしなくても、交渉は上手くいかなかったのだろう。
『てことは、先祖が目を付けた時、バカ神官たちは既に天界でコソコソしてたってコトか。これは俺の予想が外れたな』
先代兄弟の茶を淹れてやるために立ち上がったフレイムが肩を竦めた。給仕を代わろうとするアマーリエと、遠慮しようとするフルードとアリステルを視線で制し、手早く二名分のカップを温め始める。
『良いってことよ、俺のこれは性分なんだ。自領でくらい好きにさせてくれ』
『使役か形代にやらせれば良いのに。焔神様は本当に変わっているよ』
フロースが興味深い観察対象を見る目で呟いた。
『まー精霊上がりだからな。……で、だ。俺は、先祖がこっそり神官たちを天界に招き入れたんじゃねえかと踏んでたんだ。駒を探して地上を視た時、臨時通路を使おうとしてるか、天に上ってるところを見付けて、こりゃちょうど良いとゲットしたんだと思ってたが、違ったみたいだな』
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