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9.夢で見た少女

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 暗い空間で、小柄な影が(うずくま)って泣いている。どうしたのだろうと近付くが、途中で見えない壁に阻まれた。


『心配。とても心配』


 真っ黒な場に吸収されていくか細い声は、反響して聞き取り辛い。だがそれでも、どこかで聞き覚えがあるような気がした。どこだっただろうかと考えながら、アマーリエは内心で首を捻る。


(何がそんなに心配なの?)


 直接聞いてみようと口を開こうとしたが、声が出なかった。


『我が(すえ)は無事なのか、あの神器がどう作用するか……考えるだけで憐れになる』

(裔? 神器?)


 背を丸めていた影が顔を上げた。周囲の闇に侵食され、その容姿は分かり難い。だが、よくよく目を凝らして見れば、朧げながら顔貌が判別できた。触れれば溶けてしまいそうな、氷菓子のごとき繊細な美貌だ。外見は15歳か16歳ほどで、装いは女性のもの。


『確かめなくては。でも地上には容易に介入できない』


 ぼやけた視界の中、頬を流れ落ちる涙を払うような仕草を見せて立ち上がった姿は、やはりちんまりとしていた。


『他の神々に知られたら、お前が気にすることではないと止められてしまう。見付からないようこっそり確認しないと』


 玉を転がすような可憐な声。アマーリエの脳裏にノイズが走る。かつて夢で見た、粗く不鮮明な映像と音声。


(あっ……!)


 この少女をどこで見たか思い出した。いや、あの夢も今見えている光景も、とても朧げで不明瞭なものだから、間違っているかもしれない。だが、推測が合っているとすれば――


『そのために――我が手足と耳目になる人間を手に入れなくては』


 春の霞のように柔らかな金髪を翻し、少女が歩き出す。


(待って、あなたは……)


 手を伸ばそうとしたが、体が動かなかった。暗がりの中に完全に溶けていく小柄な姿に向かって、届かないと分かっている声を投げかける。


(私の、いえ、私たちの――)


 ブツンと景色が途切れ、アマーリエの意識は墨のごとき濁流に押し流されて砕け散った。


 ◆◆◆


「っ!」


 パッチリと目を開いたアマーリエは、柔らかなマットレスに埋もれた体を跳ね起こそうとして失敗した。隣で眠る夫にがっちりホールドされていたからである。


『どうした、ユフィー?』


 即座に覚醒したフレイムが声をかけて来る。光源を絞った部屋でも、山吹色の瞳は一等星のごとく煌めいていた。夜目が効く聖威師でなくとも、この冴えやかな光を見逃すことはないだろう。


「ゆ……夢を見たの」


 あやすように背をトントンと叩かれると、無意識に強張っていた体が解れていった。一枚の掛布の中、直に伝わる温もりが、心を落ち着かせてくれる。


『怖い夢か?』


 バケモノでも出たんなら俺が退治してやるぜ、と笑う夫に、神妙な顔で語りかけた。


「お化けではなくて女の子の神様よ。……私のご先祖様だと思うわ」

『ユフィーの祖って言えばサード家の奴だよな。会ったことあったのか? 歴代のサード家当主は神使になってるが、高位の神格を得たお前とは立場が開きすぎて、目通りする機会はほとんど無いはずだが。リーリアとかも同じで、アヴェントの先達には対面してないんだろ』


 キョトンと転瞬して首を傾げれば、その動きに合わせ、ワインレッドの髪が枕の上で踊る。


(そうね、サード家の先祖には会っていないわ。……お祖父様にもね)


 今回の一時昇天で、既に天に上がり神使となっている祖父に色々と言いたいことがあったアマーリエだが、寸でのところで自重した。

 祖父が若き日の初恋で過ちを犯したことが発端で、孫のエイールたちにシワ寄せが行きかねない事態になったので、一言くらい物申してやりたかったが……アマーリエは高位神で祖父は使役だ。高位の神から叱責されたとなれば、祖父は天界での立場も面子も丸潰れになってしまう。それを考慮して堪えた。

 代わりと言っては何だが、将来エイールが昇天した暁には、同じ神使同士なのでたっぷり文句を言ってやれば良いと思っている。


 そうして祖父に思いを馳せている内、眼前のフレイムは自らの発言の矛盾に気付いたようだった。


『……いや待て。今、神様って言ったよな? サード家は代々神官だったらしいが、聖威師になったのはユフィーが初だろ。神格を得た先祖はいないはず――』


 その言葉が途切れる。微かに息を呑む音と共に、見開かれた双眸が暗がりの中にキラリと光った。


『少女の神で、ユフィーの先祖……まさか』

「ええ、きっとフレイムが考えているので正解よ。はっきりとは見えなかったけれど――私の夢に出て来たのは、原初の聖威師の一人。初代奇跡の聖威師になったという、レシスの祖ではないかと思うのよ」

ありがとうございました。

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