11.主神は毒の神
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『アマーリエも夢を見ましたか?』
『私とフルードの夢にも、レシスの祖たる少女が出た』
暁光の御稜威が赤い神殿に差し込み、幻想的な煌めきを放っている。念話での来訪依頼に快く応じてくれた先代の大神官兄弟は、やって来るなりそう口火を切った。思わぬ言葉に、アマーリエは瞠目する。
「フルード様とアリステル様もですか?」
『はい。私たちの祖は、何かをひどく案じて泣いていました』
『確かめなくてはならないと言っていた』
貴賓室の客席に並んで座り、交互に述べる先代たち。手ずから茶を淹れてやっていたフレイムが渋面を作った。
『こりゃ決まりだな。レシスの子孫が全員、同じ夜に同じ夢を視た。ただの夢じゃねえことは明白だ』
『すぐにアリステルと連絡を取り、悪神のどなたかに報告しようと話していました。ただ、その前にアマーリエにも伝えた方が良いということになりまして。夜が明け次第話をしようと考えていたところ、折良く念話をいただきました』
『我が主神ならびに包翼神である鬼神様と怨神様、それにラミ様にもお伝えするとして、後は父上にも……』
アリステルの父といえば葬邪神だ。
「私とフレイムも同じことを考えました。とは言え、葬邪神様は神々の牽引役です。報連相が重要であることは承知していますけれど……大事になってしまわないでしょうか?」
『葬邪神様は私の父だ。現段階では、親子として私的な――内々の話でお願いしたいと頼むこともできる。そして、ディ……疫神様にもお報せするべきだ』
「疫神様にもですか?」
『あの方は誰よりも凶悪な暴れ神だが、同時に誰よりも慈悲深い。私とフルードは昇天してより5年、疫神様とも親交を重ね、そのことを実感した。必ずお力をお貸し下さる』
確信を込めた声を放つアリステルに、フルードも静かに頷いている。報告を上げるべき相手が固まって来たところで、アマーリエはふと思い付いた。
「そうだわ、祖先の主神はどなたなのでしょうか? 奇跡の聖威師だったわけですから、悪神のはずですけれど。その神にお話しすれば良いのではありませんか?」
むしろ、真っ先に伝えなければならない相手でもある。だが、フルードとアリステル、フレイムは一斉に難しい顔をした。
『主神も寝てるんだ。少しだけ残ってる眠り神の中にいる。聖威師滞留を巡る予備会議の時、表決数の関係で夢を介して接触しようとしたが、入眠が深くて断念したそうだぜ』
『つまり、祖先の主神とは意思疎通が不可能なのです。過去、レシスの血に刻まれた神罰の存在が明らかになった際に色々と調査や確認をしたのですが、祖が眠った時には既に主神も寝入っていたようです』
「そうなのですか……まさか主神もこっそり覚醒しているなどということはないですよね?」
冗談混じりに言うと、三神は視線を交わした。そんなことはないと思っているが、もしかしたらということはある。全員の顔にそう書かれていた。
『神域に入って確かめたいが、相手が寝てるってコトになってるのに、強引に押し入るわけにはいかねえし。俺と対等な神だから余計にな』
「フレイムと対等? では選ばれし高位神なの?」
『ああ、毒を司る悪神――毒神様だってよ。俺も葬邪神様や狼神様からの又聞きで教えてもらったんだけどな。だから、その愛し子であるレシスの祖先は、選ばれし神の寵児ってことだ。同じ立場のユフィーとセイン、アリステルと同格の高位神になるな』
色持ちの神であり絶大な権限を持つはずのフルードとアリステルが、さらに格上の悪神を頼ろうとする理由が分かった。レシスの祖も同等の格を持つからだ。同格の神とぶつかった場合、負けはしないが勝てもしない。
さらに、愛し子には常に主神の後ろ盾がある。その主神が寝ていようが関係なくだ。選ばれし神が背後にいる祖先に、迂闊な真似はできない。
『毒神様にしろレシスの祖にしろ、入眠中でも緊急用の念話回路は開けてくれてるかもしれんが……それを使うほど喫緊の状態かって言えば違うしな』
現在進行系で行方知れずの神官たち。彼らの足取りを追う聖威師にとってはひと騒動でも、毒神にとっては些末な事柄だろう。神にとって重要でない事象のために、神用の緊急連絡経路を使うことはできない。
『他に報せるとすれば遊運命神様と魔神様だな。いや、遊運命神様は自領を閉め切っておられるからコンタクト不可能か。だが、おそらく彼の神ならば自力で察知なさるだろう。魔神様に関してはこちらからお目見えできる』
アリステルが半ば開き直った声で言う。親交のある最高位の悪神に片端から声をかける腹づもりなのだろうか。遊運命神はレシスに神罰を与えた当事者であるので、最初から関係者であるとも言えるが。
『神々には私とアリステルから話をします。アマーリエはリーリアやフェルたちに情報を共有しておいた方が良いでしょう。いざという時、皆が戸惑わず動けるように』
「分かりました。何か分かればお報せします」
できればいざという時など来ないで欲しいが、そうも言っていられない。先代兄弟が、こうして神々の間に入ってクッションになってくれるだけ幸運なのだ。アマーリエは陰鬱な心地で頷いた。
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