4.天への闖入者
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『二人とも良い顔になりました』
『ええ、本当に』
『神官府は安心だね』
先達であるフルードとアシュトン、当波が小声で囁いている。嬉しそうで眩しそうで頼もしそうで、けれど切なく哀しげな顔で。天に戻り神々の懐に抱かれた彼らは、初めて真の幸福と安寧を知った。幸せなこともたくさんあった地上での暮らしは、しかし、今から思い返せば痛みと葛藤にまみれた辛苦の記憶が濃く色付いている。
フレイムたちも同じような目をしていた。優しく包み込みながらも哀切を帯びた表情。一時昇天が終われば、愛し子たちはまた地上に戻ってしまう。本当は行かせたくない。今すぐ完全昇天させ、ずっとずっと共にいたいのに。
《――どうしたの?》
《何かありましたの?》
一方、周囲たちの複雑な眼差しに気付かないアマーリエとリーリアは念話返しを行った。
《主任、何事かあって?》
《非常事態が起こった?》
《神荒れか高位神器の暴走かな》
《急な大事故か地震かしら?》
天界で祖神への挨拶回りの仕上げをしているルルアージュ、ランドルフ、当利、祐奈も次々に加わった。どうやら現役の役職者に念話網が張られているらしい。
(そうね、思い付くのはそれくらい。後は神器の破損や盗難とか……)
頭の中で可能性を列挙するが、答えは意外なものだった。
《左遷者たちが……エアニーヌと慧音が天に昇ったようです!》
《何で》
ランドルフが間髪入れずに聞き返した。疑問形にすらしていない。
《それはもしかしなくてもあの二人ではなくて? ――ミンディたちの異母姉と、大樹たちの元主家の子ども》
《だろうね。左遷された神官でその名前を持つのは彼らだけだよ》
ルルアージュが確認し、当利がのんびりした声で告げた。案の定、帝国の主任から肯定が入る。
《仰せの通りです。今回の一時昇天に伴い、天が臨時ゲートを開けて下さっております。そちらを使って昇ったようです》
《臨時――わたくしたちに火急の用件がある場合にのみ使う緊急通路ですの?》
《はい、神官長》
リーリアの問いに答えたのは皇国の主任だ。至急で聖威師の力が必要になった際、念話よりも直にやり取りした方が良い場合もあるため、いざとなれば天に行けるように道が開かれている。
《けれど、通行許可証を持っているのは、中央本府の主任と副主任、および特別に許可を得た高位霊威師のみでしょう。エアニーヌたちはどれにも当てはまらないはずよ》
そもそも、中央の所属から外れた以上、本府の内部も自由に動けないはずだ。アマーリエがそれも併せて疑問を呈すると、主任たちは言いにくそうに答えた。
《エアニーヌから、中央本府内に置き忘れた私物があり、大事な物なので転送ではなく直接取りに行きたいと申し出があったため、時間制限を付けて立ち入りを許可したとのことです》
《慧音は変身霊具を用い、エアニーヌのカバンに付けているぬいぐるみに化けていました。首尾よく中に入った彼らは、馴染みの高位神官を見付けて声をかけ、隙を突いて電撃霊具で気絶させて通行証を奪ったようなのです》
(犯罪じゃない、それ……)
エアニーヌと慧音は似た境遇にある者同士で、以前から意気投合していた。天の神々に自分を愛し子にと売り込んだ際も両名で同じ動きをしており、今回も結託したのだろうという。
慧音がぬいぐるみに変化していることを悟られないよう、力の弱い神官が受付を担当している時を狙って滑り込んだらしい。気絶させた高位神官も、武に秀でた者ではなくデスクワークを得手とする後方型の者を選んでいた。
《二名が臨時ゲートに入るところを目撃した神官がおり、報告を受けたミンディ様と大樹様が過去視をなさったことで明らかになりました》
《では、彼らは今ここに――天に来ているのですかしら。時間を考えると既に門に到着しているはずですわね。わたくしたちを呼ぶ声は聞こえませんが》
リーリアが固い声で言った。これはまずい。このままいけば、彼らは何かしらやらかすかもしれない。アマーリエの胃が冷たくなった時。その予感を裏付けるように、今度はフルードが宙を見た。アシュトンと当波もだ。数瞬後、先代大神官の優しい碧眼が険しさを帯びる。
『……アマーリエ、リーリア。そちらも念話中だとは思いますが、少し良いですか。たった今、先生から連絡がありました』
「まあ、マーカス様からですか?」
『はい。天界の共有領域を散策していたところ、見知らぬ人間の神官二名が何故か生身で歩いて来て、自分たちを愛し子にしろと言って来たそうです』
「「…………」」
色々な意味で言葉もないアマーリエたちに、フルードは続けた。
『言うに事欠いて、本当は有色の神が良かったが仕方ないから色無しのあなたでも良いだとか何とか、失礼極まりない発言をたくさんしたそうですよ』
(ひいぃぃ!? な、何て失礼すぎることを言うの!)
内心で絶叫するアマーリエ。リーリアも真っ青だ。
『は? 今何つった?」
フレイムたちの眉がピクリと上がる。明らかに不快感を示していた。
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